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清澄白河の「東京都現代美術館」で、「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024受賞記念展」として、サエボーグと津田道子による個展がそれぞれ開催されている。会期は2024年7月7日(日)までで、入場無料で鑑賞できる。
「Tokyo Contemporary Art Award (TCAA)」は、東京都と「トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)」が2018年に創設した現代美術賞だ。世界への展開を視野に、さらなる飛躍とポテンシャルが期待できる国内の中堅アーティストを対象としている。
特徴的なのは、公募・推薦から展覧会の開催まで、3年という長期にわたってアーティストを支援する点だ。多国籍のメンバーで構成される6人の選考委員が、アーティストのリサーチやスタジオ訪問を行い、作品の制作背景や表現、アーティストのこれまでのキャリアなどへの理解を深め、1年がかりで受賞者2人を決定する。
受賞者はその後1年かけ、賞金と制作活動への金銭的支援を受けながら、海外での調査や作品制作に取り組む。その成果は、最終的に個展形式の展覧会として発表。バイリンガルのモノグラフ(作品集)にまとめられる。
第4回の受賞者として選出されたサエボーグと津田は、「身体」を一つの起点として、作品制作と身体表現の実践を行き来することで、その独自の表現を発展させてきた作家だ。
愛らしさと哀しさ、複雑な感情が交差する「サエドッグ」のパフォーマンス
サエボーグは、1981年富⼭県⽣まれ。半分人間・半分玩具の不完全なサイボーグと称し、人工的であることで性別や年齢などを超越できると捉えたラテックス製のボディスーツを自作する。
自身も観客として通っていたというフェティッシュパーティー「デパートメントH」(通称「デパH」)で、2010年に初パフォーマンスを実施。以後、「東京レインボープライド2014」では、デパートメントHのフロートで代々木・渋谷・原宿を走行。屠畜される豚を連想するパフォーマンス「Slaughterhouse-10」をはじめ、「あいちトリエンナーレ2019 情の時代」、ドイツで行われた「世界演劇祭2023」など、国内外で数々のパフォーマンスとインスタレーションを展開してきた。
サエボーグの個展「I WAS MADE FOR LOVING YOU」では、近作「House of L」や「Super Farm」を下敷きに、2023年に実施した海外視察を経て新作を発表。巨大な立体物がいくつも並ぶ空間の奥に、ライトアップされた円形のステージが置かれ、犬を模した「サエドッグ」が訪れる観客をもてなすようにパフォーマンスを行う。
コンパニオンアニマルとも呼ばれるペットの中でも、特に身近な存在である犬。しばらく眺めているうちに思わず手を差し出したくなった筆者が近づくと、懐くようなそぶりを見せてくれた。また、別の観客がカメラやスマートフォンを構えれば、リクエストをせずともいくつかポーズをとろうと動くなど、観客のさまざまな期待に応えようとリアクションに余念がなかった。
受賞に際して行われたインタビュー取材で、サエボーグは「制作を続けるうちに、動物福祉にも興味を持ち始めました」と答えている。
本展や、これまでにも発表してきた、デフォルメされた雌豚や牝牛などの家畜、ハエなどの害虫が繰り広げるインスタレーションやパフォーマンスは、カラフルなビジュアルと相まって、一見すると明るくてポップ、ユーモラスだ。しかし、人間の都合によって生産・屠畜され、消費される家畜たちの現実や諸問題への批評の先に、私たちの社会における介護やケアの問題も見え隠れする。
現代アートには、私たちが今生きている世界に散らばった、多種多様で複雑で、答えのない課題に対して、考えるきっかけを与えてくれる作品も少なくない。本作はまさに、強者か弱者か、支える側か支えられる側か、という二項対立では語りきれない、多様性や共生の問題も示唆する作品と言えるだろう。
役割をずらし思考をずらす、津田道子の映像作品群
映像メディアの特性に基づく多様な表現を展開している津田道子は、1980年神奈川県⽣まれ。映像装置とシンプルな構造物を配置した、虚実入り混じるインスタレーションでは、鑑賞者の視線や動作を操作することで、知覚や身体感覚についての考察へと導く。
また、2016年からパフォーマンスユニット「乳歯」としても活動。小津安二郎の映画作品における登場人物の動きを詳細に分析し、そこに内在する人との距離や、女性の役割に関するジェンダーロールの問題を可視化するようなパフォーマンスも展開している。
2017年に「文化庁メディア芸術祭」のアート部門で新人賞を受賞。「六本木クロッシング2019展:つないでみる」や「あいちトリエンナーレ2019 情の時代」「ICC アニュアル 2023 ものごとのかたち」などにも参加してきた。
津田の個展「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」は、映像を用いた4つの作品で構成されている。中でも、ずらっと並ぶ11台のモニターと、展示室の最も奥に設置された大型スクリーンで上映される「カメラさん、こんにちは」は、教育現場でのジェンダースタディーを行ってきた、津田ならではの映像作品と言えるだろう。
11台のモニターそれぞれに映る3人は、1人ずつ役割を入れ替えながら、11画面全てで同じ出来事を演じている。題材は、津田の自宅に初めてビデオカメラが来た36年前、カメラテストのように家族の食卓を撮影した5分ほどの映像だ。そして大型スクリーンでは、同じ台本を12人の俳優が入れ替わりながら演じるシングルチャンネルバージョンが投影されている。
と、ここまで作品について文字で説明したものの、実際にどんな映像なのか想像し難いだろう。スクリーンで映像を観ていても、何が起きているのか、何を表現しようとしているのか、簡単には理解しにくいかもしれない。
しかし、4分でループする映像を何周か眺めたり、壁面にずらっと並んだ家族のポートレート写真を見比べたりするうち、両親と子どもといった、男女の家族構成へのステレオタイプ的なイメージや、自分自身が気づかぬうちに持っていた思い込みに、ハッとする瞬間があった。
展示室への出入り口が1カ所しかないため、鑑賞者は進んできたルートを再びたどって出口へ向かう。この時、展示室に入ってすぐに目にした作品「生活の条件」の映像は、奥で上映されている「カメラさん、こんにちは」を観る前と後で、おそらく見え方が変化しているはずだ。ぜひ展示室で体感してみてほしい。
隣り合う2つの個展は、制作に対する関心もアプローチも大きく異なり、それぞれが独立したものでありながら、展示室内での鑑賞者のふるまいが作品の一部となるという共通点を持つ。鑑賞を通じて自身に向き合うことで、動物を含む他者との関係性や、社会的に期待された役割などに目を向けることにもなるだろう。
なお、展示スペースの一つ下層に当たる2階フロアでは、サエボーグと津田の過去のプロジェクトを紹介する映像や資料が展示されている。また、過去3回の受賞者、風間サチコ、下道基行、藤井光、山城知佳子、志賀理江子、竹内公太のモノグラフを手に取って読むこともできる。
また、本展の会期中、東京都現代美術館では、シンガポール出身の映像作家ホー・ツーニェン(Ho Tzu Nyen)の個展「ホー・ツーニェン エージェントのA」、言葉やコミュニケーションをテーマとした現代作家らの企画展「翻訳できない わたしの言葉」、同館のコレクション展「MOTコレクション」も開催している。いずれも注目度の高い、見逃せない展覧会だ。併せて楽しんでほしい。
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