ナイトライフが持つ可能性

世界各国の取り組みに見るこれからの「夜」のあり方

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2016年6月23日(木)に改正風営法が施行されることで、この日本で「条件付ではあるものの、クラブで朝まで踊ること」は晴れて違法行為でなくなる。先日6月7日には、2012年4月に摘発された梅田のクラブNOONの元経営者の無罪も確定したことが報じられたが、同法が施行されることに寄せられている期待とはどんなものか。深夜の興行が合法となれば当然、投資家もナイトカルチャーへの出資がしやすくなり、経済的バックアックを受けることでナイトタイムインダストリーはかつてない盛り上がりを見せるようになるかもしれない。実際に、2020年の『東京オリンピック・パラリンピック』までに「昼だけでなく夜も楽しめる日本」を目指す動きはすでにある。クラブはもとより、既存の枠を越えたナイトエンターテインメントが登場することへの期待は、今後さらに高まっていくはずだ。

風営法の改正運動に大きく尽力した斎藤貴弘弁護士は、2016年4月、アムステルダムで開催された世界で初めての「夜の市長(Night Mayor)」の集会である『ナイトメイヤーサミット』へ、CCCC(クラブとクラブカルチャーを守る会)会長であり渋谷区観光大使ナイトアンバサダーに任命されたヒップホップアーティストのZeebraとともに参加した。28都市からナイトシーンのリーダーたちが集まり、ナイトライフの重要性や問題についての意見交換がなされた同サミットについて斎藤は、「日本の都市が持つ潜在的な夜の価値は大きい。その価値を成長させていくための法的インフラは、課題はまだあるもののこれまでに比べて整備された。アムステルダムを中心としたナイトメイヤー制度、ベルリンを中心とした業界ネットワークなど形態は様々だが、海外の主要都市は、クラブカルチャーを推進する制度的枠組みを形成している。日本も刺激的かつ責任あるナイトシーンをつくるために各都市の制度的設計から得ることは大きいと思う。そのためのヨーロッパ各都市とのネットワークを作ることができたのが、『ナイトメイヤーサミット』の最大の収穫だった」と振り返った。

そして、法規制との葛藤を繰り広げ、ナイトライフの潜在力に目を向けることの重要性が叫ばれているのは、実は日本だけではないことも、このサミットで明らかになったことだ。斎藤のもとには、これまで、世界中から取材が舞い込んできたが、アメリカやヨーロッパ、果てはアルジャジーラの人々までもが「日本が風営法を実際どう変えてきたのか」を知りたがっているという。今回の法改正は、世界と足並みを揃えてナイトライフ、ナイトエコノミーの発展を目指す契機にも繋がっているのだ。ここでは、『ナイトメイヤーサミット』にてプレゼンテーションされた、世界各国のナイトライフの現状や取り組みについて、アムステルダム在住のライターによるレポートを紹介したい。

行政とナイトライフを繋ぐ存在

Text:Kumi Nagano(posivision)
photo: www.raymondvanmil.nl

ナイトメイヤーは、2002年にアムステルダムで発足した「夜の市長」として活動するボランティアである。アムステルダム市長公認の団体で、2015年には5人目 の「夜の市長」としてMirik Milanが選出された。ナイトカルチャーは社会、文化、経済のどの側面から見ても、街をより活性化させる大きなファクターだとして、ナイトライフに関わる人々と行政との間に入ってコミュニケーションを取り、クラブ運営における規制やルールを市長にアドバイスするなどの活動を行っている。クラブカルチャーの最先端を行くベルリンでは2001年、政治家と対話するために「Club Commission」が誕生したが、それから約10年かけて、ベルリンにおいてクラブが非常に重要な存在であるという意識付けを行ってきた。一方、世界の音楽シーンを牽引してきたロンドンでは、ここ10年、ミュージックヴェニューの数が半減しており、都市開発や高騰する地価や物価、それに議会の強硬な姿勢などにより、ロンドンのPlastic People、グラスゴーのThe Archesをはじめとした数多くのヴェニューがクローズに追いやられた。そんな中、ナイトライフ業界の声を届ける存在になろうと「NIGHT TIME INDUSTRIES ASSOCIATION(NTIA)」が2015年に設立され、現在、ナイトメイヤーに近い役割の「nighttime champion」という役職が提案されている最中だ。

サミットの参加者であるアントワープ市の職員に話を聞いたところ、彼女の仕事は「イベントをやりたいという若者と話し、ノウハウや経済的な相談に乗る」ことだった。行政側にそうした姿勢があること自体が驚くべき話だが、政府や行政とナイトライフを繋ぐ存在は、どの都市でも重要視されてきているのだ。

各国が抱える問題とその答え

国は変われど、場所や騒音などの問題は、どこも同じように抱えてきた課題である。今、ニューヨークやロンドンで顕著に起こっている問題のひとつがジェントリフィケーション。地価の安かったエリアの価値が見直され、中産階級以上の人々が流入することで、もともとそこへ住んでいた低所得のクリエイターやアーティストが住めなくなってしまっている。ここ数年のベルリンやアムステルダムも程度の差はあれど抱えている問題だ。サミット後の5月に歴代初のムスリム(イスラム教徒)としてロンドン市長に就任したサディク・カーンは「住宅を無計画に海外投資家向けに販売することにはノーと言いたい。もともといるロンドナーを優先して、アートスタジオ、コミュニティーセンター、音楽スポットや家庭医制度をより重視するよう提言する」とメディアに語っている。また、賃貸料金を引き下げるために、非営利の賃貸住宅エージェントを設立する予定もあるという。

一方ベルリンでは「音楽やアートなど、そのユニークなクリエイティビティがベルリンの魅力だ」と認知が広くされてきており、利益の最大化や多過ぎる規制によってシーンを殺してしまわないよう、「CLUB COMMISSION BERLIN」などが中心となって様々な働きかけをしている。彼らは投資家たちに「クリエイターが手頃な価格で、自由に創作活動ができる場所を得られるよう、土地や物件に投資してほしい」と呼びかけたり、夜に起こりうる問題とその対処法のアドバイスをシェアしている。最近では、ベルリン郊外にクラブがオープンしたり、公共の場を利用したイベントも増えた。SNSのおかげで告知や集客がしやすくなったことも一因だ。

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世界で6番目に人口の多い都市サンパウロの人口過密度は東京以上で、貧富の差も激しく公害も進んでいる。そんなタフな状況下では予算も場所も限られるため、人々は公共の場をジャックしてパーティをはじめた。住人のことを考えた街づくりがなされておらず、住人は都市生活の恩恵を受けられていない。そんな状況に立ち上がるため、建築、アート、コミュニケーションを通じてアーバンライフの変革を目指す団体「CoLaboratorio」が結成された。彼らはナイトライフに関するセミナーを開催し、ガイドラインとなる『Manifesto da Noite』を作成した。マニフェストには、安全に自由に、周辺住人や行政も納得する形でナイトカルチャーを振興させようとする基本ルールが盛り込まれ、そのムーブメントは世界各国に影響を与えた。Mirikも参加したという『WORMHOLE』(トンネルをジャックしたパーティー)は現在は違法となってしまったが、そのほかパブリックスペースを乗っ取ったパーティーのいくつかは、今では市議会のサポートを受けており、市と共同開催のイベント、『S.P. NA RUA』が開催されるにまで至った。

大金を叩いてアリーナを借りるのではなく、無料で大学を借りてフェスティバルを開催したのは、インドのEDMフェスティバル『SUNBURN』。2013年は大学のキャンパスで開催することで、アルコール販売無しの健全なフェスティバルとなり、1万人の純粋に音楽やダンスを楽しみたいキッズたちがたった6ユーロの入場料で、パーティー体験を共有することができた。


今回のサミットへは、アメリカの砂漠で行われる『BURNING MAN』のオーガナイザーSteven Raspaも参加していた。アートと自主、自立の精神を大切にする『BURNING MAN』は、アーティストを育てる格好の場所にもなっているが、「まずは期間限定でやってみること」のメリットを提示してくれた。その一例として、ベイブリッジを使った大がかりな光のインスタレーションは一時的な設置の予定だったが、大変好評だったため、永続的に設置することになったという。 

また、騒音問題に関して進んでいるのはベルリンやロンドンである。クラブやバーなど音の出る場所のマップを公開し、そこへ新たに建物を建てる業者や住む人の側が、防音設備や防音窓などで対策をするという逆転の発想だ。

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ナイトメイヤー制度が初めて設立されたアムステルダムも、かつては周辺諸国のスタンダードにならって厳しい法律を設置していた。クラブは平日は午前4時、週末は午前5時には閉店することがルールだったが、その時間に騒がしいクラウドが一斉に路上へ出されるため、かえって近所迷惑となっていた。これに対しナイトメイヤーのMirikはクラビングを規制ではなく、逆に推進する方向へ舵を取った。

彼は24時間ライセンスの取得をサポートする取り組みを行ったが、取得したのは地域住民の少ないエリアや少し郊外にあるクラブばかりだった。首都でありながら規模は東京と比べるとずっと小さいアムステルダムは、端から端まで自転車でたったの1時間くらいで移動できてしまううえに、ナイトバスも1時間に1、2本は通っていることから、多少中心部から離れていても、イベントの内容次第で人は集まる。学校だった場所をリノベートしてクラブやカフェ、レストラン、ジム、エキシビションスペースなどの複合施設としてオープンさせたDE SCHOOLもそのひとつの例だ。アムステルダムのテクノ、ハウスシーンで重要な役割を果たしたクラブTROUWのクルーが新たに始めたプロジェクトなのだが、周りにほとんど何もない西側エリアに同所ができたことで、世界各国からそこを目指してやってくるアーティストやオーディエンスが現れた。以前のTROUWがそうだったように、数年のうちにその周辺にバーやカフェがオープンし、町を形成することが予想されている。行政はこの活性化を喜んで24時間ライセンスを与え、クラブは騒音問題をはじめとした法律を遵守して営業する。DE SCHOOLの場合はクラブスペースが地下にあり、防音パネルを張り巡らせてあること、そして近隣に住人にいないので、高品質の爆音を楽しむことができるのだ。24時間ライセンスにより、クラブ側は長時間営業で多様なコンテンツを展開でき、利益に繋げられる。その結果、中心部の騒音問題をいくらか減らすことに成功した。それでも解決しないマナーの悪いエリアには自警団クルーが徘徊し、大声で騒いでいたり暴れる人をたしなめたり騒ぎが大きくならないよう地道に働きかけている。

夜から昼へ還元されるもの

ナイトタイムインダストリーは実際に国の収益に大きな影響を与えていて、たとえばベルリンを訪れる観光客は2015年には3000万人を記録したが、クラブは大いにそれに貢献しているということで、CLUB COMMISSION BERLINは15万ユーロ(約1,800万円)の支援を受け取ることとなった。

イギリスのヴェニューの数はここ10年では右下がりとはいえ、ナイトタイムインダストリーは現在も5番目に大きい産業として収益を上げており、多くの雇用も生み出している。

また、昼間にはできない実験的なことができる、新しいものが生まれるという文化的なメリットも重要だ。こと若いクリエイターたちは、クラブやイベントを実験の場として活用して才能を開花させることも多い。また、人と人とのネットワークを広げるにも一役買っている。ナイトライフにおけるコミュニケーションでは、昼のようにどんな学歴や背景を持っているかということが重要視されることはあまりないからだ。 

先出のインドの『SUNBURN』のオーガナイザーShailendra Singhは、夜からもらった恩恵を還元すべく、2015年に「世界一長いゲストリスト」というプロジェクトを実施して、10万人を無料でフェスティバルに招待した。オランダ人のトップDJ HARDWELLが無償でプレイし、すべての利益をインドのスラムに住む子供たちの教育のために寄付した。SHAILENDRAは「1日が24時間っていうのは嘘だ。1日は12時間、1夜が12時間なんだ。昼に稼いで夜に使う。この考え方が世界中に広まれば、ナイトライフはもっと盛り上がる。70を過ぎた政治家たちは19時にベッドへ行くかもしれないけれど、若者は夜を謳歌したいんだ!」とサミットの壇上で声を上げた。

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