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西新宿の「SOMPO美術館」で2024年6月9日(日)まで、企画展「北欧の神秘― ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」が開催されている。
インテリアやプロダクトなどのさまざまなデザイン、トーベ・ヤンソン(Tove Marika Jansson)の物語「ムーミン」など、日本人にとって馴染み深い北欧の国々。本展は、「ノルウェー国立美術館」「スウェーデン国立美術館」「フィンランド国立アテネウム美術館」の3館から、えりすぐりの絵画コレクションが来日した、国内初の北欧絵画展だ。
開幕に際して、企画を担当したSOMPO美術館の武笠由以子主任学芸員は、「ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの国立美術館のご協力で、各国を代表するような魅力的な作家の作品が多数来日しました。本展をきっかけに、北欧の自然、神話や民話など、豊かな文化の中で育まれた作品をじっくりご覧いただきたいです」とあいさつした。
また、来日したスウェーデン国立美術館の展覧会部門ディレクター、パール・ヘードストゥルムは、「日本で北欧の絵画を多数紹介できる機会を非常にうれしく思います。ご自身のお気に入りの作品を楽しみながら見つけてみてください」とコメントした。
北欧が誇る3つの国立美術館
まずは簡単に、3つの国立美術館について紹介しておきたい。
3館の中で最も古い、1837年に開館したのが「ノルウェー国立美術館」だ。首都オスロに位置しており、絵画や建築、デザインなど、古代から現代美術まで、約40万点ものコレクションを誇る。2022年にリニューアルオープンし、常設展だけでも約6500点を展示する、北欧最大規模の美術館となった。
ノルウェー国立美術館の開館から約20年後の1866年、スウェーデンの首都ストックホルムに開館した「スウェーデン国立美術館」は、王室が収集したコレクションを中心に、16~19世紀の美術や、現代に至るまでのデザインや建築、工芸など、約70万点もの所蔵品を扱う。人々の暮らしを描いたカール・ラーション(Carl Larsson)の壁画も有名だ。
そして1888年に開館した「フィンランド国立アテネウム美術館」は、国立の美術アカデミーや芸術大学の建物として首都ヘルシンキに設立された。フィンランドの美術作品を中心に約3万点のコレクションを所蔵するほか、2009年からは日本の浮世絵も展示している。
北欧ならではの自然と歴史を巡る
本展では、これら3つの国の美術館ごとに展示するのではなく、「自然」や「都市」などのテーマに沿って横断的に配置。19世紀から20世紀初頭の国民的な画家たちが描いた約70点を4章構成で展示している。
序章「神秘の源泉―北欧美術の形成」では、19世紀後半にかけて、故郷の自然の風景や、古くから伝わる神話、民話などに目を向けた作家らの作品を紹介する。
16世紀以降、イギリスやドイツ、フランスの動向に追従しながら発展してきた各国の芸術は、この頃になると、自国のアイデンティティーの高まりとともに、それぞれ独自の表現を形作ろうとする動きへ移り変わっていった。のどかな農村の風景を描いた写実的な作品や、幻想的な描写、現代のイラストレーションを思わせる独特な風景画など、多種多様な作風が興味深い。
続く1章「自然の力」でも、自然の風景や動物たちの様子が描かれた作品が並ぶ。雄大な山々や深い森、湖などの水辺の景色などを、多くの画家たちが画題にした背景には、19世紀後半の急速な工業化や都市開発の影響が考えられる。
また、夏の白夜や極寒の夜空に浮かぶオーロラ、冬の日中に太陽が昇らない極夜、雪景色など、北欧の国々ならではの作品も数多く描かれている。
日本で最も知られた北欧の絵画や画家と言えば、ノルウェーで生まれたエドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)ではないだろうか。「ムンクの叫び」など、どこか不安をかきたてられるような作品のイメージがあるが、本展に展示されているムンクの2作品は、いい意味でそれを裏切るだろう。
そのうちの一点、「フィヨルドの冬」は、屋外で描くことの多かったムンクの代表的な作品の一つ。目の前に広がるフィヨルドの風景を巧みに捉え、その光と自然を、白や青、緑、紫などの色彩で豊かに表現している。
2章「魔力の宿る森─ ─ 北欧美術における英雄と妖精」は、本展、そして北欧絵画の世界を象徴するような展示だ。未知の冒険や神秘体験へと誘う北欧神話や、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」などから影響を受けたおとぎ話の世界を主題に描かれた作品群を紹介する。
19世紀末ごろ、産業革命と近代化によって、急速に失われていく土着の伝統文化に注目が集まる中、北欧の画家たちは国際的な芸術動向に目を向けながらも、自らが暮らす地域に伝わる民話や伝承に創作のヒントを得ていった。
ここでは、北欧の物語によく登場する怪物「トロル」を描いた、ガーラル・ムンテ(Gerhard Munthe)と、テオドール・キッテルセン(Theodor Kittelsen)の連作がそれぞれ展示。両者ともノルウェーを代表する作家で、神話や民話にまつわる作品を多数手がけた。人や動物ではない存在が住まう深い森を舞台に、魔法や呪いが効力を持つような物語の世界は、数多くの小説や映画、ゲームなどに影響を与えており、現代の私たちにもどこか親しみが感じられるだろう。
音やアニメーションで北欧絵画を体感
最後の3章「都市─現実世界を描く」では、近代化によって登場した工場や、整備された街の風景を、どこか幻想的な光と影の表現で描いた作品や、近い将来に変わってしまうであろう郊外の風景などを描いた作品が並ぶ。
3章の展示スペースでは、美術館の展示では珍しい、音の演出が行われている。雪が積もった冬の風景を描いた作品群が並ぶこの付近を通りかかると、まるで描かれた情景から音がしているかのように、街の喧騒(けんそう)や、馬車を引く馬たちの足音が聴こえてくるのだ。
これは、東京藝術大学発のベンチャー企業で、さまざまな場所でのサウンドデザインを手がけているコトン(coton)との協業で実現したもの。実はほかにも展示室内で音の演出が行われている場所があるので、作品を楽しみながら探してみてほしい。
また、作品保存の観点から展示がかなわなかったキッテルセンの作品群を、ノルウェー国立美術館の協力により、アニメーションを取り入れたデジタルコンテンツとして紹介している。約8分にわたって、細部まで描き込まれた繊細な作品の数々が大画面で鑑賞できる、必見の展示だ。
初めてだからこそ先入観なく新鮮な視点で
展示全体を通して、初めて知った作家の名前や作品がとても多いが、各国の美術史において、特に注目したい作家や作品に関しては、丁寧な紹介文が掲げられているほか、公式ホームページや会場内で無料配布されている「鑑賞ガイド」も参考になる。
また、日本国内において、本展以外で作品を目にする機会がほとんどない作家も少なくないので、本展の展覧会図録は、今後かなり貴重な書籍となるかもしれない。心に残る作品や作家と出会えたなら、館内のミュージアムショップで手に取ってほしい。
そして、知る人ぞ知る北欧絵画の魅力的な世界を、予備知識がないからこそ、先入観なく新鮮な視点で鑑賞できる本展は、情報過多な現代において、ある意味とても贅沢な体験ができる機会、とも言えるだろう。
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