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くしゃくしゃになった新聞やチラシ、つぶれた空き缶、ボロボロの段ボール箱など、日常にありふれたものが「割れる」美術作品と聞いたら、耳を疑うかもしれない。1950年代から70年もの長きにわたり、現代美術家として活動を続ける三島喜美代の展覧会「三島喜美代―未来への記憶」が、「練馬区立美術館」で2024年7月7日(日)まで開催されている。
三島喜美代は、1932年大阪府大阪市生まれ。絵を描いていた担任の薦めで、高等女学校の頃から自身も油絵を描き始める。具体美術協会の創設メンバーであった吉原治良(よしはら・じろう、1905〜1972年)に師事した画家・三島茂司(みしま・しげじ、1920〜1985年)と20歳で出会い、のちに結婚する。
作家活動の初期には静物画などを描いていたが、茂司とともに創作活動を続けるうち、抽象画やコラージュ、シルクスクリーンなどの平面作品を手がけ始める。1970年代以降は、身近にあった新聞紙から着想した「割れる印刷物」や、産業廃棄物を素材に取り込んだ大型作品を発表。そして1990年前後からは、自身が集めたゴミを使った新作を発表するなど、さまざまな素材で多岐にわたる表現活動を続けてきた。
近年、六本木の「森美術館」で開催されたグループ展「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」(2021年)や、「岐阜県現代陶芸美術館」での個展「三島喜美代-遊ぶ 見つめる 創りだす」(2023年)など、三島を紹介する展覧会の開催が相次いでいる。国内外で再評価の機運が高まっており、都内の美術館で初めて開催される個展となる本展は、待望の大規模展だ。
約半世紀前に描かれた作品の数々を初公開
4章構成の本展は、70年にわたる三島の表現活動を、個人蔵を多数含む約90点の作品を通して紹介している。「第1章 初期作品 1950年代~1970年頃」では、今回初めて公開するという貴重な油彩画や、コラージュなどの平面作品がずらりと展示されている。
アンフォルメルやポップアートなど、当時の世界的な現代アートの潮流を想起させる作品群や、夫の茂司が買い集めていたという海外の雑誌や新聞、油絵具を使ったコラージュ、シルクスクリーンでキャンバスにアクリル絵の具で描いた作品など、さまざまな技法で創作を続けていた三島。自身の作品世界を長らく模索していた様子が伝わってくる。
そんなある日、コラージュ作品に使っていた新聞が、アトリエの床に丸まって落ちている様子を三島は見かける。「これが割れたら面白そうだ」という気持ちから生まれたのが、三島の代名詞とも言える作品群であり、現在まで何度となく再制作が続いている「割れる印刷物」のシリーズである。
ゴミから生まれた作品や「触れる」「買える」作品も
「第2章 割れる印刷物 1970年頃~」と「第3章 ゴミと向き合う」では、50年以上にわたり陶を用いて制作されてきた、三島の代表作とも言える品々が数多く展示されている。写真を通してだけではなく、展示室で直接作品を鑑賞していても、ぱっと見はそれが紙やスチールなどではなく、土を焼いてできているとは、とても思えないほどにリアリティーがある。三島の遊び心と高度なスキルが共存した、魅力的な立体作品だ。
また本展では、実際に空き缶の作品に「触れる」展示コーナーが設置されている。重さや質感、色などを実際の空き缶と比べて楽しんでほしい。本展に展示もされている作品の最新作「Work 24-TAG」2種類が、館内で限定販売された。
いずれも現代美術作家の展覧会ならではの取り組みであり、展示を観に行くだけではなく、「作品を買って自宅に飾る」という美術の楽しみ方があることを、改めて気づかせてくれる仕掛けだろう。
陶土にシルクスクリーンで転写し、焼成して完成する「割れる印刷物」のモチーフは、新聞紙や広告のチラシから、週刊の少年マンガ雑誌や、輸入されたフルーツの段ボール、有名メーカーの炭酸飲料やビールの空き缶まで、日常にありふれた身近な品々へと広がっていった。
そんな三島の創作の背景には、高度経済成長期を経た日本の資本主義・商業主義社会や、新聞や雑誌が大量に捨てられ、知識としてではなく一過性のエンターテインメントのように、情報が膨大に消費されていく時代に抱いた不安や恐怖があった。
1990年代以降の活動には、環境問題やごみ問題への意識の高まりなども大きく関係している。古い少年漫画雑誌をモチーフにした巨大な作品に使われているのは、産業廃棄物を1400度もの高温で融解・固化させたガラス状の粉末や、溶融スラグと廃土を混ぜた土だ。古いコンクリートを思わせるような質感は、モチーフの親しみやすさに反して、どこか不穏でもある。
100年分の歴史が迫ってくるような圧巻のインスタレーション
展覧会の最後に展示されているのが、本展の最大の見どころとも言える、大規模なインスタレーション作品「20世紀の記憶」だ。展示室の隅々まで敷き詰められたのは1万個以上の中古の耐火れんがレンガ。一つ一つの表面には、20世紀100年分の新聞記事がモノクロで転写されている。
三島の作品を常設で展示している、大田区のアートスペース「アートファクトリー(ART FACTORY)城南島」から、本展のために初めてまるごと移設された。本当に貴重な作品群の展示と併せて体感してほしい、圧巻のインスタレーション空間だ。
そして本展を通して、三島喜美代という作家とその作品群をもっと知りたくなったなら、ぜひ「アートファクトリー城南島」や、全国各地に点在するパブリックアートへも足を運んでみてほしい。
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