山口晴希
Photo: Kisa Toyoshima(山口晴希)
Photo: Kisa Toyoshima(山口晴希)

広島育ちの被爆3世が伝える、悲惨な過去から学ぶ「より身近な平和」

Peace Culture Villageの山口晴希へインタビュー

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インタビュアー:東谷彰子
翻訳:青木弦矢

※本記事は、「UNLOCK THE REAL JAPANに2023年3月27日付けで掲載された「History lessonsを翻訳、加筆・修正を行い、転載。

2014年に設立されたPeace Culture VillagePCVは、平和文化の創造に向けて人々が活躍する機会を創出することを目的としたNPO法人だ。現在では、被爆者の証言の記録や、次世代の平和活動家の育成を目的とした教育プログラムなどを行っている。平和教育事業統括ディレクターの山口晴希が、広島のつらい過去がいかにして平和へつながっているのかを語ってもらった。

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ーPCVとはどのような組織なのでしょうか?

山口晴希(以下、山口):PCVは、1984年に英語教師として来日したアメリカ人、スティーブン・リーパーが日本に設立したものです。彼は、被爆者の人々の声を届ける活動に携わり、「広島平和記念資料館」を運営する広島平和文化センターの理事長に就任。世界の著名人を広島に案内する中で、「核や戦争について語る機会は多いが、平和とは何かについて深く考える機会がない」と気付いたそうです。「戦争がない」というだけではない平和を探求したいと考え、PCVを立ち上げました。

現在では、年間約30万人の生徒が修学旅行で広島を訪れています。その子どもたちのために何ができるかを考え、平和について考えるプログラムを2020年にスタートしました。

ー山口さんは「平和教育事業統括ディレクター」という肩書でPCVに関わっていますね。どんな役割なのでしょうか?

主に、平和について考えるきっかけとなるようなツアーやプログラムを企画・運営し、広島訪問前の教育や平和記念公園の案内などを行っています。また「ピースバディ」という、公園案内やワークショップを行ったりする若手社会人チームの育成も担当しています。

「平和×子ども心」

ー平和について考える機会を作る際に、心がけているキーワードはありますか?

従来の日本の平和教育では、「核兵器がないこと」が平和の条件とされてきました。もちろん核兵器がなくなるに越したことはないのですが、自分たちがどのように貢献できるのか、日常生活ではなかなか実感が湧かないのではないでしょうか。

私たちは、次世代の平和文化リーダーを育成するためのオンラインスクールを運営し、参加者一人一人がそれぞれの強み、つながり、情熱を持って、どのように平和を作り出すことができるかを考えています。また、「Xplore Hiroshima」という拡張現実(AR)アプリを開発し、世界中の人々が平和記念公園にアクセスできるようにしました。

原爆の悲惨さを伝えるだけでなく、対話を大切にしながら、どうすれば平和をより身近なものにできるかを考えていきたいです。今も核兵器は残っています。大切な家族を一瞬で失ったらどうなってしまうのだろう。世界を変えることはできなくても、私たちの生活の中で何ができるかを考えてほしいと思っています。

ーつまり、誰でもピースメーカーとしての役割を果たせるということでしょうか?

その通りです。PCVには「平和×○○」というコンセプトがあります。PCVのメンバーそれぞれが、世界の平和をどのように作りたいかを表す言葉を選び、空欄に入れる。私は「平和×子ども心」です。被爆者の田中稔子さんは、「やりたいことができることが平和なんだよ」とよく話されます。

世界には、大人になるまで生きられない子どもたちや、自分のやりたいことを選べない子どもたちがいる。彼らが自分の生き方を自由に選べるような世の中を作りたいのです。

ーバックパッカーとして世界18カ国を旅されたそうですね。故郷の広島に戻り、PCVで働こうと思ったきっかけは何ですか?

PCVに参加する前は、3年間幼稚園に勤めていました。その時は「この仕事を辞めて世界一周の旅に出よう」と思っていたのですが、PCVの創設者の一人でもあるアメリカ人のメアリー・ポピオと出会い、考えを変えました。アメリカ人の彼女が、広島で被爆者の言葉を次の世代に伝えようと活動している姿を目にして「自分は何をやっているのだろう」と考える契機になったのです。

私は、みんなで同じレールの上を歩かせようとする日本の同調圧力が本当に嫌いです。私自身は、ワーキングホリデーの経験などから、外の世界の楽しさや、いつでもまた外の世界に出られることを知っています。

しかし、PCVに参加することになり大学生たちと接していく中で、多くはこの同調圧力に落胆し、自分らしさを発揮する場を持っていないことに気付かされました。そうした人々に、他人が決めたレールではなく自分自身で選びとった道を歩くことの楽しさ、面白さを知ってもらいたい。広島だけでなく、海外でも選択肢は無限にあるんだよと教えてあげたい。それが、私のやりがいです。

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憎しみの連鎖から平和な世界は生まれない

ーメアリーさんがPCVに参加した理由は何だったのでしょうか?

来日前から核兵器廃絶や平和のための活動に参加していたメアリーは、たまたまスティーブンと縁があり、一緒にPCVを立ち上げました。彼女はキリスト教徒ということもあり、まず長崎に興味を持ち、大学生の頃に助成金をもらって長崎で調査をしました。

原爆投下について彼女は学校で習ったことはなく、当時、東アジア最大のキリスト教コミュニティーをアメリカが破壊したことを知り、ショックを受けました。そこから被爆者の思いを知りたいと思い、毎年夏に広島を訪れるようになったのです。そこで、被爆者の一人である伊藤正雄さんと出会いました。

被爆者がよく聞かれる質問の中に、「アメリカ人は嫌いですか?」というものがあります。メアリーは伊藤さんに同じ質問をしました。彼は「怒りの感情が残っていないと言えばうそになる。でも、憎しみの連鎖が続くと、平和な世界は生まれない。起きたことはとてもつらく悲しいことですが、メアリーのせいではないですし、憎しみを持ち続けることは私たちにとっても世界にとってもいいことではありません」と答えたのです。

この言葉を聞いたメアリーは深く感動し、アメリカではこういう話を聞かなかったこともあり、大きく衝撃を受けたそうです。それが彼女にとっての転機となって、被爆者の思いや言葉をPCVを通じて多くの人に伝えようと決意したそうです。

ー現在は何人の被爆者が語り部として活動しているのでしょうか?

PCVでは、3人です。被爆者の平均年齢が84歳を超えているので、彼らの体験を聞くだけでなく、学習形態の変化が必要だと感じています。広島では小学生が原爆のことを学ぶといっても、生々し過ぎてトラウマになるかもしれません。事実は本当に悲惨なのですが、広島でもこの歴史をどう伝えていくかは議論になっています。伝え方を考えないと、子どもたちは学ぶ気さえ失ってしまうという意見も少なくありません。

私としては、恐ろしさや悲惨さ、厳しさではなく、「大切なものを失ったらどうするか」という身近なところから、子どもたちに学んでいってほしいと思っています。

「G7広島サミット」で各国首脳に願うこと

ーロシアのウクライナ侵攻をはじめ、世界では数え切れないほどの弾圧があり、多くの人々が苦しんでいます。そんな中、2023年5月に「G7広島サミット」が開催され、各国の首脳が広島を訪れますが、見てほしいものはありますか?

10分でもいいから、被爆者の話に耳を傾けてほしいと心から思っています。インターネット上には被爆者の声を英語に翻訳した動画や記事がたくさんありますが、あまり注目されていないように感じます。原爆が投下されてから、78年がたちました。しかし、ロシアのウクライナ侵攻で核兵器が使われる恐れは、今もなお存在する。被爆者は(ロシアの核戦力誇示に抗議するなど)訴えを続けています。

だからこそG7の首脳陣には、広島でじかに体験してもらいたいのです。数字や情報だけでなく、広島でしか感じられないことを、時間をかけて心で感じてほしい......78年間、声を上げ続けてきた人々の声を聞いてほしいのです。

山口晴希

NPO法人Peace Culture Village 平和教育事業統括ディレクター

1993年生まれ、広島生まれ広島育ちの被爆3世。大学時代にワーキングホリデーでカナダへ行き、Teaching English to Speakers of Other LanguagesTESOL)を取得。その後、バックパッカーとして世界18カ国を巡る。2017年から幼稚園教諭として3年間勤務。2020年からPCVメンバーとして活動しながら、現在も保育士として勤務している。

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