[title]
世界が最初のロックダウンを経験した2020年前半のことを思い出してみたい。春先に始まった暗黒の日々が明けた7月、営業を再開したイギリスのいくつかの映画館が最初に企画したのは『ハリー・ポッター』の一挙上映だった。
一方、同月のイギリスの映画興行成績のトップ5には、20年近く前の作品である『ロード・オブ・ザ・リング』のエクステンデッドカット版が登場した。当時、新作映画が少なかったことは確かだが、そうなったのにはほかにも理由がある。それは、人々がファンタジーを求めていたということだ。
ファンタジー作品の製作ラッシュ
それから1年以上がたった今、ファンタジー作品を渇望する気持ちは、最高の布陣で満たされつつある。2022年は2つの巨大かつ、人気ファンタジー作品の前日譚が大手動画配信プラットホームやテレビで公開されるためだ。Amazonが配信を予定しているのは、壮大な『ロード・オブ・ザ・リング』の新作、HBOでは『ゲーム・オブ・スローンズ』のスピンオフとなる『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の放送が控えている。
これらの作品に掛けられている予算は、(『ゲーム・オブ・スローンズ』に出てくる)ブレーヴォスの「鉄の銀行」を長持ちさせるほど、潤沢。HBOはオリジナルの『ゲーム・オブ・スローンズ』のファイナルシーズンで、1話につき1,500万ドル(約17億円)を費やしていたが、今後の製作費も縮小される見込みはない。
一方Amazonは、2017年にJ・R・R・トールキンの著作『指輪物語』の映像化権を2億5,000万ドル(約288億円)という驚異的な金額で購入。9月2日(金)にスタートするテレビシリーズ版『ロード・オブ・ザ・リング』の第1シーズンには、推定で1億5,000万ドル(約173億)を投じている。
もちろん動画配信大手のNetflixも、この絶好の機会を黙って見ているわけではない。同サービスでは、2018年にSF・ファンタジーが人気ジャンルになって以来、新作のオリジナルコンテンツのほぼ3分の1が同ジャンルのものだ。
分析会社のAmpere Analysis社は「Netflixは高度な顧客分析で加入者の嗜好(しこう)の変化に迅速に対応している。SFやファンタジーの需要が増えれば、コンテンツの量も増える」とレポートしている。
人々がファンタジー作品を求める理由
この需要の原動力は何なのだろうか。ファンタジーは人々を現代のストレス、特にテクノロジーの複雑さから開放し、過去に少し似つつも実際の歴史に縛られていない世界へと導いてくれる。SFが抗争しなければならない暗黒世界を扱う傾向があるのに対し、ファンタジーは理想化された牧歌的な世界が、存亡の危機に直面する物語を描くことが多いといえる。
作家で哲学者のG・K・チェスタトンは、20世紀の変わり目にこう指摘した。「おとぎ話は子どもに悪や醜いものの観念を与えているのではない。そうしたものは、すでに子どもの中にも、世界にもあるもの。おとぎ話が最初に子どもに与えるのは、化け物を倒すことができるという明確な発想だ」
つまりファンタジーは、単純なヒロイズムという安心感と、多くの場合、魔法という明るい輝きを与えてくれるもの、と捉えることができる。
今世紀の初め(9.11のわずか数カ月後に)『ロード・オブ・ザ・リング』と『ハリー・ポッター』が映画化されるまで、ファンタジーはマニアックで恥ずかしいもの、80年代のB級映画のネタでしかなかったが、メインストリームへとシフトした。
そのことは『ゲーム・オブ・スローンズ』の成功や、『ウィッチャー』『ダーク・マテリアルズ/ライラと黄金の羅針盤』『ホイール・オブ・タイム』などが、大きな予算で映画化されていることでも実感できるはずだ。
今は、2020年半ば(いや、2001年後半)ほど暗い状況ではないかもしれないが、我々は擬似中世の世界や魔法の王国に魅了され続けている。
好相性なのは動画配信やテレビ
Amazonが新たに手がけるの『ロード・オブ・ザ・リング』のテレビシリーズは、ピーター・ジャクソンが監督した映画3部作で描かれた「指輪戦争」を再現するのではなく、映画の世界より数千年前、中つ国の第二紀を描く。物語の詳細はまだ不明だが、サウロンの立身が扱われる見込みで、なじみの人物はあまり登場しないようだ(『セイント・モード/狂信』 のスター、モーフィッド・クラークは、ガラドリエル役で出演)。
しかし同シリーズには、映画で鎧(よろい)、武器、特殊メイクを担当したウェタ・ワークショップも参加し、撮影も主にニュージーランドで行われるため、美的な連続性も期待することができる。
一方、(『ゲーム・オブ・スローンズ』の)ウェスタロス大陸で起こることは、それほど遠い過去ではなく、ほんの数百年前のこと。テレビシリーズ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』で描かれるのは、作家のジョージ・R・R・マーティンが書いた架空の歴史書風小説『炎と血』に詳述されているターガリエン家の内戦の時代だ。
パディ・コンシダイン、オリヴィア・クック、マット・スミスなど、質の高いキャストが出演しているのも魅力だろう。ドラゴンの数も前シリーズよりはるかに多く、火を噴く獣が絶滅する前の晩年を楽しむことが約束されている。
AmazonやHBOのような大企業が、資金を投入して新たな生命を吹き込む人気コンテンツの主戦場は、動画配信やテレビ放送だ。これらのプラットホーム向けコンテンツは、複数シーズンで展開が可能。濃密な物語であっても、一貫性を保ちながら、一気に観たくなるほど面白い映像作品を作ることができる。ファンタジー原作の場合には都合がよく、自然な流れといえよう。
例えば、2022年に配信されるNetflixのホラーファンタジー『サンドマン』。これまで映画化が何度か試みられ失敗してきたが、テレビシリーズ化が実現した。
ニール・ゲイマンの75冊もあるコミックシリーズに基づくこの作品の主人公は、「エンドレス」と呼ばれる7人きょうだいの一人で、夢の領域を支配するモーフィアス(トム・スターリッジ)。冷酷なオカルティスト(チャールズ・ダンス)、さまざまな神や歴史上の人物、さらには地獄の主であるルシファー(グウェンドリン・クリスティー)と対決する。この壮大で難解な物語は、当然、大ヒットするだろう。
動画配信サービスで観られるファンタジー作品はまだまだある。注目するべきは、やはりNetflix。『ウィッチャー』の前日譚シリーズで、同作の世界観の基礎を探る『ウィッチャー 血の起源』と、人気アニメシリーズ『アバター』の新しい実写化作品が製作中だ。
さらにNetflixからは、CSルイスの愛読書『ナルニア国物語』に基づく新シリーズと映画プロジェクトの開始も発表済。近いうちに、洋服タンスの向こうの世界を再び観ることもできそうだ。
一方、Disney+は、ロン・ハワードの安っぽい剣と魔法の傑作『Willow』をベースにしたシリーズを製作中。ファンタジーと80年代のノスタルジーを効果的に融合した、『コブラ会』に魔法使い要素を加えたような作品になることを期待したいところだ。
注目の劇場作品
魔法使いといえば、2022年公開の大作ファンタジー映画の主役は、ハリー・ポッターのスピンオフシリーズの3作目、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』であろう。
ジョニー・デップに代わりマッツ・ミケルセンが悪人グリンデルワルドを演じるこの作品は、ニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)と若きダンブルドア(ジュード・ロウ)が、第二次世界大戦前夜、黒魔術師の計画を阻止しようとする姿を描く。2001年から続いている「ポッター映画」の大作は、衰える気配はない。
配信ほど多くはないが、ファンタジー映画の公開予定はほかにもある。マーベル・スタジオからは、現実の改ざんに大失敗した「魔術師」(ベネディクト・カンバーバッチ)が主役の『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が登場。
さらに同スタジオ作品の半神的スーパーヒーローの物語『Thor: Love and Thunder』では、ナタリー・ポートマンがジェーン・フォスターとして復帰する予定だ。興味深いことに、彼女は雷神の力を手に入れるという。
12月には、多くの人が待望しているジェームズ・キャメロ『アバター』続編が公開予定。SFとはいえ、その奇妙でカラフルなエイリアンの群れは強烈なファンタジーの雰囲気を醸し出しており、逃避的ニーズを満たしてくれるはずだ。
もっと現実的で厳しいものが望みなら、映画『ライトハウス』を監督したバート・エガースの新作で、北欧の迷信に彩られたバイキングの復讐(ふくしゅう)劇を描いた『The Northman』にも注目だ。
この頃は、誰もが人生にちょっとした魔法を必要としているといえる。そんな中、2022年はどんなファンタジーが好みでも、きっと満足できる年になるだろう。
関連記事
『池袋の新文芸坐が4月1日にリニューアルオープン、4Kレーザーも上映』