[title]
旬の食材を味わいながら季節を体現する名店「天ぷら 元吉」が、2022年5月6日に恵比寿へ移転オープンした。店主の元吉和仁は移転の理由について「自身の年齢に(青山の)店舗が合わなくなったからだ」と語る。50〜60代になっても営業を続けられるような「本物の設えを備えた場所を作りたい」という思いから、移転を決意したそう。
新築の店内には、6.5メートルの一枚板の天然木で作られた8席のカウンターが広がり、頭上には店主である元吉が自ら生けた新緑が伸びている。日本特有の四季を演出した空間へのこだわりに胸を打たれる、まさに五感で楽しむ贅沢な空間だ。店内からガラス越しに眺められる中庭には、滋賀と京都から取り寄せたナツハゼとモミジが植えてあり、都会の喧騒(けんそう)を忘れさせてくれる。
美食家を魅了する「天ぷらの服」
「天ぷら 元吉」の最も素晴らしい点は、いうまでもなく天ぷらである。食材を包む衣には「服」のような役割があり、それぞれの素材が持つうま味や香りを最大限に生かすために「薄目」「中間」「濃い目」に着せ替えている。衣に使う水は、火が通りやすいものには弱酸性、長く揚げる場合は中性を使い分ける。その後、液体窒素を足してサラサラにした小麦粉を加える。この、食材ごとにテイラーメイドした口当たりの軽い「服」こそが元吉の真骨頂だ。
菜種油、コーン油、ごま油を混ぜた油は、素材の味が隠れてしまわないように絶妙なバランスが計算されている。その中で揚げる衣は、的確に温度管理をしながら2層で硬さを調整。そのため「温度とタイミングが命」といわれており、同店の天ぷらは提供されてからすぐに食べるのがマナーである。
メニューは「おまかせコース」(2万4000円から)だけで、旧店舗時代から構成は変わらない。まずはシグネチャーである車エビ2種類から始まる。前日の仕込みにはペーパーナプキンを2種類使うなど細かな点まで徹底し、一晩寝かすことで身を引き締める。アーチ状に仕上げるためには包丁の入れ方や油に流す際の所作まで、全てが勝負なのだ。
旬のコースなので時期によって内容は変わるが、筆者が訪れた6月ごろは、このほかにアスパラ、ヤングコーン、新じゃがいも、ペコロス、新タマネギ、レンコンといった野菜と、キス、タチウオ、アナゴ、「ウニと大葉」などの旬の魚介の天ぷらが提供された。
「つながる食事」という最大級の贅沢
伝統を守りつつ、新しいテクニックを組み込んだ調理法は、YouTubeチャンネル「天ぷら教室」で自ら配信している。「誰でも天ぷらが簡単に作れるようにしたいんです」と元吉は語る。天ぷらというと調理の難易度が高いイメージがあるが、なるべくシンプルに示すことで次に続く職人を育てたいという。
「北風」と名付けられた「猫舌対策冷却機」を含む温度管理器具まで発明し、数多くの特許を取得している。技術として残し、国に貢献したいという信念からである。元吉の研究への飽くなき情熱と天ぷらへの思いの強さは、動画を見ればすぐに伝わってくるだろう。
元吉は「つながる食事」を提供することにも力を入れている。都内には日本各地から食材が集まる一方で、その先にある生産者や産地は遠い存在でもある。そんな東京からでも、料理を食べながら食材を育てた農家の顔が思い浮かぶ。そんな「つながり」を提供するために、産地に自ら足を運び、顔を見て話を聞き、時には自分で収穫作業まで行うこともあるという。
取材時、特に印象に残ったのは立夏から旬のグリーンアスパラ。栃木県上三川の坂入農園が丹精を込めて育てたアスパラは、揚げると新鮮で青々とした香りが衣で閉じ込められる。そして切った瞬間にその芳醇(ほうじゅん)なアロマが店内に広がる。マスク越しでも香りがハッキリと感じられ、成熟した瞬間に立ち会えたような感動があった。
いただく命への感謝、生産者への感謝、その食事に関わった人たち全てへの感謝で心満たされる極上の一軒だ。 来店は完全予約制、1カ月先まで電話で受け付けている。気の行き届いた極上の空間で、食の喜びを感じてみては。
関連記事
『天ぷら 元吉』
『世界4位に輝いたペルーのシェフによるレストラン「マス」が紀尾井町にオープン』
東京の最新情報をタイムアウト東京のメールマガジンでチェックしよう。登録はこちら