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水曜日の夜、ウェールズの首都であるカーディフを訪れたなら、行くべき場所は一つしかない。
街の中心部にあるヴェニュー「Porter's」だ。ここではコメディアンのライブやパブクイズも開催されるが、最近はウェールズのローカルラップシーンに一番触れられる場所として人気。れんがの壁とコンクリート床に囲まれた空間では、ドリルからグライム、ガラージからヒップホップまで、同シーンから生まれるあらゆるサウンドを楽しむことができる。
道路を挟んですぐの場所には、ストームジー、ケンドリック・ラマー、ニッキー・ミナージュなどのスターたちがコンサートを行ってきた「カーディフ・インターナショナル・アリーナ」がある。かたや「Porter's」のキャパは100人ほど。しかし、ここを震源地の一つとするウェールズの「地元産」ラップは沸々と話題を集め、最近広く知られるようになってきている。
この1年間で、「ディフ」(カーディフの短縮形)出身の若手ラップアーティストが世界中で聴かれるようになり、ストリーミング再生回数の「100万超え」も出始めた。
その中で、22歳のラッパー、ジュース・メナスは2022年の夏、ウェールズ女子サッカーチームの「2023 FIFA女子ワールドカップ」予選キャンペーンにオリジナルトラックを提供。28歳のメイス・ザ・グレートは、男子サッカーチームの成功を祝う、エネルギッシュで国を愛する気持ちを込めたトラックをリリースした。
かつてはオルタナティブやエモ、メタルを中心に扱ってきたカーディフのヴェニューも、ラップシーンの中で大いに注目を集めるようになった。例えば 歴史的にインディー音楽と関わりが強かった「Clwb Ifor Bach」は、今ではラッパーやグライムファンが集まるライブを頻繁に開催している。このことでも分かるようにウェールズラップは流行しており、その規模はますます大きくなっているといえる。
過去にも注目されたウェールズのラップシーン
ウェールズがラップシーンが盛んな国として注目されたのは、これが初めてではない。DJであり、ブームタウン・フェスティバルの元音楽ディレクター、そしてウェールズ国立博物館のために同地のヒップホップについての展示キュレーションを担当したカプチン・バレットは次のように振り返る。
「1980年代初頭、ウェールズではグランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴなどの曲をかけるディスコDJがいました。この地域から、4DeeやMC Ericのようなアーティストがラッパーとして登場するようになったのは、数年後です」
MC Ericは、カーディフでジャマイカ人の両親のもとに生まれ育つ。兄のサウンドシステムに合わせて言葉をリズムに乗せるようになり、その後はよりダイレクトにヒップホップに関わっている。彼は1980年代後半に、テクノトロニックのメンバーとして、当時大ヒットして時代を象徴する曲となった「Pump Up the Jam」に参加したこともある。
1990年代後半から2000年代前半にかけても、ウェールズには同様の波が押し寄せた。グライムパンクバンドのAstroid Boysはおそらくその頃の最大の存在だったといえる。2012年、彼らは「Fire in the Booth」にも出演を果たし、フリースタイルパフォーマンスを披露した。
しかし、何組かを除けば、ウェールズの才能はほとんどアンダーグラウンドにとどまっていた。次の世代のウェールズラップのスターにマイクを渡す前に、火が消えてしまっていたのだ。
新しい世代のウェールズラッパー
幸運なことに、新しい世代は自らの炎に火を付ける方法を見つけたようだ。その先頭に立つようになったアーティストの一人が、ドリルラッパーであるジュース・メナス。彼女は16歳の頃、ストリートダンスを通じてシーンに登場した。
「両親を通じてR&Bやヒップホップをいつも聴いていました。ストリートダンスについては、それなりのレベルでパフォーマンスをしたいと思っていました」と彼女は語った。同じ頃、彼女はカーディフ・アンド・ベール・カレッジで音楽テクノロジーを学び始めた彼女は、18歳の時の学校のチューターとのやりとりをこう振り返る。「ある人が私をマネジメントしたいと言ってくれて、ロンドンに行くことを誘われたんです。来週、私が学校にいないなら、それが理由ですとチューターに伝えたら、彼はそれを『職業体験』として処理してくれたんです」
一方でラッパーのメイス・ザ・グレートは、彼が育った頃、カーディフからおよそ16キロメートル離れたニューポートには、より大きなヒップホップシーンがあったことを教えてくれた。
「『Smokey's TV』というYouTubeチャンネルがあって、ニューポート出身の人が駐車場でMCバトルを撮影していたんだ。ニューポートに通うようになったのは、2012年のこと。でも、カーディフで自分の仕事を続け、あちこちで作曲したりライブに出たりしていた。ちゃんと軌道に乗ったのは8年後。コロナ禍で『Brave』という曲を出した時さ」
ウェールズで流行しているこうした音楽の多くはグライムやドリルに根ざしたものだが、シーンを包括してラベルを付けるのは難しい。アーティストたちは、さまざまな影響から自身の心に響く要素を借り、独自のサウンドを作り出している。
ここでまだ紹介していないウェールズ発のトップクラスのアーティストには、R&Bの要素を取り入れたDeyah、ヒップホップサウンドを得意とするニース出身のLuke RV、ウェールズ語でラップする数少ないアーティストの一人のSage Todzなどがいる。
カーディフのシーンをラップエキサイティンングなものにしているのは、それぞれのアーティストが独自のラップスタイルを作り上げることに象徴される、「個」の意識だろう。
さらに、多くのアーティストが作品の中でウェールズという土地に言及しているという事実も、シーン醸成に貢献しているだろう。メイス・ザ・グレートが間もなくリリースするアルバムは「Splottworld」というタイトルだが、これは彼の出身地である南カーディフの地域に由来したもの。トラヴィス・スコットのアルバム「Astroworld」にちなんでいる。またLuke RVは、ニースに関することをよく歌詞に入れている。
活動の拠点は地元
「自分の出身地で生まれている全ての最前線に立てるのに、なぜ列に参加する必要があるのでしょう? ロンドンのような都市に目を向けて、彼らが築いたものや、それらを築いたプロセスは学ぶべきかと思いますが、自分はどこにも行きません」
ロンドンの音楽業界の一員となるために首都に移住するプレッシャーはないかと尋ねられたメナスは、こう答えた。
カーディフでのラップシーン形成において、多くの人が名前を挙げるのが、Prendyだ。イベントプロモーターであり、アーティストマネジャーでもある彼は、フレッシュな地元の才能を、ベッドルームやスタジオからライブの世界へと導くための重要な役割を担ってきた。
「彼は何が起こっているのかを、とてもよく見ています。彼は同じタイプの5人のアーティストを何度も選ぶのではなく、新人であろうとなかろうと、人々にチャンスを与えています」とメナスは言う。
Prendyはサマセット出身だが、カーディフの学校へ行ってからは、ずっとこの街にいる。
「私が始めた頃、この地にイベントがなかったとは言いません。しかし、私が関わるようになってから、さらにたくさんの機会が増えました。見る人もです」
彼は最近では、よりビッグネームのアーティストをウェールズに招き、MOBO(Music of Black Origin、黒人由来の音楽)ジャンルの音楽を首都周辺やほかの地域のより大きな会場で展開することに関心を寄せているという。「サポートアクトは可能な限り、地元の新進気鋭のアーティストに頼みたい」と彼は付け加えた。
「Porter's」や「Clwb Ifor Bach」でのイベントだけでなく、「Ladies of Rage」という団体にも注目したい。カーディフを拠点する彼らは、ラップや電子音楽で活躍する女性やノンバイナリーの人々を支援するという画期的な取り組みを行っている。
「チャンスが増えただけでなく、ウェールズにおける音楽の選択肢は性別、民族、スタイルなど、より多様化しています」と話してくれたのは、ラッパーで同団体の創設メンバーであるUnityだ。
「このシーンでは、それぞれのアーティストが自分のやりたいことをやっていて、みんながお互いをとても応援している。私たちは正しい方向に進んではいますが、インディーズバンドなどと同じようにこの地で受け入れてはもらっていません。まだ道半ばという感じです」
これは、どこから来たものだとしても、良い音楽を支持しようとする草の根の活動が、急速に成長していることを示している。
ニューポート出身のヒップホップアーティストで運動家でもあるOgunは、今はどのライブに「イエス」と言うかを選べる段階にあると感じているという。「報酬をもらえるようなライブに出演できるようになり、小規模ヴェニューの枠を、それを必要とする人たちのために空けられるようになった」
一方、メイス・ザ・グレートのようなアーティストは、フルタイムのミュージシャンとして生計を立てている。Spotifyなどのストリームングの世界で、ゼロからここまで成長したのは素晴らしい。
ウェールズラップシーンの多くのプレイヤーは各地でライブを開催しているが、その美しさ、つまりウェールズで最もエキサイティングな才能が汗を流す小さなヴェニュー本当に体験したいのであれば、今すぐにでもカーディフを訪れるしかないだろう。
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