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新しい観光の形として注目の「メタ観光」。文化的資源の価値を歴史的意義だけでなく、アニメの聖地や「インスタ映え」、微地形など複数のレイヤーで楽しむ観光のスタイルで、墨田区でも「すみだメタ観光祭」と称してさまざまな取り組みを展開している。その集大成として2021年12月12日に、初の公式ガイドツアーが開催された。
キュレーターは凸凹地形を研究する「東京スリバチ学会」会長の皆川典久。『東京23区凸凹地(高低差散策を楽しむバイブル)』(昭文社)を監修し、微地形のエキスパートとして『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』などにも出演している。ここでは古地図や凸凹地図を頼りに、「メジャー観光地には行かない」2時間半のブラタモリ的ツアーの内容を少し紹介しよう。
手がかりを探しながら歩く
曳舟駅からスタートし、まずは1955年に暗渠(あんきょ)化した曳舟川を目指す。一見、なんてことない道を歩いていても「ここは江戸時代に塩を運ぶために整備された行徳道で、地図上では微高地なんですが……分かりにくいなぁ(苦笑)」と、終始イヤホンを通じて皆川節を聞きながら歩くことができる。
ちなみに、皆川がフィールドワークを行っているのは凸凹した「スリバチ地形」だが、墨田区は平らな「マナイタ地形」。その対比がガイドの至る所にあって、マニアックな視点がとにかく新鮮で面白い。
次は地元のパワースポットでもある、室町時代の応仁2(1468)年に創祀(そうし)された高木神社へ。ここはムスビの神であることから「むすび石」を御朱印と共に授与していて、お守りや絵馬などあちこちにおにぎりのモチーフが点在している。各自参拝を済ませると、暗渠化した古川という農業用水路を経由し、鳩の街通り商店街へ向かう。
細い路地がある鳩の街商店街だが、かつて町工場で働く労働者たちの遊興の場として誕生。戦後は米兵の施設になり「ピジョン・ストリート」と呼ばれていたので、今の通り名に。古い建物には色街時代の面影を残すものもあり、さまざまな歴史の痕跡を探しながら歩く。
墨田区は、見晴らしのいい大通りならどこからでも東京スカイツリーを望みながら歩けるが、そこをスッと路地に入って暗渠に残る風景を探し歩くのが皆川流。「塀やコケの生え方などから、暗渠らしさを見つけてほしいのですが……、なにせ低地は見つけにくいですね」と、これまでスリバチ的な街歩きをしたことのない筆者にとっては、目からうろこの視点ばかり。
味覚を通じて想像が膨らむ
徳川家光が鷹狩(たかが)りの時に寺の井戸水で命を救われ、社号を変えたという慶長18(1956)年創建の長命寺を訪れ、その裏手にある創業300年の長命寺桜もちで小休止。隅田川の土手に咲いている大島桜の葉を塩漬けにした桜もちを考案した店主が、長命寺の門前で売り始めたのが始まりだそう。以来、創業時から変わらない素材と製法で作られている。
早速、葉を外して口に運んでみると、薄い餅に移った桜の香りとこしあんの風味が絶妙で、ツアーの中盤にちょうど良いブレイクタイムになった。徳川吉宗が隅田川沿いの墨堤(洪水から町を守るために築かれた土手)にサクラを植えたことで、この桜もちも誕生した。当時の人たちも、隅田川を見ながらこの味を堪能したのかと思うと、感慨深いものがある。後半は、いよいよ「水都」東京の神髄へ。
隅田川は漢字の書き方や異称、別名がそれぞれの時代や文献によって異なっているのは有名な話。資料で配られた江戸時代の地図には「大川」と記載されており、向島は花街(料亭街)として栄えていた。料亭や置屋などが軒を連ね、浅草から隅田川を渡って常客たちが通っていたそう。当時、芸者たちの手配などをした「見番」などが通りに残っているのも面白い。
随所にあるレイヤーを探す
三囲(みめぐり)神社が建立されたのは弘法大師の頃。「囲」の字に「井」が入っていて、それを守っていることから、江戸時代から三井家の守護社として定められているそう。閉店した三越池袋店のライオン像や三井邸にあった三角石の鳥居など、今も続くつながりの深さを感じつつ、牛嶋神社へ足を向ける。
こうして歩きながらもずっと地形的な街歩きの指南をしてくれるのだが、面白かったのが「スリバチは暗渠に嫉妬する」という言葉。どういう意味かというと、暗渠は見て分かりやすく伝えやすいのだが、スリバチ的な地形の面白さは、高低差の少ないマナイタ的なエリアでは伝えにくいのだとか。ディープな世界ならではの悩みに触れた瞬間であった。
牛嶋神社は創建されたのが貞観2(860)年という、平安時代から続く古刹(こさつ)。こま犬ではなくこま牛がいたり、健康を祈願する撫牛(なでうし)、全国的にも珍しい三輪鳥居があったり、木造の総檜権現造(そうひのきごんげんづく)りの社殿など、見どころも多い。東京スカイツリーの氏神様として、建立時の神事を奉仕された。
隣にはサクラで有名な隅田公園が広がり、家族連れなど区民の憩いの場となっている。その中に水戸藩下屋敷跡があり、大名庭園の池や庭園が今もそのみやびを伝えている。関東大震災で全壊するまで、水戸藩徳川家が代々守り抜いた屋敷に思いをはせつつ、クライマックスである東京ミズマチ方面へ。
今も昔も変わらず、水辺の心地よさに人は集まるのだ
2020年6月に東武スカイツリーラインの高架下に誕生した、東京ミズマチ。すみだリバーウォークができたことで、浅草からも徒歩でアクセス可能となり、水路沿いにカフェやホステルなどが立ち並ぶ最新の観光スポットへと変貌した。
しかし、皆川ガイドで着目すべきは源森川の水門である。この水門があるおかげで、隅田川からの氾濫を防ぎ、水辺に近いところでも街が成り立ち、「水の都・東京」を繁栄させてきたのだ。
新しい小梅橋船着場も作られ、東京スカイツリー駅方面まで水辺を生かした街づくりがますます楽しみになってくる。しかし、小梅橋の先で水深の高低差が生じてしまい、川の一部が分断されてしまっているのだそう。こういった地形や水深などの凹凸が、街づくりにも多大に影響していることがよく分かるエピソードだった。
最後に「ここ、ただの『どんつき』じゃないんですが分かる人いますか?」とまさにブラタモリっぽい質問が。資料としてもらっている地図を見てみると、なんと、一番最初に歩いてきた曳舟川だったことが発覚した。「ということは、そこの曲がっているのが江戸時代から残っている川の跡……」と静かな歓声が。まさかの伏線があったとは、お見事。
東京スカイツリーのお膝元、東京ソラマチをゴールにツアーは終了。こうして地形と古地図を比べながら歴史をひもといて歩くと、何もないと思っていた通りや川、街にも実はいろいろな魅力が隠れているのだと、身をもって体験できた。「誰も気にしない、普通だったら分からないことも、多層なレイヤーで見ると違って見えますよね。この楽しみ方がまさにメタ観光なのです」と言う皆川の言葉通りだった。これからも、墨田区のメタ観光に注目したい。
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