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テキスト:清水康介
かばんや衣類などに使われる「ファスナー」が、隅田川を走っているといえば、いささか荒唐無稽に聞こえるだろうか。航行する船が水面に残していく航跡を、ファスナーの金具がスライドして布を開いていく様子に見立てて、作品を制作したのが、アーティストの鈴木康広。『ファスナーの船』の名前通り、ファスナーをかたどった本物の船が、浅草駅の近く、吾妻橋から桜橋までを往復している。
2017(平成29)年度文化庁文化交流使に就任するなど、目覚ましい活躍を見せている鈴木は、身の回りのありふれた物事を持ち前の新鮮な視点で捉え直し、爽やかな驚きを与える作品が人気の作家だ。夜の公園にたたずむ球体の回転ジャングルジムに、子どもたちが遊んでいる昼間の映像を投影した『遊具の透視法』や、表裏にそれぞれ開いた眼と閉じた眼がプリントされた葉形の紙を落下させ、空中でくるくると回転して「瞬き」をしているように見せる『まばたきの葉』など、日常に埋もれる認知の不意を突かれたような、思わず「クスッ」と笑ってしまうような、親しげな作風が特徴といえるだろう。
「認識」「反転」「関係」「遊戯」などを想起させる『りんごのけん玉』は、鈴木を象徴する作品の一つ
鈴木が初めて飛行機に乗ったとき、眼下を進む船がファスナーに見えたという、本人いわく「衝撃」をきっかけにして生まれた本作もまた、鈴木独自の視点が生み出した愛らしい作品だ。ファスナーを「魔法のよう」と表現する鈴木は、大航海時代などを引き合いに出しながら、船もまた世界を「開いたり繋いだり」するものだという点に注目した。はじめラジコン模型を改造して作られた『ファスナーの船』は、2010年『瀬戸内国際芸術祭』のなかで、瀬戸内海に出航。今回の巡航では、初めて都市部の河川に挑戦する。実際の船舶にFRP(繊維強化プラスチック)で加工を施した船は、全長9メートルほどと、瀬戸内のときよりはやや小ぶりだが、隅田川を「開いて」いくさまをぜひ目撃してほしい。
終点の桜橋には車道もないので見やすい。撮影時は工事のため一部が封鎖されていた
『ファスナーの船』は、KADOKAWAと墨田区が主催する『Edo⇄2018 すみだ川再発見!ふねと水辺のアートプロジェクト』の第3弾として、12月14日(金)~28日(金)の12時00分〜14時00分に、吾妻橋から桜橋までの川岸付近を往復運航(片道10分ほど)。橋の上は風が強いので、防寒対策を忘れずに楽しんでほしい。