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メディアアーティスト、落合陽一の個展「ヌル庵:騒即是寂∽寂即是騒」が、麻布台ヒルズの「ギャラリー&レストラン 舞台裏」で開幕した。近年発表してきた写真や映像作品に加え、音と光に包まれて輝く茶室「ヌル庵」で、亭主・落合陽一がしつらえた茶事に参加できる体験型インスタレーション展だ。
会場は、アートギャラリーとレストランが一帯となったスペース。六本木の「アートかビーフンか白厨」などを運営するThe Chain Museum社が、麻布台ヒルズの開業とともにオープンさせた。
落合は2020年秋ごろから、裏千家教授・北見宗幸のもとで茶道の稽古を重ねているが、「ここでの展示をオファーされたときから、茶室の設置を構想した」と言い、四方の壁が半透明の光り輝く茶室「ヌル庵」をギャラリースペースに登場させた。
レストランには茶碗などの道具を準備する水屋(みずや)に、同店に隣接した麻布台ヒルズの中庭は、茶室建築における待合と庭露地(茶庭)に見立てられ、樺細工の煙草盆を置くなど、細部まで茶道の設えに沿っている。
動く床の間を前に菓子と薄茶を楽しむ「落合流茶事」
展示された作品群は無料で鑑賞でき、茶室の外観を眺めながらの飲食も可能だが、本展は事前予約制(有料)の「落合流茶事」に参加してこそ、全容が体感できる。茶道経験の有無を問わず、誰でも楽しめる約30分ほどの会なので、安心して申し込んでほしい。
茶事は、落合による展示ステートメントを読み、直筆の「ヌル庵の心得」が記された和紙が手渡されるところから始まる。茶道の作法にのっとるように、中庭のつくばい(のようなもの)や、待合での一時の静寂を経て、会場奥に置かれた黒電話を案内される。
通話の相手は、対話型生成AIで落合の作品でもある「オブジェクト指向菩薩」。茶席における亭主との問答のようでありながら、新鮮さと驚き、ある種の不気味さまでも漂う、不思議な感覚を味わえる。
いよいよ席入りを案内され、小さなにじり口から茶室「ヌル庵」へ。床の間はシルバーに輝く鏡面で、古木の花台に「銀口魚 再物化する波 Ⅲ」(2022年)が飾られている。壁の向こうに展示作品が透けて見え、照明の効果もあってか、従来の茶室のイメージと全く異なる混沌さが興味深い。
茶道では、釜の湯が沸いたり、雨や風が吹いたり、と、さまざまな物音を茶室の中で味わうことも大切にされるが、「ヌル庵」の中でもまさに音が作品の重要な要素となっていた。
加えて、菓子がのせられた銘々皿は古墳時代の須恵器といわれる欠片が、一人一人に出された茶碗は、呼び継ぎされた江戸時代のものや、釉薬(ゆうやく)のグラデーションが美しい景色を作るものが用いられ、いずれも趣向が凝っている。
茶事を構成する全ての要素が、亭主である落合が選び取り合わせた「作品」であり、茶室を出る頃には、本展のタイトル「騒即是寂∽寂即是騒」の意味を実感することだろう。
なお、茶事体験前に併設されたレストランを訪れれば、まるで茶事で懐石をいただくような時間の過ごし方もでき、本展をより楽しめるはずだ。
過去展が伏線のようにつながった空間
落合はこれまでも、光や音などの波、生物、日本美術や茶道、禅、仏教など多種多様な物事と、生成AIや映像、写真、そして三次元データから家具職人が彫り出した木彫の菩薩像まで、さまざまなメディウムの作品を発表してきた。
特にここ半年ほどで開催された3つの個展、岐阜県高山市の「日下部民藝館」での「ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願」(2023年9~11月)、山梨県北杜市の「清春芸術村」での「ヌルの共鳴:計算機自然における空性の相互接続」(同年10~12月)、そして東京・外苑前の「ワタリウム美術館」内、「オン サンデーズ & ライトシード ギャラリー」での「落合陽⼀展 万象是乱数トヌル」(2024年1月14日で終了)を想起させる本展は、先の個展を鑑賞しているならさらに見応えがあるだろう。
また、茶室と言えば、2023年末まで秋葉原で公開されていたオブジェ「Reflector∞:Resonance of Electrical Echoes」は、本展の茶室「ヌル庵」に似た、インフィニティミラーの空間だった。
さらに2018年に表参道の「EYE OF GYRE(現:GYRE GALLERY)」で開催した個展「落合陽一、山紫水明(さんしすいめい)∽(そうじ)事事無碍(じじむげ)∽(そうじ)計算機自然」も、茶室を用いた展示空間だったが、今回、当時展示された作品と相似する「計算機自然観、海と空の点描:鯖」(2023年)を展示。墨染した和紙に銀箔を貼ってプリントした写真で、美しさに驚愕してしまうほどの輝きと色彩を放っている。ぜひ近くでじっくりと鑑賞してほしい。
随所にちりばめられた意図や意味を読み解く「遊び」
レストランの横には、鮮やかなクジャクの羽根とともに飾られた立花(たてはな、りっか)が置かれている。落合が総合監修する、お台場の「日本科学未来館」の常設展「計算機と自然、計算機の自然」のうち「計算機と自然」(華道家・辻雄貴との共作)の作品を想起させるものだ。
立花は、茶道と同じ室町時代に由来するいけばなの原型だが、展示に使われた花器は、茶道の炉に使う端正な「菊炭」をそえた、コンクリートブロックだった。これもメディアアーティストであり亭主である落合の、取り合わせの妙であろう。
落合は、茶道の魅力と面白さについて「見立てと深読み、季節ものであること。言語と身体体験のバランスに味わい深さがあるし、建築や庭を育てることなどにも派生し、日本文化が深く知ることができる」と話してくれた。
本展は、メディアアーティストとしてのこれまでの表現コンセプトと、茶事の亭主としての見立てや道具の取り合わせで表現された空間と心意気が、ほんの数十分の滞在だけでは読み解けないほど、細部にまで仕掛けられている。空間の隅々まで五感を使って堪能してほしい。
本展の会期は3月17日(日)まで。茶事体験の予約は、ArtStickerで受け付けている。
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