法のアップデートに必要な3つのステップ
社会には、人々の利益を守り、不平等が生まれないようにするために守るべきルール、つまり法が必要です。法は本来、私たちの生活をより良く、豊かにするために存在しています。しかし、時にその法が、私たちの自由な活動を規制する足かせになってしまう場合もあるのです。
わかりやすい例に、昨年6月に改正された風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)があります。1948年に制定された風営法は、深夜12時以降にクラブや飲食店などでダンスすることを一律に禁じていました。現代の感覚では、なぜダンスが規制の対象になるのか理解しがたいのが本音でしょう。しかし、もちろん制定当時には一定の根拠がありました。戦後まもない当時は、ダンスホールが売春の交渉やあっせんの温床になっていました。こうした時代背景から、ダンスという行為そのものも規制の対象と見なされてしまったのです。
一方、2012年頃から警察の取り締まりの強化により、全国のクラブが一斉摘発されると、風営法の「時代遅れな規定」に疑問の声が挙がるようになりました。すでにエンターテインメントとして認知され、新たな文化の発信源にもなっているダンスやクラブを過剰に規制する当時の風営法は、まさに日本の健全な夜間市場(ナイトタイムエコノミー)の成長を阻む足かせになっていたわけです。
こうした状況を改善しようと、私も弁護士として風営法改正に積極的に取り組み、結果として同法は2016年、改正施行されるに至りました。
この活動を通じて気づいたのは、法をアップデートするためには3つのステップが必要だということです。まず、第1のステップは「世論喚起」。法を変えるには、前提となる民意が必要です。そのため私たちは著名な音楽家などとともに「Let’s DANCE 署名推進委員会」を組織し、TwitterなどのSNSを活用して大規模な署名活動を展開しました。
第2のステップは政治のフェーズ、つまり「ロビイング」です。実は、これがものすごく大変でした。まず、ほとんどのクラブが法的にグレーな営業を強いられていたこともあり、通常なら政治家や行政への架け橋となる業界団体がそもそも存在しなかった。規制省庁から激しく反発されるなか、根回しの手段もスキルもない私たちは苦境に立たされました。それでも、法改正によって生じるメリットとデメリットを行政や関連各所にひたすら説いて回り、合意のポイントを探っていくという地道な活動を粘り強く続け、改正への大きなうねりを作っていきました。
そして第3のステップが「法の社会への実装」です。法をアップデートしても、それを実際の社会に適用してみると、必ずそこには法の穴が出てきます。複雑で変数に富んだ現実社会で、将来起こりうるすべての問題を予見して法を作ることは不可能ですから、これは防ぎようがない。例えば風営法でいえば、ダンスの規制は外れたものの、深夜に酒と遊興を提供する場合には新たな許可が必要になりました。現状、許可のハードルは非常に高く設定されていると言わざるを得ません。そのため私たちは、引き続きさらなる制度改良に向けて、積極的な取り組みを続けているところです。
風営法だけでなく、入管難民法やシェアリングサービスにまつわる関連法案など、アップデートが必要な法の領域はまだまだたくさんあります。「これまでの社会」と「これからの社会」の狭間に立ち、社会の利益を最大化していくこと。そして、法を単なる法に留めず、新たな実務や産業づくりを加速するフレームに発展させていくこと。私たち法の専門家に今、求められているのは、このように法の可能性を拡張する新たなマインドセットではないでしょうか。私はそう感じています。
『世界目線で考える。法をアップデートする編』は、8月4日(金)にタイムアウトカフェ&ダイナーにて開催。齋藤貴弘とともに、TMI総合法律事務所パートナー、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授である弁護士の岩倉正和と、シティライツ法律事務所の弁護士、水野祐が登壇する。