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野方駅を降りて商店街を進むと、終戦後すぐに栄えた闇市のバラック建築を思わせる、野方文化マーケットがある。ほの暗い通路の先の商店の一角を見通すと、突如としてとある女性の部屋が目の前に現れる。
古着の持つストーリーに思いをはせる
店主の武市美菜による自室のワンルームをコンセプトにした古着屋、ノスタルジック 君は止まらないは2020年3月15日にオープンし、今年の3月6日にリニューアルオープンした。店内には、洋服ダンスと服、かばん、おもちゃ、冷蔵庫、ベッド、つるされた洗濯物のランジェリーなどがあるほか、レディース、メンズの古着が部屋さながらにかけてある。店にあるものは全て販売しており、よほど大きな什器(じゅうき)以外は求めさえすれば購入できるという。
レディースは武市の好みで集められた私物が並ぶ。ワンルームの自室というコンセプトと地続きの商品展開である。メンズの商品は架空の恋人を設定し、2シーズンごとに代わる「彼」のストーリーに基づくコレクションを展開。筆者が訪問した時の彼は「Tomo」という男性。アニメーション会社の社長で、スーツを着ないことが信条の、幼少期におもちゃ屋さんになることが夢だった男という設定だ。店にはカジュアルな男物とカラフルなおもちゃが多く並んでいた。ストーリーのおかげか、メンズの方が売れ行きがいいとのこと。
この店で商品を購入すると、まるで思い出のアルバムに収められた一枚の写真のような、武市と彼の間で育まれた「プライベートなもの」を入手する感覚を覚えてしまう。
「古着が好きな理由は、元の持ち主の温かみや気持ちが感じられるところです」と武市は語る。古着やアンティークといった古物の経年劣化や、それが製造された時代の雰囲気、ストーリーを読み取ることができるからだろう。
ノスタルジック 君は止まらないという店名は、物が持つ時間の超越性を表している。時間に縛られ、いつか死んでしまう人間よりも長く存在し、過去のストーリーを伝える存在、それが「もの」である。この店ではそのストーリーを感じる「もの」を吟味できるのだ。
とにかく自分の状況を形にせずにはいられなかった
なぜ自室のワンルームの様な古着屋なのか尋ねると「とにかく、自分の状況を形にせずにはいられなかったのです」と武市。「産まれて気付いたときには周囲の環境と自分との間に違和感があって、29歳になる年についに自分の人生に耐えられなくなり、30歳の時に、無我夢中で店を作りました。自室を再現して公に見せることが何かしらのメッセージにはなることはない、ということは今になれば理解できるのですが、その時の私は辛さを言葉で訴える代わりに部屋を作ることを選んだのです」と当時の思いを語る。
リニューアルオープンの大きな変更点は、古着のほかに「アーティスト支援プロジェクト」と称したアート作品も並んでいることだ。これは、気鋭の美術作家の作品を展示し、その魅力を伝えていくことで美術を楽しむ土壌を築いていくことを目的としたもの。現在は絵画が中心だが、今後はそれ以外のアーティストも取り上げていくという。
「誰も頑張っていないような雰囲気が野方の魅力」と武市は言う。「そんな野方という町そのものをブランディングしていきたいです」と今後の意気込みを語った。野方文化マーケットは、コロナ禍にもかかわらず、同店以外にもユニークなショップが続々とオープンしている。カルチャーエリアと化していく野方からますます目が離せない。
営業時間は変更の可能性があるので、訪れる際には公式SNSで確認してほしい。
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