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世田谷文学館でスタートした、「士郎正宗の世界展 ~「攻殻機動隊」と創造の軌跡~」を見てきた。まず最初に保険を張らせてもらうが、「攻殻機動隊」という世界的コンテンツについて全くの無知だし、その原作者である士郎正宗についても同様である。

押井守が監督した有名な劇場アニメを観たことがあるぐらいで、面白いとは思ったものの、それから別段ハマることもなく今日まで生きてきた門外漢中の門外漢である。
そんなやつに一体何が書けるのかという話だが、レポートしていこう。
結構面白かった(何も知らないのに)
で、早速感想だが、結構面白かった。無知な人間が見ても結構面白いのだから、熱心なファンであればかなり面白いだろう。
全11チャプターから成る本展は、作者全面協力のもと、そのヒストリーから『アップルシード』や『攻殻機動隊』といった代表作へのフォーカス、SF史との関連や作画法に至るまで、あらゆるベクトルからキュレーションされており、シンプルに展示として高密度だし見やすい。

あまりに精緻すぎる原画
見どころは300点以上の原画だろう。先日、手塚治虫の「火の鳥展」に行った時も思ったが、やはりレジェンド作家の原画というのはすごい。目が喜ぶのが分かる。
士郎の原画は、端的に言って美しい。何より仕上がりの綺麗さがハンパない。スクリーントーンを多用した質感表現は圧巻だが、それらを貼った形跡のようなものがまるで見当たらないことに驚く。カッターによる傷とか、トーンの浮きみたいなものがまったくないのだ。

漫画の原画鑑賞において、印刷物に現れない手作業感を観察することは楽しみの一つだと思うが、士郎の原画はほぼ印刷物と遜色がない。全工程の精緻さがはっきりと異常だ。失礼を承知で言うなら一種の神経症的な気迫さえ感じる。それでいて描線にドライブ感があり「ああ、この人は絵を描くのが好きで好きでたまらないのだろうな」というのがはっきりと伝わるのだ。

士郎がその癖を全開にして描いたであろう『仙術超攻殻ORION』はすごい。コマ割りや表情一つとっても、作者のテンションの高さをビンビンに感じさせる。

職人的芸術家の脳内ビジョン
本展では下書きも多く展示されているが、そのクオリティーの高さもやはり異常だ。セリフや擬音、メカやコスチュームのディテールまでも丁寧に書き込んであり、「これのどこが下書きなんだよ!」とツッコミたくなる。このまま掲載したって十分に読めるくらいだ。作画以前から脳内に明確なヴィジョンがあり、またそれを紙上に顕現させるための手間や努力をまったく惜しんでいないのだろう。

それを象徴するのが『ドミニオンC1 コンフリクト編 第1話』の表紙絵の制作過程で、レイアウトや色指定、フォントサイズまでめちゃくちゃ細かく指示が書き込んである。非常に職人的なアーティストだと思う。士郎が、デザインや設定協力の仕事で高い評価を受けているのも納得だ。
また、本展は士郎が全面協力しているため、アナログ作画時代に本人が使用していた道具類の展示のほか、作画法についての解説なども観ることができるのだが、カラーコピー機をいち早く導入し、文具店で購入した様々なものをトーン用紙にコピーして独自のデジタル模様を編み出していたなど、興味深い証言も多い。このあたりは単なるファンのみならず、絵を描く人なども何かしらヒントが得られるのではないだろうか。

美少女キャラデザ史のキーパースン
あと、女の子が可愛くてビックリした。22歳の頃に描いた同人誌『ブラックマジック』から、近年のイラストワークに至るまで、一貫して「美少女」を描き続けている。それもエロではなく、エッチという感じだ。
僕は本展で、押井によるアニメ版『攻殻機動隊』は糖度を低く設定しているのだな。ということを逆説的に理解した。テーマが深淵だし、各種デザインも秀逸なので、パッと見では気づきにくいけれども、肌やコスチュームの光沢感や鼠蹊(そけい)部の描き方に物凄くフェティッシュを感じる。

吾妻ひでおや内山亜紀など、SF×美少女というのは1970年代末ごろからあるけれども、士郎の描く美少女は頭身設定や作画カロリーが高い。これは80年代当時、かなりエポックメイキングだったのかもしれない(本展で蔵書として紹介されているSFコミック『ヘヴィメタル』の影響なのだろうか)。
士郎はさまざまなカルチャーやコンテンツに絶大な影響を及ぼしたが、美少女のキャラクターデザイン史においてもかなりの重要人物だと思う。よく大友克洋からの影響が指摘されるが、「美少女を描く」というのは、大友には全くできなかった(やらなかった)ことだ。この一点において、士郎正宗と大友克洋はそもそもの軸足が異なる作家だというのがよく分かった。

最後の最後までたっぷり楽しい
というワケでまぁツラツラと書いてきたが、もしこれを読んでいるあなたが、「攻殻機動隊」ならびに士郎正宗のビッグファンであるならば、絶対、絶対に行った方がいい。ヒストリー紹介から大暮維人や寺田克也と行ったビッグネームとのコラボレーション、超充実の物販コーナーに至るまで、最後の最後までたっぷりと楽しめる、かなり良質な展示だ。


もちろん、何も知らないままに行ったって面白い。何も知らないままに鑑賞した僕が保証する。各種アパレルとのコラボや、『ダンダダン』の大ヒットも記憶に新しいサイエンスSARUによる新作アニメなど、何度目かの世界的ブームを迎えているモンスターコンテンツの世界を、ぜひその目で味わってみてほしい。
©Shirow Masamune/KODANSHA
©Shirow Masamune/SEISHINSHA
©Shirow Masamune/「士郎正宗の世界展」製作委員会
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