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タイルや陶磁片などのかけらを寄せあわせ、絵や模様を生み出すモザイクアートを制作した板谷梅樹(いたや・うめき、1907〜1963年)は、この分野での国内形成期の作家である。しかし、残された作品が少ないために、戦後の美術史において梅樹の名前は埋もれていた。
六本木の「泉屋博古館東京」で、昭和モダンのアーティストとして、近年その再評価の機運が高まっている梅樹を美術館で初めて特集する。「昭和モダーン モザイクのいろどり 板谷梅樹の世界」と題する本展は、エキゾチックな梅樹のモザイク作品を集めた回顧展だ。
幼少期の体験が生んだ梅樹特有の手法
近代陶芸の巨匠・板谷波山(いたや・はざん、1872〜1963年)の息子である梅樹は、幼い頃から父が砕いた陶片の美しさに魅了され、さまざまな陶片を寄せ集めて遊んでいたという。格調高い作品を数多く手がけた父の波山は、失敗作ができては自ら壊し、破片を土中に埋めていた。
かつて田端にあった波山の旧宅からは、作陶を始めて間もない明治時代末期のものから、円熟期のものまで、さまざまな陶片が発見された。それとともに発見されたのが、梅樹が手掛けたモザイクやステンドグラスの材料である。
日本近代のモザイクアートは、陶片自体を集めることが労力を費やす作業であったため、ほとんどがタイルで制作されていた。しかし、陶片採集に困らなかったことは、梅樹に特有のモザイク制作を可能にさせ、卓越したモザイク作家誕生へと繋がる。
出世作となる「旧日本劇場」のモザイク壁画
石やガラスなどのかけらを寄せ合わせ、絵や模様を表す「モザイク」という装飾美術の技法は紀元前から見られ、19世紀末、アールヌーヴォーの流行とともに日本にも伝わった。しかし、ほとんどのモザイクアートが建築物に施されているため、建造物がなくなると作品自体もなくなってしまう。また、サイズが大きいことも、現存しているものがあまりない理由の一つだ。
1933年、梅樹は「旧日本劇場」の玄関ホールに、陶片などを用いて高さ3メートルの巨大モザイク壁画を制作した。古代ギリシャに着想を得た洋画家の川島理一郎(1886〜1971年)が下絵を手掛け、梅樹が陶片やガラス片を組み合わせた大作だ。この壁画は、当時注目の的となり、モザイク作家・梅樹の存在を印象づけた。
しかし、戦中に戦火をくぐり抜けたにもかかわらず、戦後に劇場が大衆路線に変更したため、ベニヤ板でモザイク壁画は覆われてしまう。20年後の劇場の閉館し、長らく隠されていた壁画は、解体時に再びその姿を現すが、引き取り手がいないために、2000年に処分される。現在、作品の一部は、遺族によって大切に保管されている。
本展では、壁画のパネル展示のほか、現存する川島の下絵、解体時の記録映像も展示。なお、梅樹はその後、「帝国美術院展覧会」に同作を元にした壁画を出品して、初入選する。以降、モザイク作家としての地位を確立した。
現存する梅樹作品最大のモザイク壁画
梅樹作品は綿密な作業と時間を要するため、残された作品は決して多くなく、戦後になると、梅樹の名は忘れられていった。
高さ約370センチメートルにおよぶ『三井用水取入所風景(みいようすいとりいれじょふうけい)』は、1954年に横浜市の依頼で梅樹が制作した作品だ。本作は、日本初の近代水道施設として1887年に作られた三井用水取入所を中心に、富士山麓の豊かな自然が表されている。壮大なその姿を間近で鑑賞してほしい。
生活を彩る身近な作品
梅樹は生涯を通じて、「銀座 和光」で販売していた洋装用のペンダントや帯留、飾皿など、日常を彩る身の回りの作品を制作した。これらは現在でも色あせることなく、その輝きをとどめている。
また、梅樹は波山の辰砂釉(しんしゃゆう)の作品を応用し、父と息子の合作となるランプシェードを制作した。梅樹は父とは全く違う色彩感覚を持つと評価されているが、それは18歳でブラジルに1年間単身渡航した経験があり、現地の強い太陽の光に影響されたのではないかと考えられている。
梅樹作品を再び活気づけるために
ミュージアムショップには、カラフルなモザイク作品のグッズが並ぶ。ノスタルジックな香り漂う、鮮やかな色彩の作品が美術館を彩っている。
梅樹を美術館で初めて取り上げた泉屋博古館東京は、忘れ去られている人となっている梅樹を盛り上げたいと、この展示を企画した。特に、銀座和光で販売されたアクセサリー類については、梅樹デザインと知らず家に眠らせている人が多いのではないかと考えている。
本展を観て、梅樹作品を認知する人が増えていくことが、同美術館の切なる願いだ。
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