白糸の森
Photo: Io Kawauchiツリーハウスのカフェ「森のカフェ 緑の詩~みどりのおと〜」
Photo: Io Kawauchi

夫婦が手作りで始めた観光農園が年間10万人を集めるワケ(後編)

NEXTOURISM、連載企画「観光新時代〜多様性を切り拓く挑戦者たち〜」第2弾

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バンブーデッキや空中回廊など、森の中を自由に過ごす新しいスタイルのカフェが注目を集めている体験型観光農園「白糸の森」。ここは福岡県糸島市の山中にありながら、年間10万人が訪れる希有な農園だ。

前編では、同農園を生み出した一級建築士の大串幸男と妻の前田和子は、一体なぜ、荒れ放題だった福岡県糸島市の里山を農業と林業と食を通して人が集まる「楽園」へと変えようと決意したのか。そのきっかけと、険しい奮闘の軌跡を紹介した。後編では、「写真映え」だけではないカフェの魅力や、二人が考える白糸の森の未来について語ってくれた。

当記事は、一般社団法人日本地域国際化推進機構の提唱する「観光新時代」(NEXTOURISM)を実際に体現している取り組みを全国のさまざまな地域から取り上げる連載企画「観光新時代〜多様性を切り拓く挑戦者たち〜」から転載したものである。

同連載の企画・取材・執筆は、ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人(まれびと)ハンターこと川内イオが担当。川内は、書籍「農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦」(2019、文春新書)を皮切りに、農業や食の領域を中心に、既成概念に捉われない、多様化する担い手たちやビジネスの在り方を紹介してきており、その視点は、観光領域において、観光の多様化に着目してきた機構の活動と重なっている。

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バンブーツリーハウスを造る

計12万平方メートル地を手に入れた二人は20187、自のオーニック野菜をふんだんに使った「白糸うどん 」と「森のお子屋詩~みどりのおと」をオーン。時に、子どもたちが農業体験をするキッームも始した。

この時はまだ、客の数は少なかった。転機になったのは、糸島の日本青年会議所(JC)のメンバーが訪ねてきたこと。彼らは2015年から、糸島の放置竹林問題についての啓蒙(けいもう)活動を行っていた。糸島市のホームページによると、市内には竹林が約360ヘクタール、耕作放棄地への侵入竹林が約450ヘクタールも広がっているそうだ。

ここで、糸島に限らず、日本全国で問題になっている放置竹林について簡単に説明しよう。一昔前、タケノコの栽培や竹材として繁殖力の強い外来種のモウソウチクが輸入された。ところがニーズの低下と山林所有者の高齢化などで放置されたモウソウチクが増殖。その強力な繁殖力で既存の植生を破壊することに加え、根の張り方が浅く、土砂崩れの危険性を高めることにもつながるため、対策は全国的に喫緊の課題になっている。

白糸の森に来たJCのメンバーは、「3年間、町の中でイベントをやってきたから、今度は森の中でやりたい」と相談に来た。前田は山を切り開く時、竹に悩まされたし、大串は建築家として杉ばかりの人工林が木材として使われなくなり、放置されて荒れ果ていくことに心を痛めていたことから、その申し出を快諾。何をしようかと一緒に頭をひねった

その際、JCのメンバーの「森の現状を見られるようにしたらどうか?」というアイデアから生まれたのが、木製のデッキと樹上に竹をドーム型に組んで造ったバンブーツリーハウス。JCからの声かけで、麻生建築専門学校の施工コースの学生たちも一緒に設置作業を行った。

これが完成したのは、2021年6月。地上から5、6メートルのところに作られたバンブーハウスに入ると、普段とは違う視点で森を見ることになる。目の前に立ち並ぶのは、杉の木と竹ばかり。山という自然の中で、まずはその不自然な状態を知ってもらおうという取り組みだ。

瞬く間に行列のできる人気店に

バンブーツリーハウスを披露すると、写真映えすることからすぐに話題になった。しかし啓蒙イベント自体は年に1回で、別の日に客が訪ねてきても、案内する人もいない。

それなら、山の中で自過ごしてもらったらどうだろう?というつきから、「森の中をカフェにしよう」という発想につながったという。

ただ、客に森の中でしんでもらうには、デッキが一つではない。ツリーハウスを施工した大にそのをすると、「どうなら、4らい作りましうか。おはもうかってからでいいですよ」と、前よく作ってくれた。大の仕事とい森と保全を考える取り組みに、してくれてのことだった。

森をカフェにするにあたり、「森のお子屋詩~みどりのおと」を「森のカフェ詩~みどりのおと」にリニーアルした。

前編の「1日最大500人が訪れる森のカフェ」の章に記したように、キャンピングチェアや商品の持ち運び、片付けを客に任せる形にした。これにより、カフェの店員も注文の受付と商品の提供だけに集中できるため、営業上のメリットが大きいが、狙いは違うところにある。

最初は、椅子やテーブルを置かなきゃ、でも雨の日はどうしようと悩んでいたんですが、そうじゃないと。このカフェは、里山を体感してもらうために作りました。だから、これから山に入るんだっていう意識をお客さんに持ってもらうために、椅子は自分で運んでもらう。その代わり、カフェをする場所はどこでもいい。デッキの上でも、山の中でも、自分が心地よいと思ったところで、くつろいでほしいですね」

大串の言葉に、前田も同意する。

「お客さんには、自分の意志で山に入り、気持ちのいい場所で飲むコーヒー1杯で里山の保全に貢献していると感じてもらいたいんです」

2021年8月、森のカフェがオープン。すると、ツリーハウスデッキや空中回廊、森の中で自由に過ごすスタイルがSNSで話題になり、あっという間に行列のできるスポットになった。1日最大500人、1年間で10万人が訪れたというから、とんでもない数の客を受け入れてきたことが分かるだろう。勢いは衰えず、2022年8月からの2年目も同じぐらいの客数をキープしている。

この人気について、大串は「写真映え」だけが理由ではないと分析した。

「オープン前、お客さんにいろいろ任せるシステムはあり得ないと言われました。いざ始めてみると、山に入るというアウトドア的なことを気軽に体験できること、自分で座る場所を決められるという自由度、そして自分で木を切ることはできないけど、里山の保全に役立っているという3つのポイントが喜ばれていると感じます」

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県外から若者が訪ねてくる農園に

どれだけカフェが人になっても、二人につ様子はない。白糸の森は、あくまで「体験型観光農園」。変わらず農業に力を注ぎ、今ではを持っておいしいと言える数種類野菜てるようになった。その中でも、できのいい野菜はうどん屋でてんらなどに使用され、がついたものは加工品にしている。

農業を始めたこの12年で、大串の「土をブランドにする」戦略の効果を誰よりも実感しているのは、飲食の経験豊富な前田だ。

うどん屋の店内には、前田が手がけた加工品が並んでいる。「熟成生姜味噌」「三年熟成梅干し」「ふきのとう味噌」「唐辛子醤油漬け」「あまおう苺シロップ」など、どれも地元の高齢者から手ほどきを受け、独自の工夫を加えた自信作だ。これらを道の駅で販売しないかという声もかかるそうだが、それはしない。

「うちは外に出しません。自分たちで加工して、自分たちで売ってます。土も含めて、ここにしかないから、オンリーワン。それがおいしいから、みんなここまで買いに来てくれるんです」

2018年から月に一度開催しているキッズファームの農業体験も、大盛況だ。地域の保育園、幼稚園、小学校からの申し込みも絶えず、これまで数百人を受け入れてきたという。農業が盛んな糸島で、白糸の森が選ばれるのはなぜか? そう、余計なものを加えない、自然そのままの土の安全性が評価されているのだ。

農業を軸にしながら、森の中でカフェを営業する。このスタイルにひきつけられる若者もいる。ある日、ホームページを見て興味を持ったという和歌山にある高校生から「見学に行きたい」と連絡があった。「高校生でしょ、大丈夫?」と尋ねたら、「大丈夫です」と言う。それならいいよと伝えたら、「先生も来たいと言っているけど、いいですか?」と聞かれた。断る理由もなく、「いいよ」と答える。

当日、前田と大串は目を見開いた。約20人の高校生と教師がバスに乗ってやってきたのだ。二人は農業に関心を持つ高校生たちとすっかり打ち解け、和歌山の学校を訪ねると約束した。

別の日には、北海道の網走市から大学生が訪ねてきた。二人が話をしたら、「感動した」と帰っていった。その後、「大学を卒業したら、白糸の森で働きたい」と連絡があり、改めて面接をした上で、雇うことを決めたという。

大きな農家は、高価な機械を入れて大量生産できるけど、機械化が難しい小さな農家やオーガニック農業をやる人は食べていけなくて挫折する人がたくさんいるの。だから、私たちは農業、林業、こういう里山の良さをいっぱい知ってもらいたいの。そして、ここを担ってくれる若い人を見つけたいんです」(前田)

余白を楽しむ

大串、前田の活動は地でもしっかりとめられている。なんと最、さらに3万平方メートル地を手に入れた。それも、近隣住民からり受けたものだ。今度は、白糸の滝から続く浅い川が流れているエリアで、川遊びやキャンプもできるという。まだまだ荒れ放題で、また竹やぶをるところから始まる。それがひとしたら、前田はその地に、大から醤油を仕込む施設を作りたいと語った。

ける、白糸の森。わず「グラミリアみたいです。終わりが見えないから」と言うと、大串がうんうんとうなずいた。

「僕は森のなかにも照葉樹林を植えて、多種多様な木が生えている自然に近い状態にしたいんですよね。僕らは20年、30年かけて理想の土地を作っていくから、少しずつ変わっていく。お客さんもその変化を味わえる場所にしたい」

前田も続ける。

出来上がったものじゃなくて、お客さんも含めてみんなで一緒に作っていくっていうね。だから、2回目に来たらどこかの景色が変わってる。しかも、機械を入れるんじゃなくて、手作りでどんどん進化していく。皆さんはそこに楽しみと勇気、可能性を感じているんだと

二人の話を聞いて、なるほど!と思った。世の中は、モノも場所もきれいに整った「完成品」であふれている。その隙のない世界と対極にあるのが、白糸の森だ。余白だらけのこの場所で、人々は肩の力を抜いて過ごしながら、次は何が起こるのだろうとワクワクしているのかもしれない。

そして、このプロジェクトを誰よりも楽しんでいるのが、オーナーの二人だ。

「私たちがやりたいこと、好きなことだけをしよう、そういう気持ちがなかったら、ここまでならんやったと思う。そこにお客さんが共感してくれた喜びね。今、私は68歳だから、元気で80まで続けたい。いやー、夢が膨らむ」

そう嬉しそうに語る妻を、大串はニコニコしながら眺めていた。

白糸の森

福岡県糸島市白糸にある体験型観光農園。一級建築士の大串幸男と妻の前田和子が里山を開墾、整地し、誕生。無農薬・無動物性堆肥で育てる「まえだ農園」の野菜を主に使用した「白糸うどん やすじ」と森のカフェ「緑の詩〜おと〜」を営む。「キッズファーム農業体験」を毎月第3日曜日に開催し、2020年11月に公式のオンラインストアをオープンしている。 

川内イオ

稀人ハンター

1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。全国に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」を目指す。この目標を実現するために、2023年3月より、「稀人ハンタースクール」開校。全国に散らばる27人の一期生とともに、稀人の発掘を加速させる。近著に「稀食満面 そこにしかない『食の可能性』を巡る旅」(主婦の友社)。

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⼀般社団法⼈ ⽇本地域国際化推進機構

2021年1⽉15日設⽴。地域の国際化を推進し、観光を通じて地域の魅⼒と価値を⾼め、地域経済及び地域社会の活性化、また、安全性を含めた地域の⽣活環境基盤の向上に貢献することを⽬的として活動している。

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