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2024年7月23日(火)~9月2日(月)、横浜の「そごう美術館」では、新作を発表する度にベストセラーを記録する絵本作家、ヨシタケシンスケ初の大規模展覧会「ヨシタケシンスケ展かもしれない」を開催する。
作家としてのデビュー作『りんごかもしれない』(2013年)以降、クスッと笑える人のクセや日常のささいな悩みを、独自の目線でシュールに描き、子どもはもちろん大人も魅了し続けるヨシタケ。
本展では、発想の源であるスケッチや絵本原画などに加え、立体物や学生時代の作品など、約400点以上を展示している。「一般的な展覧会にはない、ユニークな仕掛けをちりばめた」と本人も語る、個性的な展示をレポートしていきたい。
「かもしれない」の可能性を感じる、遊び心あふれるアート展
彼の代表作である『りんごかもしれない』は、りんごから想像をふくらませ、視点を変えることで、毎日何気なく見ているものの見方に変化をもたらしてくれる絵本だ。
展覧会の序盤でに出迎えてくれるのはダンボールでできた城だが、その扉には「いりぐち」と書かれている。一方で、そのすぐ脇には「ほんとうの会場はこっちかもしれない」という別の方向を指した看板が置かれ、ヨシタケが絵本を通して伝えてきた「かもしれない」の可能性を、ゲストは序盤から考えさせられることになる。
「頭の中」が垣間見える、手帳に描かれた約2500枚のスケッチが集結
作家デビュー前から20年来、ミニ6穴サイズの手帳に、思いついたことや考えたことのスケッチを描きためてきたヨシタケ。日々の気づきをメモに書き留めている瞬間は、思わず自身でニヤニヤしてしまうことも少なくないという。
初めのセクションには約80冊、1万枚を超える膨大なスケッチの中から、過去最大規模の約2500枚を抜粋し、複製したものが展示されている。中には、この会場で即興で書いたものも含まれているそうだ。
絵本の展覧会といえば、一般的に原画を鑑賞するものだが、ここにあるのは描くよりも前の「頭の中身」なのだ。果てしない妄想やアイデアを眺めながら、彼特有のものの見方が、これらのスケッチに凝縮されていることを実感できるだろう。
絵本の世界に迷い込んだような気分を味わえる、体験型作品も出現
中間のセクションには『つまんない つまんない』『なつみはなんにでもなれる』をはじめ、約20作の人気絵本の原画はもちろん、構想段階のスケッチも多数展開している。
さらに、体で体感することを重視した体験型展示も登場する。柔らかな道の上を歩いて楽しむ「てんごくのふかふかみち」や、トゲの上に腰掛ける仕様の「じごくのトゲトゲイス」など、一緒に訪れたゲストとも会話が弾みそうな仕掛けが満載だ。「会場から悲鳴が聞こえるような展示がしたかった」と、うれしそうに語るヨシタケ。椅子のトゲは、鋭利でなかなか痛いので、腰掛ける際は十分注意してほしい。
口にりんごを投げ込むことでガミガミいう大人をだまらせる作品、「うるさいおとなを りんごで だまらせよう!」もあるので、ぜひ力一杯りんごを投げ、スカッとする気分を味わってみてほしい。
また、『りんごかもしれない』の世界観を反映したデジタルアートも必見だ。映像の中に映り込んだ自分を見ると、顔の部分がりんごになったり、りんごのような何かに変化したりする。人間なのか、りんごなのか、はたまたりんごでもないのか?ヨシタケワールドにゲストも自然と引き込まれる。
出品数400点以上、大学時代の作品やコレクションから歴史を紐解く
絵本を出版する前から、イラストレーターや造形作家としても活躍してきた。絵本で平面の面白さを表現する時も、立体を作っていた時の視点が役立っているそうだ。
会場には、ストローでドリンクをぶくぶくする観音様を表現した「ぶくぶく観音」や、ファンが内蔵された人形が口から風を吹く作品「トイキ」など、心和む、学生時代の立体作品がずらりと並ぶ。
なかでも「カブリモノシリーズ」は、大学生だった27年前の1997年、「そごう横浜店」9階の市民フロアで展示されたものだが、当時の作品の一部を本展でも鑑賞できるのが何とも感慨深い。アトリエに保管されていた貴重な私物コレクションも展示され、そのインスピレーションの源を探ることができる。
展示作品が掲載されていない、もうひとつの展覧会を想像させる一冊
展覧会公式図録となる「こっちだったかもしれない」にも注目したい。通常であれば、展示を振り返るための図録だが、本誌はその展示作品が一つも掲載されていない。展覧会のために描いた未公開スケッチを1000点以上収録しているところが見どころだ。
さらに、展覧会オリジナルグッズを自ら考案したスケッチは170点以上、裏話を含む5500字のインタビューや、絵本作家デビューから10年の軌跡をたどる専門家による絵本論も必読である。
自身の使い道がわからなくても、誰かの役に立つ日が来るかもしれない
「僕は、絵本作家を生業にできるとは思ってなかったんですね。昔から意見がない人間だったんです。この展示で一ついいたいことがあるとすれば、要は人生何があるか分からないということ。自分の使い道が自身でもわからなくても、タイミングや時代が後押しして、ひょんなことから自分が何かの役にたったりすることがあるかもしれない」と、ヨシタケ。
会場である横浜は出身地であり、「そごう横浜店」には、幼い頃から足を運んでいたそうだ。サラリーマンやイラストレーターを経て作家デビューし、これだけ馴染みのある場所で展示を行うことになるとは夢にも思わなかったと言う。
「自身の過去の作品を見ても、
展示の終盤には、参加者自身が箱の中から自分の未来を引き当てる「あなたの未来はこれかもれない」という参加型作品も設置されているので、ぜひワクワクしながらクジを引いてみてほしい。いつか近い未来、この展覧会をふっと思い返すような時が来るかもしれない。
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