[title]
浮世絵と食をテーマにした『おいしい浮世絵展 〜北斎 広重 国芳たちが描いた 江戸の味わい〜』が、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中だ。「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことなどによって食への関心が高まる昨今の流れを受け、風俗史の資料をして食を描いた浮世絵に着目、浮世絵や当時の料理書などの豊富な資料で江戸の食文化を教えてくれる。本記事では、この展覧会で見るべき3つのポイントを紹介していく。
展示は「第1章 季節の楽しみと食」「第2章 にぎわう江戸の食卓」「第3章 江戸の名店」「第4章 旅と名物」から成る。冒頭では四季の江戸の食の景色、その後料理を描いた浮世絵を紹介。その後、江戸の人気料理店などのテーマ別の展示が続き、最後は東海道五十三次の浮世絵とともに東海道の名物を味わうグルメツアーで締めくくるという趣向になっている。
展示されているのは葛飾北斎(1760〜1849年)、三代目歌川豊国(国貞、1786〜1865年)、歌川広重(1797〜1858年)、歌川国芳(1798〜1861年)など江戸時代後期以降に活躍した浮世絵師が中心で、私たちの知っている江戸の食文化の直接のソースがこの時期にあることを示唆している。
1. 料理を真剣に、浮世絵はゆるく見る
この展示の特徴は、何よりも描かれた料理を実際に再現した写真とレシピが会場に添えられ、両者を比較できる点にある。料理は、寿司やウナギなどの私たちが親しんでいるものから、ぼたん鍋などの渋めの料理まで多岐にわたる。
第2章の勝川春亭『江戸おおかばやき』では、私たちが親しんでいる蒲焼きの原型を知ることができる。しかし、描かれた蒲焼は大きさなどはリアルでも、実際のそれと比べると焼き加減などはやや茫洋(ぼうよう)としている感は否めない。このように、描かれた料理と実際の料理のギャップをレシピの写真などで補正して楽しむのもいいかもしれない。
本展の趣旨に照らして、作品よりもそこに描かれる料理を探してしまいたくなる。もちろん、それこそが王道の見方なのだが、本展では浮世絵自体も楽しみたいところ。実際の料理と比べるくせがついてしまうと、作品を鑑賞する際にどうしてもリアルかどうかで判断しがちな目になってしまう。それに飽きたら、ゆるさや遊び心を探して作品を鑑賞するのもいいだろう。
歌川国芳『其まゝ地口 猫飼好五十三疋』では、天ぷらを見つめる猫を確認できる。東海道五十三次の地名を猫が演じる語呂合わせに置き換えて版画にしたもの。「蒲原(かんばら)」は「天ぷら」と語呂合わせされ、熱々の天ぷらを食べられずにただ眺めるしかない猫舌の猫が描かれる。一方で、「嶋田(しまだ)」は「なまだ(生だ)」として生焼けの魚を食べあぐねるという猫らしからぬ猫も登場する。
絵師にとっては語呂合わせの絵画化が最優先事項で、猫を猫として描くか擬人化して描くかといった問題は二の次なのだな、と推測できるのだ。国芳は当時まだ新しかった西洋画の技法を学ぶなど写実的な表現技法には関心を持っていたが、こうした実際のリアルとは異なる側面もあった。このゆるいリアリティーこそが、この絵師の猫に親しみを抱かせてくれる。
2. 古今東西変わらぬ食への関心を知る
本展覧会では絵の中と実際の料理の比較に留まらない多様な視点を教えてくれる。第3章では、私たちが利用する食べログやミシュランのように当時の人々もどこの店がおいしいかに関心を寄せていたことを知ることができる。
三代目歌川豊国と歌川広重による『東都高名會席盡(とうとこうめいかいせきづくし)』(1853〜1853年)は50枚ぞろいの錦絵で、中央に歌舞伎役者、周囲には料理屋の門構えや庭、名物の料理などが配されている。幕府の取り締まりのために料理屋名は記されていないが、かえってそれが店名を当てる楽しみを加えて人気を集めた作品となった。
現在の私たちがバラエティー番組で料理を当てるのと同じコンセプトの出版物が、200年近く前に存在していたことに素直に驚きたい。第2章は当時の寿司と現在の寿司の違いなどを教えてくれるが、第3章では料理を巡る私たちの見方全体について、いつの時代も変わらないのだと気付かされるのだ。
『パリ・イリュストレ(Paris illustré)』も面白い史料だろう。この雑誌はタイトル通り19世紀から20世紀にかけてフランスで発刊され、喜多川歌麿の料理する女性の作品が転載されたページが展示されている。キャプションには「料理する日本の女性」としか記されていないものの、そこには異国の料理が当時の読者の関心を引くと考えたマーケット戦略を想像できるかもしれない。
興味深いことに、ジャポニスムに関わったとされる画家たちがモデルとした日本の浮世絵には、料理する人物を描いたものはほとんどない。当時のヨーロッパの画家が関心を持っていた日本の浮世絵とこの雑誌の読者の関心がずれていたのかもしれない。画家たちの日本に見たものは、ほかの社会階層の人々が日本に見たものと違っていたという、当たり前の状況を改めて思い起こさせてくれるのだ。
3. 想像した味を実際に味わってみる
会場を出ると、実際に料理を楽しみたい気持ちになっていることだろう。この展示は、そのような期待を満たすことにも力を入れている。会期中は展示会場最寄りのCafe THE SUNをはじめ、六本木ヒルズ内の飲食店、グランドハイアット東京が再現料理や展示に関連させた料理を提供している。
グランドハイアット東京の六緑の『浮世絵握りランチセット』(4,200円)は江戸時代の製法と見た目に近づけた寿司を再現。Cafe THE SUNは歌川国芳『春の虹蜺(こうげい)』(※1)で描かれる串付きのウナギの蒲焼をメインにした『「春の虹蜺」御膳』(1,880円)など、7種類の再現メニューを提供している。
スイーツも充実している。国芳の作品で描かれる金魚をモチーフにした「和菓子 結の『めでたづくし』」(2,160円)、再現ではなく実際に江戸時代以前から同じ味を受け継いでいる、宮城県で1327年創業の紅蓮屋心月庵が販売している『松島こうれん』(1,490円)などが六本木ヒルズ内のショップで購入可能。
実際に口にする料理は、その食感や風味など目で見て想像する味とはきっと違い、良い意味で期待を裏切ってくれるはずだ。最後まで完食してこそ、この展覧会を鑑賞したと言えるだろう。
(※1)虹蜺は虹の意。中国では虹を竜の一種と考えており、オスの竜を虹、メスを蜺(げい)としたことに由来する。杜甫『石龕』に「驅車石龕下 仲冬見虹霓」とある。
会期は2020年9月13日(日)まで。観覧に必要な日時指定入館券は専用サイトから購入可能。
関連記事
『「フラワー・オブセッション」など草間彌生の新作展が7月30日から』