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有楽町のコニカミノルタプラネタリアTOKYO DOME1にて、「【爆音上映】ピンク・フロイド – The Dark Side Of The Moon」を鑑賞してきた。英国を代表するロック・バンドであるピンク・フロイドが1973年にリリースしたロック史に残る不朽の大名盤『狂気』を、プラネタリウムドームで映像とともに爆音上映するというイヴェントである。『狂気』リリース50周年を記念したプロジェクトの一環として、ピンク・フロイド側が新たに製作したオフィシャル作品であり、昨年日本で上映された際にはチケットが全日程即完売というたいへんな大盛況ぶりであったらしい。そのアンコール上映が本イヴェントである。
めちゃくちゃ期待していた
ピンク・フロイドを爆音で聴きながらプラネタリウムを鑑賞する――いっけん珍奇なイヴェントに思えるかもしれないが、『狂気』とプラネタリウムにはじつは密接な関係がある『狂気』が初のお披露目をされたのもロンドンのプラネタリウム施設で、ドーム内には楽曲とともに星座や宇宙のヴィジュアルが映し出され、1973年当時たいへんな反響をよんだのだという。僕はこのイヴェントをひと月近く前から猛烈に楽しみにしていた。どれだけブッ飛ばしてくれるのだろう、ひょっとしたらブッ飛びすぎて気絶しちゃうんじゃないか、などと期待に胸を膨らませながら、その日を指折り数えて心待ちにしていたのだ。
楽しくて、面白いだけ(それが悪いわけもない)
会場にはリクライニング席と寝そべって見るクッション席があり、僕はリクライニング席でこれを鑑賞したのであるが、まぁひとことで言うと楽しかった。さらに言えば『楽しかった』以上のことはなかった。ただ楽しくて、面白いだけだった。無論、それが悪いといっているのではない。
ハッキリ言って、本イヴェントに『深み』とか『精神性』のようなものは一切ない。少なくとも僕には全く感じられなかった。『2001年宇宙の旅』(1968年作・監督スタンリー・キューブリック)におけるスターゲート・シークエンスのような抽象的かつ壮大な映像美や、もしくはピンク・フロイドの同名アルバムを映画化した『ザ・ウォール』(1982年作・監督アラン・パーカー)のような強烈なサイケデリック絵巻を期待していたのだが、プラネタリウムドームに映し出された映像はまったく、そういったものではなかった。宇宙飛行や曼荼羅めいた巨大なマシーン、幾何学模様、単細胞生物などなど、『サイケデリック初級編』とでもいうべき、サイケ・ムーヴィーによく登場する定番モチーフがいっさい何のヒネリもなく次々に登場する。
人間はずっと驚き続けることはできない
映像におけるサイケデリック表現というのは、常に進化/更新し続けられていて、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『レヴェナント: 蘇えりし者』や、テレンス・マリックの『ボヤージュ・オブ・タイム』、ドゥニ・ヴィルヌーヴの『デューン砂の惑星』なんかが近年のマイルストーンだと思うのだが、本イヴェントにおける映像美はそれらの作品ほどハイファイでもオルタナティヴでもない(そもそも比較自体が間違っているのだが)。マーヴェルや『ワイルド・スピード』に見慣れてしまった目では、本イヴェントのコンピューター・グラフィックの質感は、むしろ懐かしさすら覚える。ド派手だし、テンションも高いし、それなりに興奮もするのだが、キューブリックやアラン・パーカーが試みたような前衛性/実験精神は全く見当たらない。いちばん近いのはディズニーランドの『スペースマウンテン』であろう。要するにテーマパークだ。オープニングは相当盛り上がるし驚くが、15分も経つとスペクタクルの上限が解ってしまい、『これ以上のことは無いんだな』と解ると興奮も幾分鎮静する。44分の上映時間はなんというかギリギリで、あともう少し長かったら欠伸さえしたかもしれない。人間はずっと驚き続けることはできないのだ。
にしても『狂気』は名盤である
とまぁ、なんだかディスのようなことを書いたが、これは決してディスではない。単に、僕が予想していたものと実際のものが違ったというだけの話だ。前述した通り、アート作品でなくテーマパーク的なエンタテイメントとして捉えれば、本イヴェントはかなりいい線いってると思う。基礎知識やリテラシーが要求されないぶん、ピンク・フロイドなんか一秒も聴いたことのない児童が鑑賞したって十分に楽しめるだろうし(実際、子供連れの客もちらほら見られた)、ちょっと風変わりなデートコースにもうってつけだろう。それに何しろ『狂気』はたいへんな名盤だ。このアルバムはかなり久々に聴いたが、改めて本当に異常な完成度だと思った。リフ、リズム、ベースライン、コーラス、音の分離や遠近感に至るまで、あらゆるアイディアを気が遠くなるほどの手間を掛けて結晶化した、人類史に残る偉大な芸術作品だというのが、もう今回骨身に染みてよく理解できた。『狂気』が爆音で愉しめるというだけで、十分元がとれるぐらいだと思う。
プラネタリウムの可能性
プラネタリウムというフォーマットを使用した音楽鑑賞体験には、かなり可能性を感じる。この企画は今後もじゃんじゃん取り組まれるべきだと思うし、ひとつの実験の場になってほしいと思う。『アビイ・ロード』とか『クリムゾン・キングの宮殿』なんかもかなり面白いだろうし、シュトックハウゼンとかフィリップ・グラスとか武満徹とかを取り上げてみるのもクールそうだ。いま僕はプラネタリウムでの音楽体験というものに、何かただならぬ未来を感じている。
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