岩倉先生

ガラパゴス化する日本の法

タイムアウト東京が主催するトークイベント、世界目線「法をアップデートする」に登壇する岩倉正和にインタビュー

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執筆:庄司里紗
撮影:豊嶋希沙

 

近年、日本のビジネス発展のイノベーションを阻害する要因のひとつとして、「時代遅れの法」がクローズアップされている。現実からかけ離れた法規制を、適切にアップデートしていくにはどうすればいいのか。規制ではなくイノベーションを加速するフレームワークとして法を再定義するには、どのような手法が有効なのか。2017年8月4日(金)にタイムアウトカフェ&ダイナーで開催の『世界目線で考える。法をアップデートする編』に登壇するTMI総合法律事務所の弁護士、岩倉正和が考える時代遅れの法とは。『法をアップデートするための3のこと』の齋藤貴弘に続き、企業法務分野の権威であり、新しい著作権法(ネット法)の改正に取り組んだ経験を持つ岩倉に話を聞いた。

日本はスピード感を持って法整備を進めるべき

デジタル化やグローバル化により、各国間の競争は日々激化しています。国際市場において日本のプレゼンスを高めていくには、スピーディなイノベーションの実現が不可欠です。そこで重要な役割を果たすのが「戦略的なルールメイク」なのですが、残念ながら今の日本では、あらゆる領域で法整備が進まず、イノベーションを阻んでいるのが実情と言えます。 

例えば、昨年12月に成立したIR推進法。議員立法として公表されてから成立、施行まで5年の歳月を要しました。IR推進法は、地方創生を含む日本の観光立国に寄与する法制度ですが、ギャンブル依存症対策や治安問題などネガティブな側面ばかりが注目され、コンベンションやアートなど文化的な産業活性化の議論はいまだに進んでいません。

フィンテック(IT技術を活用した金融サービス)の分野でも法整備の遅れが目立ち、世界のフィンテック市場が急拡大するなか、日本の市場は完全に出遅れています。

私が最も危機感を覚えるのが、著作権法の現状です。著作権法は非常に古い法律で、基本的には小説などの紙媒体、写真、楽曲といったトラディショナルな制作物を対象としています。これらの著作物は、著作権者の許諾なしに勝手に使用、コピーすることが禁じられています。

ネットのない時代ならば、本を出版したり楽曲をCD化するときに許諾を取れば間に合いましたが、今はインターネットを通じて誰もが簡単にデジタル化された著作物をコピーできる時代です。そのため、この著作権法の規定がさまざまな場面で弊害を引き起こすようになっています。

例えば、カラオケ店はJASRACに著作権料を支払うことで許諾を得ていますが、歌っている様子を撮影した動画は許諾されていません。もし、その動画を投稿サイトに載せれば著作権法違反となり、罰せられる可能性が出てきます。誰もがネットを利用し、YouTubeなどの動画共有サイトがこれだけ人々の生活に浸透している時代に、この規定はナンセンスでしょう。

一方、アメリカでは、ネットに関する特別な法律が存在するだけではなく、著作権法においても1976年にフェアユースという規定が盛り込まれました。フェアユースとは、公正な利用をする場合に、著作権者の許諾を不要とする考え方です。教育、報道目的の使用や悪意のない改変、2次利用などのほか、Google社の書籍全文検索サービス(Google Books)もフェアユースとして認められています。 

フェアユースの導入は、2次創作などコンテンツの新しい利用方法を促進し、市場の創出や拡大も期待できます。しかし、日本の著作権法にはフェアユースがありません。そのため私は、大学教授や経営者などの有志とともに、フェアユース規定を盛り込んだ新しい著作権法=「ネット法」の制定を目指し、立法提案しました。2008年ですから、もう10年近く前のことです。

ネット法は大議論を呼び、さまざまな権利者団体から猛抗議を受けました。結果的にネット法の成立は叶いませんでしたが、私たちが声をあげたことで著作権法改正の機運が生まれたことは確かです。例えば、2009年の法改正では、それまで違法とされていた検索エンジン事業者によるデータの複製、結果表示が認められ、合法となりました。実は、従来の著作権法では検索という行為自体が違法だったのです。著作権法に関する議論は、今も続いており、今年文化庁から出された報告書で、フェアユースを『柔軟な権利制限規定』と言い直して、再度の立法化のチャレンジがなされる予定です。

法律を時代に即した形に変えていくこと、すなわち「法のアップデート」は、世界中で行われています。しかし、諸外国に比べ、日本は圧倒的にスピード感が足りません。審議会や公聴会を経て法案を作り、内閣法制局の偉い人たちに見てもらって……などとのんびり進めていたら、世界には追いつけない。このままでは、革新的なアイディアを持つ若者やベンチャーは、どんどん海外へ流出してしまうでしょう。 

日本の持続的な成長のためにも、法律をより柔軟かつスピーディに変えられる仕組みづくり、そして若い人たちが革新的なことにチャレンジしやすい環境づくりは急務ではないでしょうか。

【関連記事】『法をアップデートするための3のこと

岩倉正和(いわくら まさかず)

弁護士、TMI総合法律事務所パートナー、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。1987年に第一東京弁護士会登録、西村眞田法律事務所(現 西村あさひ法律事務所)入所。1993年ハーバード・ロースクール卒業。同年にニューヨークのデビボイス・アンド・プリンプトン法律事務所に勤め、翌年にニューヨーク州弁護士資格を取得。1994年ワシントンD.C.のアーノルド・アンド・ポーター法律事務所勤務。ハーバード・ロースクール客員教授(2度)、京都大学大学院法学研究科講師等を歴任し、2006年に一橋大学大学院教授に着任、2017年TMI総合法律事務所参画。企業法務、特にM&Aおよび知財・エンタメ分野を専門とし、日本のイノベーション活性化に向けたネット法制定の提言も行った。現在、フィンテック・AIなどの分野に注力している。

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