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都市のミュージックヴェニューを調査するプロジェクトCreative Footprint(CFP)が、東京を対象にした調査の内容をまとめた報告書を公開した。
CFPが報告書の発行を行うのは、2017年4月のベルリン、2018年9月のニューヨークに続いて、東京が3都市目になる。CFPは、アムステルダム初のナイトメイヤー(夜の市長)であるミリク・ミラン(Mirik Milan)と、ベルリンのクラブコミッションメンバーであるルッツ・ライシェリング(Lutz Leichsenring)によって設立された、ライブミュージック会場や多目的に使用できるアートスペースなどに関するデータを収集するリサーチプロジェクトだ。
アフターコロナについての議論が活発になりはじめた今、本調査はナイトタイムエコノミーの価値を再確認し、本質的な文化体験を考える上での有用な視点を改めて提示してくれる。
調査の目的
報告書は4章に分かれ、CFPの概要を記した第1章では、夜間はさまざまな経済活動の場であるとともに新しい文化が生まれ育つための土壌でもあるとし、この「夜間帯の文化的価値の評価に関する調査」である「クリエイティブ・フットプリント東京」の重要性を説いている。
今回のCFPの調査を担当した齋藤貴弘(ニューポート法律事務所 パートナー弁護士)と梅澤高明(ATカーニー日本法人会長/CIC Japan会長)が理事を務めるナイトタイムエコノミー推進協議会(JNEA)についての紹介の欄では、同議会から調査の目的についてのコメントが寄せられている。
「世界から実験的で創造性に富んだ人々を引きつける都市(=クリエイティブシティ)をつくる上で、ナイトシーンの充実は不可欠だ。そのような人々は創造性を刺激する文化シーンとローカルコミュニティーがある都市、そして多様なライフスタイルを受け入れる都市に集まる。ナイトタイムエコノミーが都市開発の重要要素であるゆえんだ。本調査が、観光と文化と都市開発を接続した形での議論と行動のきっかけになれば幸いだ」
続く「観光と文化とまちづくり」と題された第2章では、ナイトタイムエコノミーを含む体験型観光施策を観光産業だけで完結させるのではなく、文化振興やまちづくりと有機的に連結させていくため、さまざまな有識者のコメントを引用しながら、文化、観光、まちづくりをつなぐための視点が提示されている。
観光は、異国の文化に触れることで私たちの知的好奇心を満し、新しい人生観や価値観との出合いにより、人生を豊かに変容させる契機となる。また、地域の文化のユニークさや価値は往々にして旅行者によって発見され、文化が持つ価値の再発見、再創造の機会を提供できるのも観光だ。このように観光を単なる経済活動としてではなく、文化体験や文化交流の場として捉えたとき、豊かな刺激や気づきを与えてくれる地域固有のオーセンティックな文化が重要な役割を果たす。そして新しい文化を生み出し、育てていけるまちづくりが文化観光推進のために極めて重要となる。
観光は文化推進、そして文化を生み出すための都市力と一体として考える必要がある。東京の文化力はどう評価されるのか。実際の調査結果とその分析が記されている第3章の内容を見てみよう。
持続可能な形で文化を育てているローカルヴェニューが重要
CFPの基本コンセプトは「ライブハウス、ナイトクラブ、ミュージックバーなどのミュージックヴェニューを調査対象とするが、ミュージックヴェニュー単体の調査ではないし、これらをランク付けするものでもない。
音楽は時代の空気を真っ先に感じ取り、さまざまな文化のハブとなって刺激していくためのドライバーとなる。このような音楽の先進性や拡張性に着目し、都市の総合的な文化力を図ろうとする」ことにあるという。
その上で何をどう調査するか。ステートメントには、派手な施設の存在よりも文化の拠点として根付いているローカルヴェニューの重要性が強調されている。
「商業的な成功だけでヴェニューを評価することには意味がない。むしろ重要なのは、実験的で創造性に富んだ表現が可能な場か、多様なコミュニティーに開かれているかといった点である。
会場規模や収容人数も、それを定量的に測るだけでは不十分。規模の大きな集客施設ではなかったとしても、長年にわたり持続可能な形で文化を育てているローカルヴェニューが重要だ」
トータルスコアでは最下位、だが……?
実際のデータの収集は、581カ所のミュージックヴェニューを調査対象に、それぞれのヴェニューの位置情報や規模、ひと月当たりのイベント数、SNSのフォロワー数、業態の種別などの「定量情報」を収集したのち、有識者による「各ミュージックヴェニューの評価(プロモーション/コミュニティーの存在/創造性/実験性)」と「ミュージックヴェニューを取り巻く環境」という二つの定性評価を実施し、とりまとめた。
こうして集められたこれらのデータは、「Content(コンテンツ)」「Space(スペース)」「Framework Conditions(フレームワーク)」の三つのパラメーターと指標に整理され、CFPスコアが算出される。こうすることで、ミュージックヴェニューの可能性と課題を可視化することが最大の狙いだ。
調査結果では、スコアの分布と、ベルリン、ニューヨーク、東京の比較を通して、東京が持っている特色を相対的に分析する。
東京の6.51というトータルスコアは3都市で最低のスコアであり、最も評価の高いベルリンと比べるとおよそ1.5ポイントの差があることが示されるが、その分、パラメーターごとのスコアの比較で東京のナイトライフの「強み」が浮き上がる。
まず、ベルリン、ニューヨークよりもやや高い6.96を獲得した「コンテンツ」。この中で特に高い評価を得たのが、そのヴェニューを訪れる人がアーティストやコンテンツ目当てに訪れているかどうかを問う「Promoting Events(プロモーション)」と、そのヴェニューで行われるパフォーマンスがアーティスト自らが創作するオリジナリティある内容か否かを問う「Creative Output(創造性)」の2項目だ。
CFPはこの結果を「東京にはオリジナリティーのあるアーティストが多く、そのパフォーマンスを目当てに客が訪れるヴェニューが多い、ということを意味している」と分析する。
最大の課題は「フレームワーク」
ほかの2都市に若干劣るが決して低い値ではない8.08を獲得した「スペース」では、それぞれのヴェニューが最寄りの鉄道駅からどの程度近いかを評価する「Location(ロケーション)」と、「Size(規模)」「Time of Operation(運営年数)」が高い評価を得た。「Time of Operation」については、ヴェニューが新しいほどより革新的で型にはまらないプログラムを行える空間の仕様やデザインになっているとして、多くのヴェニューの運営年数が4~10年である東京は高い評価を得た。
逆に「Design of Space(スペースの多目的性)」の評価は非常に低く、東京のミュージックヴェニューは単一用途で、ジェントリフィケーション(エリアの高級化と賃料上昇)に耐え得る持続可能性を持たないという評価だ。
上記2項目と比べ、他の2都市と比べてスコアが大きく離される結果となったのが「フレームワーク」である。4.48という点数は、最高点のベルリンと比較すると4.3ポイントの差がある。
本項目は、ミュージックヴェニューの夜間帯での営業に対する行政の対応などについて有識者に聞き取りを行い、「行政が音楽シーンを抑圧していないか」「警察組織が音楽イベントに強制捜査を実施していないか」を調査した。
この結果についてCFPは「東京のミュージックヴェニューを取り巻く社会的、法的環境が厳しいことが示されている」と分析している。
2016年の風営法改正によって日本のナイトクラブを取り巻く環境は大きく前進したが、規制の在り方にはまだ不完全な部分もあり、調査に協力した有識者からは、「いわゆる小箱と言われるようなライブヴェニューの状況はまだまだ厳しい。地域によって異なるが地方公共団体や警察のナイトライフ産業に対する理解不足は依然として残っており、閉鎖的だと感じる」などのコメントが寄せられたという。
また、音楽関連施設に対する行政からの財政支援、助成金の有無を問う「Funding Overal(財政支援全般)」では、スコアこそ6.00だったが、コメントには「財政支援がないわけではないが足りていないという認識」「クラシック音楽や伝統芸能に対する支援はあっても、ポピュラー、ロックについては支援が非常に少ない」などの声が上がっていたという。最も評価の低かった項目は、「Accessibility(行政機関・意思決定者へのアクセスのしやすさ)」で、スコアは1.00にとどまった。ナイトシーンと行政の連携が容易ではない点が、東京の課題であることが浮き彫りになった。
そのほか調査報告書では、調査対象のヴェニューの分布から分析を行う「東京におけるヴェニューの地理的集積」のデータや、これらの調査結果を具体的な行動に移していくために文化、都市、観光の関係者や、行政関係者、都議会議員など約50人が参加した『ナイトキャンプ』のレポートなどが掲載されている。