法のアップデートはいかにして可能か

最前線に立つ弁護士3人が、イノベーション創出の鍵を語る

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人々の価値観やビジネスのあり方がめまぐるしく変化し、多様化する現在。法律が時代にフィットしないままの状態では、社会に有益なイノベーションを阻害することになる。2017年8月4日、タイムアウトカフェ&ダイナーにて開催されたトークイベント『世界目線で考える。法をアップデートする編』では、法とイノベーション、法とビジネス、法と社会にまつわる様々な課題に取り組む3人の弁護士を迎え、どのようにして法を整備し、アップデートしていくかをテーマにしたディスカッションが行われた。

登壇したのは、企業法務分野の権威であり、かつてネット法を提言し日本のイノベーション活性化を目指したTMI総合法律事務所弁護士・ニューヨーク州弁護士で一橋大学教授の岩倉正和と、風営法改正実現をリードし現在はナイトタイムエコノミー市場創出に取り組むニューポート法律事務所弁護士の齋藤貴弘、2017年2月に出版した著書『法のデザイン』が大きな話題となったシティライツ法律事務所弁護士の水野祐の3人。

コンプライアンス=法令遵守は誤訳?

シティライツ法律事務所弁護士 水野祐(右)

冒頭では、『法のデザイン』でも提唱された、法を規制として捉えるのではなく社会を加速させるための装置として考える、という概念の重要性が語られた。

水野は、「情報環境が歴史上、もっともめまぐるしく変化していると言われる現代は、法の遅れによって生じる実態と法律の間のグレーゾーンが、もっとも広がっている」としながら、だからこそ「エキサイティングな時代」なのだという。

「Google、Uber、Airbnbなど、日本ではコンプライアンスの問題で叩かれてしまいそうなサービスがなぜアメリカ西海岸からどんどん出てくるのか。これには、コンプライアンスという単語の誤訳が一因としてあると考えています。日本では『法令遵守』と解釈されていますが、英英辞書で調べると、complianceは The action or fact of complying with a wish or command。commandは命令、法令などをすべて含みますが、その前に入っているwishの意味が、法令遵守という単語からは省かれています。

©水野祐

ここで言うwishとは、企業が何をしたいのかというビジョンや、社会から企業が求められるものを表しているのではないかと思います。このwishの存在が意味するのは、企業などに求められるべきコンプライアンスとは、ルールは時代とともに変化する、ということを前提にしたものだということ。

西海岸流のコンプライアンスの解釈についてもっとも腑(ふ)に落ちたのが、airbnbの公共政策部の求人に掲載された言葉です。そこには『シェアリング経済の最前線でairbnbは政策、法、政府の従来の枠組みに収まらない事業を展開しています。これを障害と見る人もいますが、私たちはそうは思いません。むしろ政府とコミュニティが直面する課題にクリエイティブで現実的な解決策を見出すチャンスと捉えます』とあります。グレーゾーンをポジティブに捉え、率先して突いていく。これは戦略法務の典型例と言え、Googleなどはこういったことをきっちりスケジュールをきってやっていると思われます。

例えば、ヨーロッパのサッカー界では『ずる賢さ、したたかさ』とは、ルールを自分よりに最大限にいかすことであり、知性の証明であるとされているそうです。そして、そのようにルールを自分よりにいかすことこそがサッカーをスポーツとして進化させるのだと考えられている。これを実社会に当てはめて考えてみると、米国IT企業流のコンプライアンスの捉え方も腑に落ちる気がします」

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グレーから白へと転じる流れが重要

ニューポート法律事務所弁護士 齋藤貴弘

法整備が不全状態にあることで生じるグレーゾーン。齋藤は、風営法改正運動において、ルールメイキングのためのファーストステップとして据える「世論の喚起」の段階から携わってきた。グレーゾーンは「0→1が生まれるカオスティックで高熱量な領域」として、そこで起こる文化や事業の重要性を強調する。

「(風営法改正前は)法的なグレーさゆえに枠にはまらないエキサイティングさがあったと思いますし、リスクを負いビジネスをしていた事業者のなかには法改正に対して必ずしも積極的ではない方々もいました。しかしながら、文化として成長を遂げ、経済的なインパクトや社会的影響も大きくなっていくなかで、コンテンツ、観光産業として大きく成長できるポテンシャルがあるにもかかわらず、法規制がボトルネックとなり健全な育成を阻害していたのです。

グレーといっても、法規制をかいくぐる脱法的なものとしてではなく、新しい文化や産業が生まれる創造性の源泉としての価値を見出し、光をあてる。その上で、グレーゾーンから新しいビジネスが生まれ法の改正を経て適法にしていくためには、社会的に共感されるビジョンやストーリーを作ること。グレーから白へと転じる流れが重要なのでは」

©齋藤貴弘

右肩上がりの時代にできた規制が現在も残っているのはおかしい

TMI総合法律事務所弁護士 岩倉正和

世論の喚起から共感を見いだせれば、ステップは実際の法のアップデートに繋げていくためのロビイングへと進む。そこでは、企業や民間から吸い上げた意見や課題を集約して法的に整理し、政策を現状に即した形に変えるよう提言する、といった活動が行われる。

岩倉は、2000年代半ばからネット法を提唱するグループの一員として、著作権をデジタル時代に最適化するための活動に奔走した。同法の立法こそ果たせなかったものの、当時既得権益者たちからの猛反発と対峙しながら議論を重ね、のちの検索エンジンの適法化などが盛り込まれた著作権法改正へと続くわだちを残した。彼は、ロビイングを含む日本の立法過程には、「fair and reasonable(公正かつ筋の通っていること)」と「transparency(透明性)」が欠けていると主張する。「アメリカには立法過程を学ぶ『立法学』が存在します。立法学とは今まで法律が成立してきた過程を明らかにする学問です。日本でももっと、なぜこの法律や政策ができたのかということを素直に見直しても良いと思います。こういったことを草の根からできるというのがネットの時代の良さです」。

また、巧みなロビー活動で風営法を改正へと導いた齋藤は、ロビイングに必要なテクニックを説く。

©水野祐


「弁護士の役割は、トラブルを解決する臨床法務から、未然にトラブルを防ぐ予防法務に。さらには事業戦略を法律面から支える戦略法務に拡大してきています。既存のルールにはまらないイノベーティブな事業戦略には法規制対応が極めて重要になります。既存のルールのなかでビジネスを組み立てるのではなく、ビジネスにあわせたルールメイキングをしていく。ロビイングも含め、戦略法務は企業の競争力を高めるために非常に重要になってきています。

国会議員や省庁へどうアプローチをしていくのか。プレゼンでは、議員や省庁が何を課題に思っているのかを考え、その回答を与えることが大切です。風営法であれば、クラブカルチャーの重要性について、その素晴らしさを説いてもなかなか伝わりません。アップデートされた時にはどのような経済的インパクトがあるのかを理解してもらう。ナイトエンターテインメントの解禁が治安悪化へと繋がるのでは、という警察の懸念に対しても、むしろ適法化によって事業者と警察の連携が生まれる、という解を与える。対立軸を作ってはいけません」

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セッションの締めくくりでは、水野の「法律を変えることとは、私とあなたの身近なルールから、より良いようにデザインしていくマインドの集積と考えたい。想像力を持つことが重要」という発言に続いて、岩倉が重みのある言葉で訴えた。

「日本は『岩盤規制』と呼ばれるほど、規制が強いのは事実です。なぜかというと、日本は太平洋戦争で焼け野原になったところから復興しました。日本がゼロから立ち上がっていく時には国の規制のもとで、もっと言えば社会主義経済のもとで、ビジネスをしたほうが国の発展に繋がるからです。しかし、そうした右肩上がりの経済の時に作った規制が現在も残っているのはおかしいと思います。これをおかしい、と声を上げる勇気を事業者や会社が持たなければなりません」

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