インタビュー:齋藤貴弘 弁護士

インタビュー:齋藤貴弘 弁護士

日本は踊れる国になれるのか?

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2012年10月に公開された『日本でのダンスはご遠慮ください』と題した風営法とダンスに関する記事は、これまでに国内外から、30万回を超える閲覧数を記録している。風営法の問題は、当初、ナイトクラブという特定の業態に関わるものとして捉えられることが多く、著名なアーティストやミュージシャンらが協力して署名活動を行うなど、改正に向けてのアピールと支援を地道に行ってきたが、社会全体の問題として広く議論される機会は少なかったようだ。しかし、2013年9月に、東京オリンピックパラリンピック2020の開催が決定したことで、日本再生の重要な柱であるビジットジャパンやクールジャパンによる成長戦略の議論に拍車がかかり、関連する風営法改正についても様々な業界から広く注目が集まるようになっている。

風営法改正については、超党派の国会議員によって構成されるダンス文化推進議員連盟(以下、ダンス議連)が、2013年5月から改正についての検討をはじめ、同年11月には中間提言をまとめた。その中で、ダンス議連は「既存のクラブ保護にととどまらない、より大局的な視点が必要であり、ダンス文化のポテンシャルを伸ばし、魅力ある街づくりのために活用していくという発想が極めて重要」との考え方を示した。そして、2014年5月16日には、具体的な風営法改正案がダンス議連によって提示されたが、ダンス営業を風営法から外すことにまで踏み込んだその案は高く評価されるべきものだろう。また、時期を同じくして、2014年5月12日には、政府の規制改革会議からも風営法の規制緩和が必要であるとの見解が発表されたが、ダンス議連と概ね改正の方向性は一致している。前後するが、2014年4月25日には、象徴的な事件となっていた大阪のクラブNOONをめぐる風営法違反訴訟について大阪地方裁判所で無罪判決(その後、大阪地検が控訴)が出された。これらの一連の動きから、風営法改正に向けて追い風が吹いていると、関係者の間にも改正への確信とやや楽観的なムードが見えはじめているようだ。しかし、本当に風営法改正は順調に進んでいるのだろうか。単にクラブ業界のためだけの改正に留まることなく、ダンス文化の発展とダンスを活用した街づくりや新たな産業の創出に繋がる改正を実現できるのだろうか。タイムアウト東京は、この問題に当初から深く関わり、ダンス文化推進議員連盟や業界団体、事業者らと協力し合いながら、ダンス文化と経済、双方の発展のための正しく有意義な風営法改正を目指してきた齋藤貴弘弁護士に、最終局面に入った風営法改正の状況について聞いた。

風営法改正はどの段階まで来ているのでしょうか?

齋藤:2013年5月からダンス文化推進議員連盟が風営法改正についての検討を続けており、2014年5月16日にダンス議連の総会が開催され、改正案が示されました

改正案の内容はどのようなものでしょうか?

齋藤:これまで風俗営業として記載されていたダンス営業を風俗営業から外し、時間帯により、ダンス飲食店または深夜ダンス飲食店として規制していくという内容です。

これにより、まず深夜のクラブ営業規制はどのように変わるのでしょうか?

齋藤:これまで午前1時以降の深夜営業は禁止されていましたが、午前6時まで営業できるようになります。

深夜以外のダンス営業について、ダンス議連はどのように考えているのでしょうか?

齋藤:ダンスを取り扱う営業は、もちろんナイトクラブだけではありません。ダンスや音楽は子どもから高齢者まで幅広く楽しまれるもので、高いポテンシャルを有しています。ダンス議連のヒアリングでは、若者向けのナイトクラブ関係者だけではなく、大人が楽しむ社交ダンス団体やサルサ関係者、さらにはオリンピックに向けて街の再開発を進めているデベロッパーの役員、国立新美術館の館長、そしてタイムアウト東京の社長も呼ばれ、広く街づくりにおけるダンスや音楽の活用という視点で法改正が検討されてきました。

具体的には、ダンスや音楽はクラブ以外にどのようなニーズやポテンシャルがあるのでしょうか?

齋藤:クラブだけではなく、飲食店など様々な場からのニーズがあります。例えば、ダンス議連のヒアリングでは、高級ホテルがホテル内のバーで深夜にジャズの生演奏を提供していたが、警察の指導により自粛し、これによって年間約3500万円もの売上が低下したという事案が紹介されました。音楽によってリラックスした雰囲気を作り、宿泊客がその都市の音楽や文化を楽しみ、さらに様々な人々と交流できる場を作る。(このことにより)飲食に付加価値をつけて売上を伸ばすという点はもちろんですが、さらにこのような文化的な空間作りに対するニーズも大きいです。

深夜以外の営業に対するニーズやポテンシャルはどうでしょうか?

齋藤:深夜以外でも、大人が子どもと一緒に遊びに行けるような野外パーティは大人気で、東京でも臨海地域の再開発とともに、子どもと一緒に音楽を楽しみ交流できるような場を活性化させていくことへのニーズは強くあります。ダンス議連に対してもこのような観点からの要望書が提出されています。 比較的年輩の方々も楽しめる社交ダンスなども、公民館等の貸しスタジオではなく、おしゃれをして出かけられるような飲食を伴うパーティ形式で楽しめるようにし、またそれによってお金を使ってもらうことへの期待はよく聞きます。ダンス議連の議員からも、このような場は絶対に必要という意見が出ていました。 最近では、会社帰りの時間帯に、食事やお酒とともに、DJによる良質な音楽や軽いダンスを楽しむような場も人気を集め、コアなクラブではない、よりオープンで明るい雰囲気で音楽やダンスを楽しめる場への期待も強くあります。クラブにはなかなか行けないけど、音楽やダンスをもっと身近に親しみたいという層はかなり多いと思います。

そのような業界の垣根を超えたダンスや音楽に対するニーズを、どのように社会の中で実践していくのでしょうか?そのようなニーズを法改正に反映させるために、何か動きはあるのでしょうか?

齋藤:上記以外にも、多様な産業から、各時間帯に応じた新規の営業のニーズがあります。このニーズを受けて業界の垣根を超えたオープンネットワークの準備が進められています。飲食、アート、ファッション、ダンス、音楽、デベロッパー、各種メディア等が業界の垣根を超え、クリエイティブな音楽やダンス、それにともなう文化の社会的な役割を検討し実践していくためにはこのようなネットワークはとても重要で、各業界の第一線で活躍されている方々が賛同し、ダンス議連に対しても改正の方向性について提言しています。

深夜以外の時間帯でのダンス営業に関する法改正も、検討されているのでしょうか?

齋藤:今の風営法では、昼間のイベントだったとしても、風俗営業として厳格な規制を受けます。例えば、昼間だったとしても18歳未満の入場は禁止され、外部から店舗内が見える窓があってはいけないという規制があります。ダンスによりいかがわしいことがなされるという前提での規制ですが、もちろんナンセンスなので、改正の予定です。 ダンス文化のポテンシャルを伸ばすという視点は成長戦略的にも注目されており、2013年11月にダンス議連が示した中間提言でも示されています。

深夜以外のダンス営業については、どのような改正が検討されているのでしょうか?

齋藤:風俗営業としての規制からは外され、ダンス飲食店として規制されていくことになりました。深夜のダンス飲食店は許可制ですが、深夜以外は届出制となり、より規制が緩和されます。

深夜のダンス営業の話に戻りますが、許可を取得するための条件というのは、どのようなものなのでしょうか?

齋藤:面積要件、営業地域、人的欠格事由、構造要件などの各条件をクリアする必要があります。

許可の基準が高すぎると、結局は許可を取得できず営業できない店舗が多く出てしまうのではないでしょうか?

齋藤:その通り。現在の風営法は許可条件や営業時間制限が実態と乖離していて、ほとんどの店舗が許可を取得することができませんでした。そのため、法的にグレーな中での営業を強いられる、あるいは営業を断念する店舗が多くありました。今回の法改正もそのようになる危険性はあると思います。

現在の改正案で、具体的に問題となりそうな規制はどのようなところですか?

齋藤:深夜営業で一番問題になるのが、地域制限だと思います。ダンス営業を風俗営業として規制する現在の風営法では、営業できる地域がかなり制限されています。具体的には、例えば東京で言うと、商業地域、近隣商業地域、工業地域でしか営業できません。また、商業地域等でも、病院や学校等の保護対象施設から一定の距離内にあると営業できません。

この地域制限だと、具体的にどの程度の店舗が営業できないのでしょうか?

齋藤:東京都内の主要クラブ50数店舗を調査したデータがあるのですが、半数以上のクラブが地域制限にひっかかる可能性があるというものでした。例えば、中目黒や代官山、青山、麻布などにあるおしゃれで隠れ家的な小箱と呼ばれるクラブの営業は、かなり難しい状況にあります。

今回の法改正では、深夜営業の地域制限に対する配慮はなされているのでしょうか?

齋藤:ダンス議連も地域制限には強い問題意識を持っていると思います。 カラオケボックスと同様に、保護対象施設からの距離規制は設けず、準住居地域、第二種住居地域も営業できるようにし、ただ例外的に客室面積が200㎡を超える比較的大型の店舗のみ営業を制限するという内容が示されました。

そのような改正は実現できそうなのでしょうか?

齋藤:5月16日に開催されたダンス議連の総会では、改正案としてここまで具体的な内容が示されました。この総会には、これまで法改正に携わってきた各種ダンスの関係団体が呼ばれ、またメディアにも公開されました。このようなオフィシャルな場で示された改正内容なので、後退するようなことはあってはならないと思います。 もっとも、約15年前の法改正の際には、ダンス教室に関する法改正について、直前に密室的な話し合いで改正内容が大きく後退してしまったという事実があります。メディアの報道により楽観的な雰囲気がありますが、引き続き動向を注視していく必要があります。

警察庁からは、このような広い法改正に対して反対の声も出ているという話も聞きますが、本当でしょうか?

齋藤:ダンス議連の総会の後、警察庁がいわゆる閣法として警察庁主導で新しい改正案を策定したいという要望を述べているということがあるようです。現在、ダンス議連と警察庁が擦り合わせをしているようですが、今から警察庁が準備して法案を提出するという方針に転換がなされた場合、これから有識者会議を立ち上げ、条文を策定し、パブリックコメントを経てということなので、さらに今から2年程度の期間を要すると思います。オリンピックに向けて法改正を急いでいるということもあり、時間的な問題で議員立法のままいくようです。

既存のクラブ事業者の一部からは、大幅な規制緩和に対して懸念が示されているという話も聞きましたが、どうしてなのでしょうか?

齋藤:反社会的勢力がナイトクラブ業界に入り込んでくる危険性、さらには大手企業が参入してくることによる既存のクラブへの営業的ダメージの可能性が理由のようです。ただ、先にも述べたとおり、今回の法改正は、ナイトクラブの保護ということだけが目的ではなく、業界の垣根を超えてダンスや音楽、それにともなう文化を街づくりに活用し、ダンス文化のポテンシャルを伸ばして行くというものです。ナイトクラブは引き続きナイトエンターテイメントの主役として大きな役割を担って行くと思いますし、これまで実績を作ってきたナイトクラブは引き続きシーンを牽引していく存在であってほしいと思います。 もちろん反社会的勢力が介入することは絶対に避けなければならないですが、引き続き人的欠格事由による制限はありますし、業界団体ができたことにより警察との連携も強化されたので、実効性も強まっていると思います。改正を行うことにより法的なグレーゾーンが解消され、業界がオープンになり、反社会勢力も参入しにくくなるという効果も見込めると考えています。

警察庁や業界からの反対を受け、ダンス議連総会での改正原案が後退した場合、どのようなマイナス効果が考えられますか?

齋藤:照度規制や最低店舗面積要件の引き上げ、午後10時前の未成年者の立ち入り制限など、何点か後退する可能性が出て来ています。それぞれ重要ですが、この中で一番重要なのが、先ほど述べた地域制限の点だと思います。  既に、準住居地域、第二種住居地域、さらには学校や病院の近くで営業している店舗は多数あります。多くの店舗は近隣と上手に関係を作り、共生して営業をしてきました。なので、警察としても取り締まり等をすることなく、営業を追認してきています。このような店舗は日々多くの雇用を担い、各種の経済活動を行い、何より日本のクラブシーンを作り続けてきました。改正により、かえってこのような店舗の営業ができなくなることは、絶対にあってはならないと思います。さらに、レストランやカフェ、バー、ギャラリー等で気軽に音楽やダンスを楽しめるようにしてダンス文化のポテンシャルを伸ばす、という成長戦略的な街づくりの観点からも弊害は大きいと思います。 もちろん改正法案でも騒音規制は厳しく課せられています。騒音規制や違反した場合の営業停止等のペナルティで、対応すべきだと思います。

まだ風営法改正は実現していません。しっかり法改正を実現するために必要なことはどのようなことでしょうか?

齋藤:5月16日のダンス議連総会の後、関係者に見えにくい形で法改正の修正がなされる可能性があり、先ほど挙げた部分について実際にそのような動きもあります。ここまで法改正が進んできたのは、オープンな署名活動という形で皆が関心を持って声を上げ、多くの関係者がダンス議連に対して意見を述べ、ヒアリングを受け、ともに議論をしてきた結果です。このような皆の努力が最後の最後で歪んでしまわないように、なるべく情報をオープンにし、皆が最後まで法改正の動向を注視する必要があると思います。


齋藤貴弘(さいとう たかひろ)
個人企業問わず様々な分野の法律業務を取り扱うとともに、音楽や アートに関する法的サポートを行う弁護士。インターネットの分野では、作品のシェアやリミックスを促し創造性を高める著作権ライセ ンスを提案する、クリエイティブコモンズジャパンのメンバーとして活動。また、都市のあらゆる場に良質な音を広めるため、ダンス営業を規制する風営法改正を求めるべく、議員や政府に対してロビー活動を行っている。LAのネットラジオ局、dublabの日本支部の運営メンバーでもある。
斉藤法律事務所

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