店の戸を引くと、現地にトリップしたかのような薬膳スパイスの芳香な香りに包まれる。唯一のメニューである『蘭州牛肉面(ランシュウギュウニクメン)』は、国産牛肉にパクチー、自家製ラー油などが盛られたシンプルな見た目だが、透き通ったスープを口に運ぶと、秘伝のスパイスからなる滋養深い香りが鼻を抜けていく。手打ち麺ならではの、もちっとした食感も新しい。さっぱりとした後味は、サラリーマンから、女性、高齢者まで、老若男女を問わず惹きつけているようだ。
蘭州牛肉面(880円)。麺は細麺、平麺、三角麺から選べ、辛さも調節可能
清野がこの味と出会ったのは、1997年の大学時代。中国留学中に奥深い味わいの蘭州ラーメンの虜になり、帰国後も「蘭州ラーメン」を謳(うた)う店を回ったが、求める味には出会えなかった。「クセの強いスパイスが省かれて、日本人向けにされている気がした」というように、今でこそパクチーなどの香草も一般的になったが、当時は現地の味をそのまま提供する店はまれだったという。
そこで清野は一念発起。「本物を出す店がないのなら、自分で開こう」と、日本から中国の蘭州市へと舞い戻った。現地では1日に4、5軒の蘭州ラーメン屋を巡り、「一番おいしい」とたどりついたのが、現地でも行列が途切れることがないという大人気店「馬子禄」だったのだ。「スープの香りや味、肉質、麺、どれをとっても群を抜いていた」と清野は言う。
客で混雑する甘粛省蘭州の「馬子禄」の様子