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2022年10月の入国規制緩和をきっかけに、再び多くの外国人観光客が日本を訪れている。観光の再開に際しては、新型コロナウイルスの感染拡大により、2019年に押された一時停止ボタンを、ただ解除すればいいのか。それとも、コロナ禍を経て新たな観光の形を見いだすべきなのか。
まさにこのタイミングに議論を重ねたいテーマとして、2023年3月に「NEXTOURISMシンポジウム2023 観光新時代へのトランスフォーメーション」が開催された。さまざまな分野のスペシャリストが登壇する4つのセッションが実現。観光と歩む地域社会や私たちの未来について、熱い議論が交わされた。
観光新時代に求められるのは地域と観光の融合
コロナ禍前、観光で持続可能な地域を実現しようとする動きが全国各地であった。2019年には、3188万人もの訪日外国人がやって来たが、コロナ禍により観光自体が持続可能なものではないことが、わかってしまった。
オープニングセッションでは、一般社団法人 日本地域国際化推進機構 理事でアソビジョン株式会社代表取締役、立命館大学客員教授の國友尚が司会となり、SOMA DESIGN クリエイティブディレクターでデザイナーの廣川玉枝、フリーライター・稀人ハンターの川内イオ、同機構代表理事の伏谷博之とともに、「観光新時代へのトランスフォーメーション」をテーマに議論した。
自著に「農業新時代」がある川内は、安さと安定、きれいを求める市場に見切りをつけ、誰もやってないことをしてオンリーワンになろうとする生産者たちを取り上げ 「これまでの農業の評価軸にとらわれず、新しい視点を取り入れ事業を展開する人が、全国各地で活躍されています。このようなスーパーファーマーズに会いに行くことも、『観光』になるのではないでしょうか」 と語る。
続いて、2016年から大分・別府で開催されている芸術祭「in Beppu」を紹介。 2021年には廣川が携わり、行動制限がされ不安な時期に現地の人にも喜んでもらいたいと、多くが疫病退散を起源とする「祭」を、別府ならではの形で新たに表現した。
「『祭』の核にしたのが『地獄』です。別府では、『地獄』と呼ばれる、高温の蒸気や熱湯が大地から噴出する風景があり、町全体がエネルギーに包まれています。この『地獄』を鬼として登場させ、私がデザインした衣装を地域の人たちがまとい、おはらいしながら練り歩きました」と、話す。
これらの事例をヒントに、観光新時代に向けては、「地域特有のものを、観光と融合していくことが大切。そのためには、観光の形を変化させていくことが、今後求められるのではないか」との見解が示された。
プレイスブランディングの鍵は、地域固有の価値を磨くこと
続くセッション2では、Saffron Brand Consultants(本社:スペイン、以下サフラン)から エグゼクティブディレクターで戦略、マーケティング、経営企画担当Ben Knapp、ストラテジスト兼リージョン担当の川上真緒をゲストに招き、都市や地域の戦略的ブランディング支援に活用されている、彼らの独自メソッドである「プレイスブランディング」を紹介した。
さらに、TBWA HAKUHODO Head of Innovationの米澤香子 、artless Inc.代表ブランディングディレクターでアーティストの川上シュン、伏谷とともに、世界に伝えるための地域ブランディングについて議論した。
プレイスブランディングに欠かせない要素となるのが、「Authenticity(本物らしさ=偽りのない姿)」「Relevance(関連性=ニーズがあるものを提供する)」「Differentiation(差別化)」の3点だ。
サフランでは毎年、CBB(City Brand Barometer)と呼ばれる、各国の都市をブランド力が高い順にランキングした独自の調査を実施。この結果を参考に、プレイスブランディングを進めている。 2022年の調査では東京が1位だったが、これは15年間の調査で初めてのことだという。さらに京都と大阪が11〜20位にランクインしており、日本は上位20位に3都市が入った唯一の国であることが報告された。
ポーランドをはじめ、さまざまな都市でプレイスブランディングを手掛けてきたサフラン。事例をもとに、「観光客のために『何でもある』場所にしようとすると、個性が失われてしまう。その地域がもつ特長を引き出し、PRしていくことが重要になる」と、knappは話す。 観光の目的やスタイルが多様化している今、「地域はさまざまなニーズに応えられる可能性を秘めている」と、セッションは白熱したものになった。
これからの観光を考えるうえで、地域固有の価値を見いだす「プレイスブランディング」に寄せられる期待は大きい。
当事者目線をいかして誰もがアクセシブルな社会を
セッション3では、本機構のアドバイザリーボードでNPO法人アクセシブル・ラボ代表理事の大塚訓平を司会に、パラリンピアンで日本パラリンピック委員会運営委員、日本オリンピック委員会理事の田口亜希、日本財団特定事業部インクルージョン推進チームの内山英里子、NPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンター事務局長の野口あゆみ3人をゲストに迎え、「アクセシブルな世界でしかできないこと」をテーマに、現状の課題や今後の展望を語った。
車いすユーザーである田口は、パラリンピックでの自身の体験をもとに、バリアフリーの課題や改善事例を紹介。日本の高齢化と働き手の減少を見据えて「障がいの有無ではなく、誰もがアクセス可能な社会を、先取りして作っていくことが大切ではないか」と話す。
アクセシビリティを実現する際の課題の一つには、障がい者の「就労」が挙げられる。 そこで内田から共有されたのが、2020〜2022年に日本財団が行った、さまざまな種別の障がい者がリモートで一緒に働くという雇用推進の取り組み事例と成果だ。
自身もまた車いすユーザーである大塚は、過去の経験から「中小企業では、障がい者を雇用するための財源やノウハウを持っていないことが多い。大企業が積極的にこのような事例を情報提供し、けん引していくことが重要だ」と話す。 また働く際を含め、障がい者が日常生活で「行きたいところへ行く」ことができる重要性についても話は及んだ。
そこで野口から、伊勢神宮参拝のバリアフリー化の取組を紹介。車いすユーザーの参拝者数が年々増加し、結果的に参拝者総数も増えていることから、バリアフリーの推進によるいい影響の広がりが示された。 登壇者の話に共通したのは、当事者目線を活用する大切さである。当事者側から伝えること、それを周囲が受け止めることで、アクセシブルな世界が広がっていくのだ。
SNSと結びつき、ますます多様化する旅のスタイル
先のセッションでも語られていたが、観光の形はコロナ禍を経て大きく変化した。かつて主流であったマスツーリズムから、個人のスタイルに合わせた旅へと、多様化している。こうした変化に影響を与えている一因が、デジタルネイティブであり、SNSの発達とともに生きてきた「Z世代」と呼ばれる人たちだ。
セッション4では、本機構の理事を務める日本政府観光局デジタル戦略アドバイザーの牧野友衛を司会に、Z世代から海洋環境問題に取り組むNPO法人UMINARI代表理事兼CEOの伊達敬信、F STUDENT MARKETERS(Z世代を中心とした若者マーケター集団)の千田くれあをゲストに迎えた。
千田による「Z世代の旅行に関する意識調査結果」のレポートをもとに、未来のバトンを受ける彼らの目線から、「Z世代が牽引する観光の未来」について議論が交わされた。 その中で特に注目を集めたのが、Z世代による、旅行の計画から予約までのフローである。これまで主流だった旅行代理店に頼らず、インターネットで無駄なく、ほしい情報だけを自分で集約していくスタイルが浮き彫りになったのだ。 セッションを通じて、今後、観光の未来を考えるうえで、Z世代がどのように考え、行動しているかを理解する重要性がシェアされた。
テキスト:秋紗