ラチュレ
Photo: Kisa Toyoshima
Photo: Kisa Toyoshima

第4回:東京のミシュランシェフが闘う食品ロスとSDGs

サステナブル特集:美食の国ニッポンと「もったいない」の壁(中編)

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テキスト:浅野陽子

SDGs(エスディージーズ)とは「サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ(Sustainable Development Goals)」の略称で、2015年に国連総会が採択し、地球上の課題をカテゴリー別に落とし込んだゴールのこと。SDGsの世界の国別達成度ランキング(2020年)では、日本は主要国を大きく下回り、162カ国中17位だった。

大量の食品ロス、魚の獲り過ぎ、プラスチックごみで侵されている海の資源の問題などがマイナス点だが、この事実を知る日本人は少ない。

第1回と第2回では海の資源の解決を、第3回からは日本の食品ロス問題を取り上げ、それをテーマにした映画『もったいないキッチン』の内容と公開後の反響について書いた。

今回は、この解決に奮闘する東京のミシュランシェフの取り組みを紹介する。

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第1回:漁業資源からSDGsを考える
第2回:東京の飲食業界とSDGs

第3回:映画からSDGs「食品ロス」問題を考える
第5回:食品メーカーのサステナブルとSDGs

「自然との共生」が料理のテーマ

食品ロスを解決する一番の策は、食べ物を買い過ぎないで食べきること、そして作り過ぎないことだ。

日々大量の食材を仕入れ、料理を作り、商売をしている飲食店。飲食店側から、食品ロスを減らすためにできることはないか。この課題に10年以上前から取り組んでいるのが渋谷区の高級フランス料理店、ラチュレ(LATURE)のオーナーシェフ、室田拓人(むろた・たくと)だ。

ラチュレとは、室田が考えた「自然の雫(しずく)」を意味する造語。室田は料理人になったばかりの20代から、食品ロスやサステナブルへの関心が高く「自然との共生」を自らのテーマにしている。「生き物を大切にしたい」という思いを込め、料理にはジビエを多く取り入れている。『鹿のマカロン』は室田のシグネチャーメニューである。

美食とサステナブルの共存という難題

それまで「美食とサステナブルは両立できない」というのが日本の飲食業界の常識だった。料理の食材の品質だけでなく環境性にまでこだわっていては、高価格帯店の客を満足させるのは難しいと考えられていたからだ。

しかし、ジビエや自然をテーマにした室田の料理は、グルマンたちに高く評価された。開業1年半でミシュランガイド東京の一つ星を獲得(2017年)し、以降4年連続で維持している。

さらに2021年版では、一つ星と合わせて「ミシュラン グリーンスター」も獲得した。同賞は2020年から始まった新しい評価制度で、サステナブルな取り組みを積極的に行っているレストラン(星やビブグルマンが付いていることが前提)に与えられる。

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野山を駆け回って育つ健康的な食材

ジビエとは、森などで自生している野生の鳥やシカ、クマといった動物を狩猟し、食材で使った料理のこと。一般的に食べられている牛や豚は、人間からエサを与えられ、「食材になるために」飼育されたものだ。それに対してジビエになる野生の動物は、野山を駆け回り、木の実などを食べて育つ。そのため、より健康的な料理として近年注目されている。

2013年ごろから熟成肉や肉バルブームが起き、ジビエの認知度も高まって行ったが、室田はブームに先駆けて2010年、28歳で狩猟免許を取得し、当時シェフを務めていたフランス料理店でジビエを提供。その6年後に独立開業し、ラチュレをオープンして今に至る。

世の中に「サステナブル」という言葉すらまだなく、また飲食業界での環境への意識も希薄だった10年以上前にジビエに注目し、自ら料理人兼ハンターとなった室田の行動力には驚く。

ジビエを最高の状態で提供したい

しかしなぜ、卸業者からジビエ食材を買い付けるのではなく、わざわざ狩猟免許を取るまでに至ったのか? 理由を聞いた。

「ジビエは、個体差もありますが、仕留めた直後の血抜きや解体によって味が変動します。要は、猟師さんの腕や下処理の仕方が大きく影響するのです。

外から仕入れるジビエは、細かい産地や狩猟者の名前、獲ったときの状況などは分かりません。僕は健康的なジビエの味がとても好きで、最もおいしく食べていただくためにはどうすればよいか考えた結果、料理を作る自分が狩猟資格を取って、獲ってしまうのが一番早いのではと思ったのです」

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野生動物の被害は人間が作り出したもの

室田が自ら狩猟をしたジビエを提供し10年以上経つが、環境という視点であらためて気付いたことが2点ある。一つはジビエという本来食べられる食材自体が、9割も捨てられてしまっていること。

野生動物は畑や農作物を荒らす害獣ともなり得る。シカやイノシシによる食い荒らし被害のニュースを目にしたこともあるだろう。日本国内での農作物の被害額は年間230億円にも上る。駆除を目的として殺傷された場合、なかなか「それを食べる」という意識にまでいかない。

「これらの被害は、人間が大量の耕作放棄地を出すなど自然を壊し、動物たちが住む場所や食べるものを奪われたことで起きているのです。野生動物を悪者にして処分するだけではもったいないし、動物たちも報われない。我々が食材として食べて減らせば、究極のリサイクルになるのではないでしょうか」

規格外の野菜が大量に捨てられている

狩猟中、室田がもう一つ気付いたのは、野山を回るうち、畑のあちこちにニンジンやサツマイモなどが廃棄寸前で山積みになっていることだった。いずれも形が悪かったり、傷が付いていたりして日本の流通システムには乗らないが、まだ十分食べられる状態なことに衝撃を受けた。

「もったいない、と単純に思いました。修業時代から『食材は絶対に無駄にするな、皮も捨てずにまかないで食べろ』と毎回たたき込まれていたので……。

しかし廃棄された野菜をなんとかしたいと思っても、価格がブレて、農家さんはかえって損をしてしまうので捨てるしかない。業界の仕組みを変えるのはなかなか難しいとも聞きました」

 ならば、自分で野菜も作ってしまったら、と室田は新たなチャレンジを思いつく。見た目が多少悪くても、料理人として自分の技術を使えば、店で出す料理に仕立てられる。ヨーロッパの有名店や星付き店では、自社農園で自ら食材を育てて使うのは今や当たり前だ。

もともと千葉県出身で、現在も自宅を構える室田は、土地勘のある千葉県内で2年前から自社農園を所有し、ここで育てたカブやハーブなどを店で使用している。

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日本の良質なジビエを次世代の美食に

こうした努力が身を結び、2021年にはミシュラン グリーンスターを獲得。室田が10年以上前から行ってきた、環境への取り組みが社会的に評価された形になった。

「こういった賞をいただき、世の中の人々が食から環境について意識するようになったのは喜ばしい限りです。ただ『サステナブル=ファッション』という流れにはなってほしくないですね。自然や命を大切に使う、というのは人間としてごくシンプルな行動に通ぎません。地球のおいしい食材を僕も今後も食べ続けたいし、小学生の息子が大人になっても残してあげたい。今この瞬間においしいものがあればいいのではなく、ずっと先のこともみんなで考える時代がきていますよね」

さらに室田は、海外からの観光客が再度来日できるようになったら、もっと日本のジビエの存在を知ってほしいと熱弁する。コロナ以前に多く来店していた、アジア圏のグルメ客は「自分の国にいても豊洲市場からの魚や和牛は食べられるが、こんなにおいしいジビエは日本にしかない」と好んで室田の料理を食べていたという。

中国では野生のシカやイノシシなどは獲り過ぎて希少食材となり、本国では食べられないそうだ。


「日本では廃棄されている食材が、海外のお客さまには喜ばれる。これも結果的には食のサステナブルではないでしょうか」

次回、最終回は日本の食品メーカーの活動を伝える。

ライタープロフィール

フードライター。食限定の取材歴20年、「dancyu」「おとなの週末」「ELLE a table(現・ELLE gourmet)」「AERA」「日経MJ」「近代食堂」など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材多数。テレビのグルメ番組への出演実績もある。「NIKKEI STYLE」(日本経済新聞社)の人気コーナー「話題のこの店この味」で毎月コラム連載中。

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