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エリザベス2世の時代、ロンドンはどう変わったのか?

1953年からの約70年を振り返る

Alice Saville
テキスト:
Alice Saville
翻訳::
Time Out Tokyo Editors
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1953年6月2日、ウェストミンスター寺院で行われたエリザベス2世の戴冠式は、華やかな演出や花火、あらゆるパーティーが繰り広げられ、歓喜の渦に包まれた。この大々的な行事にかかった費用は、現在の金額で4,873万ポンド(約81億3,000万円)相当と莫大(ばくだい)。喪に服す期間と、入念な準備期間が必要であったため、父であるジョージ6世が死去して1年後に行われた。

しかし当時のロンドンは、勝利の旗が掲げられた陰で、まだ第2次世界大戦の傷跡や爆撃された場所が各所に残り、大空襲からの再建という途方もない課題に直面していた。それから約70年間で、ロンドンはどのように変化したのだろうか。

1. スモッグに「さようなら」

ロンドンはかつて「pea-soupers」(「エンドウ豆のスープ」の意)と呼ばれた、緑がかった黄色のスモッグで有名だった。そのピークは、文字通り致命的な大気汚染による公害事件と知られる「ロンドンスモッグ」が発生した1952年12月。バタシー、バンクサイド、フラム、グリニッジ、キングストン・アポン・テムズの5つの巨大な石炭火力発電所や、質の悪い安価な石炭を燃やしていた多くの家庭から大気汚染物質が発生し、硫酸霧が街を覆ったのだ。
今日でも大気汚染は問題になっているが、石炭燃料は規制され、致命的なスモッグは過去のものとなった。もし、2メートル先が見えないとしたら、それは自分の酒のせいだけだろう。

2. ボーラーハットをかぶる人はもういない

「毛羽があり、大き過ぎず、巻き上がったつばを持つ正しいタイプのボーラー(山高帽)を所有することは、街行く若者にとってズボンと同じくらい不可欠である。この帽子は全てのかぶり物の中で最もロンドンらしいものだ」

1952年、ジョン・メトカーフは、翌年に行われる女王の戴冠式でロンドンを訪れる人々を対象にしたガイドブックにこう記している。今ボーラーハットをかぶると、風変わり、かつ情緒不安定な市民であることを示すことになりかねない。かぶるなら、自身の責任で。

3. ソーホーはもうそれほど罪深くはない

メトカーフはまた、危険な地区であるソーホーを避けるように警告した。当時のこのエリアでは、無防備な観光客が「ロージーというウサギ顔のブロンド女性と不潔なカクテルを飲んでいると、6人の大男がどんどん大きくなり、部屋は狭くなっていった」というようなことを経験していた、「悪党の巣窟」だった。
最近では、詐欺師にだまされることは少なくなり、もっと楽しい金の使い道が増えた。「Gauthier Soho」で95ポンド(約1万5,850円)のテイスティングメニューを食べるというのはどうだろう。

4. 食べ物が手に入りやすくなった(しかもおいしくなった)

1953年のイギリスではまだ配給制がとられていた。戦争は終わっても、食糧難は続いていたのだ。当時のこの国は、砂糖や肉のようなおいしい贅沢品を輸入できないほど、あまりにも貧乏だった。1954年に配給制が廃止されると、ロンドン主婦協会のメンバーはトラファルガー広場で特別なセレモニーを行い、配給手帳の巨大なレプリカを燃やしたそうだ。

今のロンドンでは、市民は世界中から届く驚くほど多くの食品を買うことができる。ただし、本当に食べたいのであれば、昔ながらのロンドンパイやウナギ、マッシュポテトは今でも食べることができる。

5. 住宅は値上がりしている

1953年にメトカーフは「ロンドンでは、まだ住宅が不足している。フラット(日本のマンションに相当)は見つかるが、高価になりがちだ」と書いている。しかし、彼の言う「高い」は、今のイギリス人の定義とは少し違うかもしれない。

1952年当時、イギリスの住宅の平均価格は1,884ポンド(約31万円)で、現在の価値に換算すると5万8,467ポンド(約973万円)ほど。今はこの額を出しても、ブライトンの海沿いの小屋すら買えない。

6. パブは変貌を遂げた

ロンドンの酒場は、かつては暗く、煙が多く、男性中心の飲み屋だった。しかし今は、タピオカティー店との競争にさらされるようになり、その在り方も変わってきた。

今のパブは、ベイプのフルーティーな香りが漂い、子どもたちはテーブルの間で遊んでいる。新しくて巨大な「Brewdog」のウォータールー店には、大きなスパイラル滑り台まである。50年代の紳士なら、きっと嫌気が差してパイプから煙を吐き出しているに違いない。

7. ロンドンは大きくなり、人々をもっと歓迎するようになった

1953年、ロンドンの人口は830万人だった。何世代にもわたる移民のおかげでロンドンは、爆撃機で破壊された傷だらけの街から、外向きでにぎやかな国際的な中心地へと変貌を遂げた。完璧とは言えないが、長い長い道のりを歩んできたのである。

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