Photo: Keisuke Tanigawa
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外国人母子家庭で差別やいじめを受けた俳優、サヘル・ローズが伝えたい「許す」感情

新著『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て” 』にこめた思い

寄稿:: Mie Yoneya
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イラン生まれのサヘル・ローズは、俳優にして人権活動家だ。イランとイラクの国境の街で生まれ、4歳にして児童養護施設に入るも、養母・フローラとともに8歳で来日。外国人母子家庭のため差別やいじめ、貧困などを経験した苦しい生活の中でも、「あなたには可能性がある。やりたいことは応援する」という養母の愛情のもと、さまざまな困難を乗り越えてきた。

20221月に、彼女が自らの体験や思いを14の花束にした『言葉の花束 困難を乗り切るための自分育て』(講談社)を出版した。

この本にサヘルが込めた熱い思いや読者に届けたいメッセージは何だったのか? 彼女はとても柔らかな話し方で受け答えし、時には涙をにじませながらこの本に書かれている自分自身の体験や、ありのままの自身の姿を見せて語ってくれた。

この本は、家庭、いじめ、闘病、適職に悩んでいる人など14の困難な渦中にいる人を対象とした章立てになっていますね。この「14の花束」はどのような基準で選ばれたのでしょうか?

私がこれまでの人生でぶつかった課題や答えが見つけられなかった疑問、出会った児童養護施設の子どもたちや職員さんからもらった言葉、良いこともつらいことも苦しいことも含めて、それらの経験が14項目の花束になりました。

養母が付けてくれた私の名前「サヘル・ローズ」の中には、バラが入っています。花はどれもかけがえのないもので、美しかったり、形が変わっていたり、さまざまです。

そして人にもそれぞれに個性があります。でも、今の日本の社会ではなかなかその個性は認められにくくて、個性があってはいけないのかと思ってしまうこともあります。

しかし、花だって、トゲトゲしい花もあれば、柔らかな花や小ぶりな花など、いろんな個性があります。『言葉の花束』は、みんなが持っている個性をそれぞれの花に例えて、それらを1つの花束=ブーケにしました。それぞれの花束はこんなにもきれいで、お互いを認め合うことはこんなにも大切なんだという気持ちを込めて書いたんです。

つらく、苦しい経験も振り返った時に「花束」になるなんて素晴らしいですね。

過去の痛みを自分との対話に置き換えたり、苦しかったときの弱さを自分のエネルギーに変えたりすることができたから、「花束」になったのかもしれません。

私はこの本を書いていた約2年間、キーボードを打ちながら声に出し、まさに自分と対話していました。その間、自分と向き合えたんだと思います。

過去に周りの人から投げかけられた言葉もよく理解できました。改めてどんな思いでこの言葉をくれたのだろうと、当時を思い出しながら今の自分に重ねてみると、一つひとつ深い意味があります。14の花束は、まさに私の人生の目次なのです。

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サヘルさんは、なぜ今、ご自身の経験である14の花束を伝えようと思ったのですか?

『言葉の花束』は、コロナ禍のタイミングだから生まれたもので、だからこそ届けたいものでもあります。

私は児童養護施設の子どもたちをサポートさせて頂いているのですが、コロナ禍以降、子どもたちに会えなくなってしまいました。いろんな人と直接お会いして、自分の思いを自分の言葉で伝える機会も限られています。『言葉の花束』は、そうした人々に向けたお便りでもあるのです。

実は1年前、本は一度完成していたのですが、全く違う内容でした。しかし、コロナ禍で社会がどんどん分断され、置き去りになってしまう人もいて、いま伝えるべきは違うものだと考え、今の形に変更しました。

自分の心を吐露して、本を読んだ人に「かわいそう」と言われたいわけではなく、どんなにつらく苦しい経験をしてもなお、前を向いて生きている私の姿を見てほしい。そんなポジティブな言葉で本を作りたかったんです。

この国の幸せとは?

外国人であるサヘルさんが日本の法律やシステムに違和感を感じることはありますか?

日本になぜ自殺者が多いかというと、はけ口がなく、誰にも何も言えないことがあると思うんです。先進国である日本が世界と比べて大きく違うのは、心理の専門家によるカウンセリングを誰もが受けられる環境が整っていないことでしょう。

例えば、イランでもアメリカでもヨーロッパでも、苦しいことがあった時は、1週間に1回はカウンセリングをしてもらえます。お医者さんに話を聞いてもらうというメンタルケアは日常の一部なのです。

私が高校生の頃、とても苦しいことがあって総合病院に通いました。1時間ほど先生と話した後に、「じゃ、これ」と処方箋を渡されました。私が欲しいのは薬ではなく、先生の言葉や目を見て話してくれることだったのに。

また、私が日本に来た直後に感じたのは、疲れた顔や不安な表情をしている日本人への違和感です。この国はたくさんの物があふれていて、幸せなはずなのに、この人たちは社会や会社、組織のための数字を増やすために頑張って生きていて、自分のためには生きていないように見えました。

今も「この国の幸せって何だろう?」「みんな本当に幸せなの?」と思っています。

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最近、多様性やダイバーシティー、持続可能な開発目標(SDGs)という言葉をよく聞くようになりました。これらが世の中に広まることについて、どう感じていますか?

私は、多様性やダイバーシティー、SDGsは「言葉のファッション」だと思っています。言葉自体はとても格好良くて響きもいいですから。でも表面的なことだけで社会に向き合ってしまうと、その根っこにある意味に気付けなかったり、討論ができなかったりするまま流れていってしまいます。

多様性もダイバーシティーもSDGsも(根っこは)、お互いを認め合えるか、興味を持ち合えるかではないでしょうか。実際に今世の中で起きている差別は、相手を知らないことへの恐怖心や無関心からきていることがほとんどです。純粋に物事や人に対して、関心が持てるかどうかが重要なのだと思います。

人に対しても文化に対しても、自分の考えや好みと合わないからといって、その違いを否定していたらつまらないですよね。食べ物と同じで「こういう味もある、こういう好みもある」と違いを楽しめるかどうかではないでしょうか。

社会の中で大きなことを成し遂げる人は、多様性を楽しみながら、その違いを新たなエネルギーに変えていける人だと思います。そして、多様性を求めるのであれば、お互いに対して鎧(よろい)のようなタグ付けをしないことです。

自分の感情を素直に感じて

『言葉の花束』は何度も書き直したそうですが、どんな思いで言葉を変えていったのでしょうか?

きれいごとを言うわけでも、偽善者ぶっているわけでもありませんが、私は誰も傷つけたくありません。だからこの本を何度も書き直したのも、できるだけ誰も置き去りにしたくなかったからなんです。

360度見渡して、読んでくれる人をできる限り見落とさないように書けたらと、あらゆる角度を気にしながら言葉を慎重に選んだつもりです。

例えば、「母子家庭」という表現についてです。ふと考えてみたら、社会には母子家庭だけではなく父子家庭など色々な家族の形があるので、「母子家庭」と書いたら、お父さんを置き去りにしちゃうかなって……

もう一つはうそをつかないこと。編集者に「お母さんに謝り過ぎじゃない?」と言われたこともありましたが、私は「ごめんなさい」と本当に思っているからで、そうした弁明を入れないのはうそになってしまうと思い、削りませんでした。

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サヘルさんが『言葉の花束』で伝えたかったメッセージを教えてください。

この本を読んでくれた人に気付いてほしいのは、「許す」という感情です。憎しみは、自分だけでなく相手も傷つけます。でも、「許す」ことができれば、人間としての考えがもう一歩深まるでしょう。

また、これからの社会に問われる力は、個人としてどう生きていけるかだと思っていますが、同時に、自分の生き方が間違っていると思った時は、何度でも変えていいと思うんです。一度きりの人生の中で時間は限られていても、生き方が限られることはありません。

私自身、これから先も、何度も転んだり失敗したりすることがあるかもしれませんが、どこまで人を許せるか、どんな言葉も受け止められるか、サヘル・ローズという人間を実験しているのが今の自分だと思うのです。

周りから「自分を犠牲にしている」と言われることがありますが、私はそういう生き方しかできないんです。だからこそ生まれてくる言葉もあると思っています。

実は私は、自分を傷つけるやり方しか学んできていない、自分を否定して生きている人間なんです。だから、自分を傷つけないでほしいということも伝えたいし、この苦しい状態にほかの人が陥ってほしくない。この本に書かれているのは、体感したからこその闇から来る光の言葉です。私が光の人間だったら私は生まれていないでしょう。

私は闇と共存していて、そこから抜け出そうとも思っていません。その暗さが好きだと気付いたから。その感情から何かを提示する役割だと思って、自分でここに身を置いています。

本の最後に手書きで「p.s.(追伸)」と書いたのはそういう意味です。そんな自分を楽しんでいるし、「これが私なんだよ。だから心配しなくていいよ」と。

『言葉の花束』を読んだ後、読者にどのように変わってほしいと思いますか?

「変わらなくていいよ」と言いたいです。なぜなら、『言葉の花束』は私の人生の中で培ってきた私のフィルターを通した言葉で、読んだ人全員にとっての正解ではないから。無理をして変えたり、頑張ったりする必要はありません。

でも本を読み終わった時、良い意味で響いたり、ちょっと立ち止まりたいと思ったりしたら、その感情を素直に感じてほしいです。

泣きたいと思ったら泣いてほしいし、親に何か伝えたいと思ったら伝えてほしい。もし、学校へ行きたくなくなったり、会社を辞めたくなったりした時は、私の言霊ではなく、その時に感じたあなた自身の本音の言霊を信じてほしい、それが私の願いです。

サヘル・ローズ

俳優・タレント

1985年イラン生まれ。幼少時代はイランの児童養護施設で生活し、7歳の頃にフローラ・ジャスミンの養女として引き取られる。8歳で養母と共に来日。高校時代に受けたラジオ局J-waveのオーディションに合格して芸能活動を始める。レポーター、ナレーター、コメンテーターなどさまざまなタレント活動のほか、女優として映画やテレビドラマに出演し舞台にも立つ。

芸能活動以外では、国際人権NGO「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めている。私的にも援助活動を続けており、公私にわたる福祉活動が評価され、アメリカで人権活動家賞を受賞。著書には『戦場から女優へ』(文藝春秋)、フォトジャーナリストの安田菜津紀との共著で写真詩集『あなたと、わたし』(日本写真企画)がある。

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