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1936年生まれの田名網敬一は、幼少期に体験した戦争の記憶とその後に触れたアメリカ大衆文化の影響が色濃く反映された、鮮やかな色彩の作品で知られている。活動当初から既存のルールに捉われることなく、ジャンルを横断しながら精力的に創作活動を続け、戦後日本美術史に重要な成果を残してきた。近年、国外でも高い評価を得ている田名網の初となる大規模回顧展が、2024年8月7日(水)から11月11日(月)まで「国立新美術館」で開催される。
本展「田名網敬一 記憶の冒険」は、11の章を通して、これまで包括的に捉えられることのなかった60年以上に及ぶ活動を「記憶」というテーマのもとに改めてひもとこうとするものだ。初公開の最新作を含む500点を超える膨大な作品を通じて、その多岐にわたる活動に迫る。
「プロローグ 俗と聖の境界にある橋」と題された冒頭の部屋では、幾重にも重なる太鼓橋のインスタレーションが登場する。田名網は橋にまつわる不思議な逸話や伝説に関心を持ち、近年は橋をモチーフとした作品制作に取り組んできた。橋は俗なるものと聖なるもの、今生の世界と死後の世界を分ける境界であり、同時に出会いの場所でもあると田名網は語る。これから始まる「記憶の冒険」へと鑑賞者を誘うかのような作品だ。
デザイナー、田名網敬一としての歩み
田名網が武蔵野美術大学在学中から携わってきたグラフィックデザインの仕事を紹介するのが、続く「第1章 NO MORE WAR」と「第2章 虚像未来図鑑」だ。当時からすでに、編集やデザインの既存概念を超えた創造の可能性が示されている。また、仕事の傍ら個人的な楽しみとして制作していたコラージュ作品も展示されている点にも注目したい。これらの作品には、幼少期の戦争体験やアメリカ文化からの影響が無意識に反映されていることが分かるだろう。
「第3章 アニメーション」と「第6章 エクスペリメンタル・フィルム」では、幼少期から田名網の心を掴んで離さなかった映画やアニメーションからの影響を垣間見ることができる。映像作家の相原信洋との間で行われた互いのドローイングを送り合う「イメージの往復書簡」の後、最終的に相原によって映像作品として編集された作品群は、シュルレアリスム的な自動記述の手法で無意識に迫ろうとする試みにも見える。
幻覚体験が与えた創作への新たなエネルギー
81年に結核を患い、4カ月に及ぶ入院生活を余儀なくされた田名網。薬の副作用により幻覚に悩まされたが、その時に見たイメージはさらなる創造へと発展していく。「第4章 人工の楽園」「第5章 記憶をたどる旅」「第7章 アルチンボルドの迷宮」では、作家の興味が「記憶」へと移り変わる様子が見られる。さらに、展示室の中心にアトリエの一部を再現した小屋のインスタレーションも登場する。作品が生み出される空間であるアトリエには多数の色指定原画が張り巡らされており、田名網の脳内の迷宮をたどる追体験ができるだろう。
記憶の検証への試み
2012年に田名網は、半世紀も前に制作したコラージュ作品群を倉庫から発見する。自身の過去の創作に触発されて制作を開始した絵画のシリーズは、彼の真骨頂とも言えるものだ。「第8章 記憶の修築」と「第10章 獏の札」では、これらの作品を堪能することができる。隣り合うイメージが激しくひしめき合う様子が見どころだ。
コロナ禍以降、田名網はパブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の模写を続けており、その数は700点を超える。「第9章 ピカソの悦楽」では、このシリーズが壁一面を覆う。ここでは、超人的に多作だったピカソと田名網の共鳴に注目したい。
「第11章 田名網敬一×赤塚不二夫」と「エピローグ 田名網キャビネット」の部屋ではコラボレーションに焦点を当てている。赤塚不二夫とのコラボレーション絵画をはじめ、ファッションブランドやミュージシャンなどとの協働により生み出された数多くの作品が凝縮されて展示されている。
特設ショップでは、オリジナルグッズが勢揃いする。定番のポストカードやポスターから、Tシャツ、トートバッグ、靴下まで、田名網のクリエイティビティが余すことなく落とし込まれたミュージアムグッズも見逃せない。
本展の見どころは、特定の作品というよりも、膨大な作品量から感じられる田名網の尽きない創作意欲と興味だろう。目がまわるほどの田名網ワールドにどっぷりと浸かってほしい。
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