サステナブル特集食品ロス
Photo: 日本丸天醤油
Photo: 日本丸天醤油

第5回:食品メーカーのサステナブルとSDGs

サステナブル特集:美食の国ニッポンと「もったいない」の解決(後編)

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タイムアウト東京 > Things To Do > 第5回:食品メーカーのサステナブルとSDGs
テキスト:浅野陽子

SDGs(エスディージーズ)とは「サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ(Sustainable Development Goals)」の略称で、2015年に国連総会が採択し、地球上の課題をカテゴリー別に落とし込んだゴールのこと。SDGsの世界の国別達成度ランキング(2020年)では、日本は主要国を大きく下回り、162カ国中17位だった。

大量の食品ロス、魚の獲り過ぎ、プラスチックごみで侵されている海の資源の問題などがマイナス点だが、この事実を知る日本人は少ない。

シリーズで取り上げてきた食のサステナブル特集。最終回は、食品メーカーが取り組む食品ロス問題の解決と、SDGs達成に向けた活動を紹介する。

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老舗しょうゆメーカーが取り組むSDGs

そもそも、なぜ食品ロスは生まれるのか? SDGs「持続可能な開発のための17の目標」の12番目に「つくる責任 つかう責任」(持続可能な方法で生産し、消費する取り組みを進めていこう)とある。つまり食品ロスは、消費者と作り手の両方が生み出している問題だ。

今回は、作り手側である食品メーカーがサステナブルに取り組んでいる例を紹介する。兵庫県の南西部、たつの市にある日本丸天醤油株式会社(以下「丸天醤油」)だ。1795(寛永7年)創業の老舗企業で、しょうゆやポン酢、つゆなどを製造する。元々たつの市は薄口しょうゆの名産地で、同社は地元を代表する企業だ。関西から西のエリアでは高いシェアを占める。

同社が環境への取り組みを始めた時期は早い。2006年、「サステナブル」という言葉はおろか、製造業でのエコやリサイクル活動も多くなかった時期から、環境省の「エコアクション21(中小事業者向けの環境マネジメントシステムの認証・登録制度)」を取得し、環境を配慮した経営活動を行っている。

創業家の出身で、2015年から代表を務める延賀海輝(のぶか・みなき)に話を聞いた。

長年の商慣習から無駄を取り除く

延賀は大学卒業後、電機メーカー(キヤノン)に新卒で入り、会社員としての経験を数年積んだ後、日本丸天醤油に入社、2015年、35歳の時に現職に就任した。

エコアクション21は、環境問題に関心が高かった先代の社長(延賀の叔父)時代に取得。環境負荷をかけない経営を長く行ってきた。

醤油や麺つゆ、天つゆなどの調味料は、原料に大量のかつお節や昆布、シイタケを使い、だしを取ったあとはごみとなる。また、製造された調味料がボトル詰めされ、工場では汚水も発生する。

同社では、かつお節など食材のゴミは、肥料会社に卸して二次利用している。汚水は社内に作ったバイオ排水設備で事前に処理。汚水を下水にたれ流すのではなく、微生物が分解したきれいな水質まで戻してから流す。

すでにサステナブルに取り組んできた同社だが、さらに延賀は代表就任後、新しい挑戦をする。食品業界特有の「天候や需要の変動を無視して、前年実績を上回ることを目指す」という商習慣を大きくテコ入れしたのだ。

例えばある年に猛暑で素麺つゆが売れたら、翌年は冷夏でも前年の売上を超えようと、メーカーも小売業者も努力するのが通例であった。結果、商品は売れずに返品される。最後はディスカウントストアなどで売りさばかれるが、それにかかる商品ロスやマンパワー、物流のトラック費用なども含めて「こういう無駄はやめませんか?」と取引先各社に提案した。

 調整に時間はかかったが、常識的な範囲で商品を生産する流れができ上がった。「作業が減って在庫もなくなり、環境にもいい。みんな喜びましたね」と延賀は笑うが、古い商慣習に手を入れるのは簡単なことではない。

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味は抜群なのに規格外で廃棄されていた果物

延賀のチャレンジは続き、2020年春には農家の食品ロスを解決する新商品『やさしくジェラート(YASAHIKU Gelato)』を開発した。構想に5年、試作から3年かけてやっと出来上がったという。

定番シリーズ(『ミルク』『抹茶』『チョコレート&珈琲』など)と、季節限定のフルーツ味のシリーズがある。このフルーツジェラートの原料に、味は非常に良いのに形や色が悪く、規格外品となっていた果物を使用した。

規格外品は店で販売されないので、従来は農家が無理やり自家消費したり、廃棄されたりしていた。しかし、元は宮崎のマンゴー、栃木のイチゴ、長野のルレクチェといった高級フルーツばかりだ。「親戚の農家で、もったいないことが起きている」と知人から聞いた延賀がひらめいた。

ジェラートを食べてみる。どれも一口食べると名前通りの優しい甘さだが、どこか後味を引く、まったりとした口どけがハマる。本物の果物をそのまま氷菓にしたような、不思議なおいしさだ。

食べた客からの評判も上々。「最初の一口で感動した」「全ての味に深いコクがある」「今まで食べてきたジェラートの中で間違いなくナンバーワン」など、絶賛するコメントが絶えない。

「開発中、ジェラートを試食しながら原料のフルーツも食べると、やっぱり生の果物のおいしさが際立っているのです。しかも最初はジェラートの口当たりがザラザラで。水分と脂肪分とバランス加減や、果物の香りをうまく出すことも難しく、本当に苦労しました。お客さまの感想は何よりうれしいですね」 

醤油製造の技術を生かした新商品

実は国内の醤油の消費量は30年前から減っている。次の生き残りをかけた新たなヒット商品を、と試行錯誤した結果、食品ロス削減にも役立つこのジェラートが生まれた。

しかし、しょうゆメーカーがなぜジェラートなのか?一見結びつかないが、実はしょうゆ造りのノウハウが生かされている。

薄口しょうゆの製造には、仕込みで甘酒を使う。延賀はこの伝統技術を生かし、甘酒を使って大好物のアイスクリームは作れないかと、と思いついた。少量の砂糖と、糖度を上げた甘酒を加えることでこのまったりとしながらも優しい味わいが実現できる。通常のアイスクリームに添加される乳化剤も不使用で、子どもも安心して食べられる。

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食品ロスから価値を生み出すのが経営者の使命

農家支援のため、引き取る際の価格は農家が「これくらいで買ってもらったら十分」という言い値で受けているという。ジェラートを食べた客はおいしいと評価し、原料のフルーツを提供する農家からは「丁寧に育てて、味も抜群なのに捨てざるをえなかったものを引き取ってもらえる」と喜ぶ。

さらに丸天醤油も、単なる「調味料メーカーのジェラート」に終わらず環境配慮という付加価値を商品に付けられた。まさに全員が幸せになる、ウィンウィンの仕組みだ。

「サステナブルや環境への配慮を企業理念に掲げるのは理想的です。社内でも『良いことをしている』という大きな充実感が生まれて、やりがいも出ます。

しかし大前提は、それがビジネスとして成り立つことです。企業は、働いてくれている従業員の給料を下げてまで、サステナブルをやってはいけない。農家さんが捨てていた果物を現金にしてお返しし、会社としてもきちんと利益を出す。食品ロスから経済的な価値を生み出すのが重要で、その仕組みを考えることが、僕たち経営者の使命だと思っています」

大手食品メーカー各社も食品ロス削減の方向に

近年ではミツカングループが従来廃棄されていた野菜の皮や芯、さやを丸ごと使用したエネルギーバーやパスタソース(『ZEMB(ゼンブ)』)シリーズを開発し、ヒットしている。

またのどあめなどを製造するカンロが、SDGsへの取り組みを強化した2021年度の経営方針を発表するなど、大手食品メーカー各社でも食品ロスやサステナブルの波は確実に広がっている。

こうした作り手側の努力を知って、私たち使う側も協力し、地球から食品ロスを少しでも減らせるよう、サポートしていきたい。

以上、全5回にわたって日本の食を巡る。サステナブルの現状を紹介した。SDGsの各目標は2030年までの達成を目指して採択されたものだ。あと9年で地球は少しでも回復するのか。それは日本人一人一人が、今日起こす行動にかかっている。

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ライタープロフィール

フードライター。食限定の取材歴20年、「dancyu」「おとなの週末」「ELLE a table(現・ELLE gourmet)」「AERA」「日経MJ」「近代食堂」など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材多数。テレビのグルメ番組への出演実績もある。「NIKKEI STYLE」(日本経済新聞社)の人気コーナー「話題のこの店この味」で毎月コラム連載中。
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