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パリといえば誇り高く、伝統を重んじ、規制が多い街。オープンネス(変化への寛容性)はそう高くはないと考えるのが普通だろう。それは「緑のオープンスペース」についても同じ。この都市は昔から基本的に大きな通り、細かな石が敷かれた公園、数々の起伏のある屋根で構成されているのだ。
そのため、そうしたイメージを持つパリが、環境に配慮した都市生活のビジョンの提示において、主導的な役割を果たしていると聞くと驚くかもしれない。その動きの中心にいるのが、市長であるアンヌ・イダルゴだ。彼女は2014年の市長選キャンペーンで、環境への配慮を中心に据え初当選。市長として働き初めてからも、世界のほかのリーダーたちとは異なり、彼女はその政策に基づいて行動している。
すでにその成果が現れているのが道路だ。過去5年間、パリを歩いたことがある人は、街全体が巨大な建築現場のように感じたことだろう。イダルゴが市長に就任して以来、総延長約900マイル(約1450キロメートル)の自転車専用道路が誕生し、市中心部を流れるセーヌ川沿いの道路を含む主要な道路は、完全に車が通行止めになった。
世界的に有名なマドレーヌ広場、ネイション広場、バスティーユ広場は、すでに歩行者に優しいデザインへ改修。さらに、2024年からは街の中でのディーゼル車の通行が禁止され、2030年までにはガソリン車にも同様の措置が取られる予定だ。
こうした動きにはもちろん賛否両論を呼ぶ。タクシー運転手団体をはじめとする自動車団体は、多くの施策に対して大規模な抗議活動を実施。しかし、市はパンデミック以降かつてないほど空いていることを生かして、さらなる改変を推し進めようとしている。
例えば、2020年の最初のロックダウンで、市は40マイル(約65キロメートル)の道路を「コロナ・ピスト(コロナ・レーン)」と呼ばれる自転車専用道路へと改修。ルーヴル美術館からバスティーユ広場まで延びるリボリ通りへの車の進入を禁止した。これらの取り組みは恒久的なものとなり、早ければ2022年にも、市内の約7%を占める1〜4区の全域で自動車の通行ができなくなる見込みだ。
同時にホテル・ド・ヴィル、リヨン駅、オペラ・ガルニエなどの主要なランドマークの隣に、4つの新しい「都市の森」を作る計画も進行中。市長はさらに、2026年までにパリ全体で17万本以上の木を植え、2030年までに市の50%を植樹地で覆うことを約束している。これを実現するために建築基準法が緩和され、市民が自分の住む地域に木を植えやすくなった。
この対応は、市長がニューヨーク・タイムズ紙に語った「個を中心とした街づくり」という大きな目標の一つに沿ったものでもある。彼女にとっては、それをシンプルに実現する方法の一つが、都市生活へ自然を取り戻すこととリンクしたようだ。
2024年のパリ・オリンピック・パラリンピック開催に向け、市内の主要な名所を緑化する計画もある。例えばエッフェル塔の周辺は、オリンピック・パラリンピック合わせて「特別な公園」に生まれ変わる。パリ最大の広場であり、マリー・アントワネットが処刑された場所でもあるコンコルド広場も、新しい「公園」として整備されるという。
オリンピック・パラリンピック関連施設としては、オリ・パラ村、メディアシティー、アクアティックセンターなど「エコフレンドリー」を掲げた施設をセーヌ・サン・ドニ郊外に建設。セーヌ川の浄化水を活用するリバーサイドプールは、競技で使われた後、一般に公開される予定だ。
パリの北側にあるセーヌ・サン・ドニは、2015年12月に開催された国連気候変動会議(COP21)の開催地として、国際的な注目を集めたことがある。同会議では、各国が地球温暖化を産業革命以前のレベルから2度以内に抑えることを約束。気候変動対策の転換点となることが期待された。今、パリで進められている緑化プロジェクトは、この会議をきっかけに推進力を得たといえるだろう。
地球の二酸化炭素排出量の60%、エネルギー消費量の78%を占めているといわれている世界の都市部は、パリ協定の約束を現実のものにするために、大きな役割を果たさなければならない。だからこそ、COP21の開催地だったパリが、率先してその方法をほかの都市に示すことは、同市にとって必然なのかもしれない。
それを示すように、パリの緑化プロジェクトは、2024年のオリンピック・パラリンピックの先まで続く。2億5,000万ユーロ(約約322億円)をかけた街の大規模改修計画の一部であるシャンゼリゼ通りのリニューアル工事では、2030年までに、パリで最も有名な通りが「特別な庭園」に変貌を遂げる。工事完了後は自動車専用道路が4車線から2車線に減り、歩行者と緑のエリアが新設され、通り沿いには空気の質を改善する「木のトンネル」が出現する予定だ。
パリ市の緑化プロジェクトの中でも、最も野心的といえるのが、自動車の使用量を減らし、徒歩や公共交通機関による移動を促進しようとしている部分だろう。市は200万人いる市民と都市との関わり方を再構築しようとしているのだ。
市長のコンサルタントチームの中に、「15分都市」というコンセプトを提唱している人物の一人として知られる、ソルボンヌ大学教授のカルロス・モレノがいる。このコンセプトでは、住民が自宅から30分以内で移動できる距離の中に、全ての基本的なサービス(公共交通機関、商店、学校)にアクセスできる都市をモデルとして設定。モレノは2020年、タイム誌に対し、「パンデミックを通して、これまでとは違った働き方、新しいハブを作ることが可能であることが分かりました。私は楽観的です」と語り、パリでの計画の方向性が間違いでないことに自信を見せている。
パリに限らず、2020年のロックダウンは多くの都市に「再考」の時間を与えた。そして、市長などの行政トップが、人通りの少ないタイミングを利用して抜本的な対策を進めているケースも多くある。
例えばアムステルダムでは、オーバーツーリズムを抑制するために、一部の地区でAirbnbなどによる宿泊施設のレンタルを禁止するなど、大胆な措置をさまざま実施。バルセロナでは、21もの新しい公共広場と、歩行者専用の「グリーンゾーン」の新設を計画している。またミラノでは歴史的中心部の歩道を広げ、厳しい速度制限を導入して、何キロもの自転車専用道路を新設。一方アメリカでも、都市計画家、造園家、芸術家が「緑と車のない」マンハッタンのビジョンをデザインしている。
しかし、緑化プロジェクトの大胆さと積極性において、パリを超える都市は世界でもほとんどないだろう。パリ東西にある2つの大きな公園、ヴァンセンヌの森とブローニュの森は、これまで伝統的に「Les poumons de Paris(パリの肺)」と呼ばれてきた。もう少ししたら、それも過去の話になるかもしれない。パリ市民が息の吸える場所をもっと手に入れられるように、緑化プロジェクトが順調に進むことを願っている。
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