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ビンテージオーディオから流れる音楽と、窓の外から聞こえてくる環境音が交わる……。そんな音に心を委ねて、ただただこの空間でぼーっと過ごすことを目的にしたスペース「しばし(sibasi)」が、2023年10月20日、京都の平安神宮近くに誕生した。
建物は、1925年に建てられた町屋をリノベーション。床の間やすりガラスといった、日本家屋ならではの味をしっかりと残しながら改装されている。ここは、知識や情報を積極的にインプットするというよりも、自分自身を空っぽにして、一度リセットできるような場所だ。
本記事では、オープン準備真っただ中の10月上旬に同スペースを取材。「未完成」を一つのコンセプトにしているからこそ、やや謎めいた印象のある「しばし」の魅力をレポートする。
世界に1枚、坂本龍一の追悼盤「Micro Ambient Music」のレコード
「しばし」は、基本的にイベントを行う際にのみ完全予約制で公開されるスペースで、利用料はイベントごとに異なる。イベントは公式ウェブサイトや各SNSでアナウンスされ、住所は予約完了通知の中でのみ知らされるそうだ。
12月24日(日)までは「AMBIENT KYOTO 2023」とコラボレーションし、この7月に3カ月の期間限定で公開された坂本龍一の追悼盤「Micro Ambient Music」を特集した「しばし味わう」というイベントが開催されている(利用料は選べる漢方茶が付いて1,650円、2時間制、税込み)。
「Micro Ambient Music」は、2000年から晩年にかけて坂本龍一と関係の近かった音楽家ら41人が参加し、ニューヨークのレコードレーベル「12K」が中心となり作成されたコンピレーションアルバム。デジタル音源のみでの公開であったが、なんと「しばし味わう」では、アナログ盤で音が楽しめるのだという。
「当初は、ちょっと味気ないなとは思いつつ、デジタル音源を再生する予定だったんです」と話すのは、同スペースを運営する一人であり、音楽レーベル「Traffic」の代表を務める中村周市。しかし準備を進める中で、中村の友人が「ヴァイナルカッティングの名人」とも呼ばれる山地真介を紹介してくれたことを機に、約4時間の「Micro Ambient Music」を刻んだ、9枚のダブプレートが誕生したのだという。いずれも、より良い音で楽曲を聴くことのできる45回転で制作されている。
「この作品を流していると、庭から聞こえてくる鳥の鳴き声や風の音は、実際の音なのか、この作品の音なのか分からなくなることが多々あります」(中村)。盤を乗せ、針を落とし.……といった一連の動作や、針がレコード盤の溝の上を回転する際に発するノイズ音など、アナログだからこそ生まれる音響や尊さもぜひ堪能してほしい。
体調に合わせて選べる漢方茶
漢方茶は、調布にある漢方クリニック「つゆくさ医院」の院長が監修する漢方茶ブランド「onsa」のものが用意されている。種類は、目の疲れを癒やす「安目茶」、胃腸を整える「夏茶」、喉や鼻をサポートしつつ冬に備えて腎を養う生薬を用いた「秋茶」、肌の乾燥や手足の冷えに効果的な「冬茶」の4種類。その時の体調に合わせて選べるのがうれしい。
空間を静かに彩る「未完成」なふすま
もう一つ、同空間で未完成ならではの美しさを感じられるのがふすまである。同じく京都に工房兼ショップを構える唐紙工房「かみ添」が手がけたものなのだが、実はこのふすま、あえて「文様を付ける前の状態のもの」がはめられているのだ。
繊細な手仕事ならではの奥深さはありつつも、タータン柄のようなかわいらしさがどこか親しみやすく、この空間にモダンさを生んでいる。そしてこのモダンな雰囲気は、きっと幅広い世代にとっての居心地の良さにつながっているのだろう。
自然を一つのテーマに、音楽やワークショップを通じて、訪れた人々とともに「場所」を作っていく「しばし」。趣味の延長のような、好きなものに素直でいるからこそ生まれる奥深さや無垢(むく)さにはパワーのようなものがあり、この空間に身を置くことで何かに満たされていくような感覚を得ることができるはずだ。
忙しい日々を過ごしていると、あらゆることに余裕がなくなり、淡々と日常をこなしていくような、豊かさの感じられないループに陥ってしまう。そんな経験が思い当たる人も多いだろう。しかしそんな時こそ、思い切って「無」の時間を持つことが大切だ。自分の心と体の思うままに過ごせるこの場所で「しばし」羽を休めてみては。
「しばし」の予約は、公式ウェブサイトのReservationページで受け付けている。
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