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静かになった? イギリス音楽フェスでの「音体験」が変化

「低音重視」が音量や騒音に及ぼす問題とは

Chiara Wilkinson
テキスト:
Chiara Wilkinson
翻訳::
Time Out Tokyo Editors
A collage of a festival campsite and a "quiet" emoji face
Photograph: Shutterstock / Time Out
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2022年夏はジャズ、テクノ、インディーズ、ポップス、ドラムンベースなど、あらゆるジャンルの「音楽フェス」が開催された。何時間も踊り、声を枯らすまで騒いだ人も多かっただろう。しかし、フェスに行った人たちからは次のような声が聞こえてきた。

「(楽しかったけど)でも、音は最高じゃなかったよ」(あるベテランレイバー)
「ちゃんと聞こえなかった」(フェス参加者)

「Bradley ZeroのDJセットでは、低音が出ていなかった」(別のフェス参加者) 

こうした状況は、1日券に60ポンド(約1万0,460円)以上払ったフェスで経験したいことではなかったはずだ。

本来したかったのは、体の隅々まで届く「808サウンド」と骨まで響くキックドラムを感じながら、群衆の中にいる仲間とは読唇術でやりとりし、ある種の「モダンダンスでふざけること。欲しかったのは、キャンプ場でのたばこと寝不足で痛めた喉から出る、かすれ声で歌う自分の声をかき消してくれるアーティストたちのパワフルな「音」だったはずだ。

しかし、我々がこれまで以上に素晴らしいナイトアウトを必要としている時に、フェスでは本当に音量が下がっているのだろうか。その道のエキスパートたちに話を聞いた。

「一般的に言って、音楽フェスは絶対に静かになっていると思う」と、エディンバラのDJで熱心なフェス参加者であるピーター・ゴダードはこう切り出し、次のように続けた。

「地域の法律に合わせて、音量を許容範囲内に抑えようとしているためだと思われます。また、これは素晴らしいことですが、観客が自身が聴く音をより意識するようになったことも要因の一つではないかと……。しかし、多くの人がフェスへ行く際、積極的に耳栓を持参しているという事実もあります。これは各フェスの主催者がこれまでより音を抑えている理由と何か関係があるかもしれません」

ブライトンを拠点に活動するサイケデリックインディーズバンド、ĠENNのドラマーであるソフィー・ローザ・クーパーは「私はかなりの数のフェスに参加し、演奏していますが、総合的なフェスのほとんどは2つのパターンに分かれます。サウンドがすごくいいイベントか、ガレージで演奏しているように聞こえるもの。つまり、当たり外れが大きいんです」

Glastonbury Pyramid stage
Photograph: ShutterstockPyramid Stage | Glastonbury Festival

グッドバイブレーション

明らかに何かがおかしい。このことを音の専門家であるマシュー・トゥースに尋ねると、次のように教えてくれた。彼は、「グラストンベリー」や「シャンバラ」「ブリストル・プライド」といった大規模な音楽フェスティバルを手がける制作会社「GMC Events」の最高経営責任者(CEO)を務めている。

「技術的な側面から見ると、一般的にイベントに課される音の制限は(ここ5〜10年)変わっていません。変わったのは、音質に何を期待するかという、お客さんの姿勢だと思います。地方で開催されるエレクトロニック系フェスやそこに参加する層を見ていると、低音がしっかり効いていないと、『音がいい』とはみなされない傾向にあるようです」

一方、「グラストンベリー」のピラミッドステージなどの音響レベルの規制に取り組んでいる「F1 Acoustics」では、地元当局と協力してイベントの騒音規制を管理している。

「フェスの音が小さくなっているように感じるのは、最近流行している音楽のスタイルと関係があるのかもしれません」と、語るのは同社のディレクターであるロバート・ミラー。「テクノやEDMのような低音中心の音楽が増えました。会場で測定している音のレベルは変わっていないのですが、波長の長い音楽が多くなっているので、その場で聞いている人には静かに感じられるかもしれません。結局のところ、実際の数値よりも、認識の問題なのでしょう」

イギリスの公式な騒音防止ガイダンス(「ポップコード」として知られる)は1995年から存在しているが、ミラーによるとその更新が必要だという。「現在、業界関係者のグループによって新しい文書が作成されており、より低周波のためのガイダンスを取り入れ、今の時代に合わせアップデートしようとしています」

レイヴカルチャーの着実な商業化と、飢えたレイヴァー世代に応えるように、近年、ダンスやクラブを中心とした音楽フェスの数は急増している。これらが開催される屋外会場で観客が期待しているサウンドは、天井の低いクラブや汗臭いウェアハウスで聴き慣れたのと同じようなものだ。しかし、それを再現するのは不可能ではないにしろ、非常に難しい。

同時に、フェスの規模も大きくなっている。例えば2万人以上の観客がいる会場では、ディレイスピーカーや前方に積まれたスピーカーから離れた場所では、ほかの人と「音体験」が違ってくるのだ。

とはいえ、技術は飛躍的に進歩している。トゥースは「サウンドマッピング(音波を利用して観客の間で音の分布を均等にする試み)は、5~10年前よりはるかに良くなっています。そのマップをもとにスピーカーを調整すれば、音が良い場所と調整が必要な場所を視覚的に表現することができるのです」と説明する。

「ブームタウン・フェア」や「ワイアレス・フェスティバル」などに関わってきたスピーカーメーカーd&b audiotechnikに勤めるスティーブ・ジョーンズも、音質は「間違いなく」向上していると話す。

「しかし、必ずしも変わっていないのは(フェスの)予算で、テクノロジーを最良の形で導入するには十分でないことが多いんです」と彼は付け加えた。

Wireless Festival, Finsbury Park
Photograph: WirelessWireless Festival, Finsbury Park

低音との戦い

低音が鳴り響くサウンドが好きな人は多いかもしれないが、全ての人がパーティーを楽しんでいるわけではない。低音域の強い音楽は、ほかのジャンルに比べて低周波が遠くまで伝わるため、フェスやイベントが開催される地域の住民に与える影響が大きく、地元当局にとって懸念案件となっているのだ。

「バンドはおそらく高い周波数で演奏するので、それほど遠くまで音が届くことはないでしょう。そのため、夜、寝室にいるとベースのビートは聞こえても、その上に乗っているギターの音は聞こえないということが起こることもあるんです」と、トゥースは言う。そう、これは物理学の授業に出てきそうな話なのである。

「フェスの音量が大きくなっていると感じる住民がいるのは分かります。それは、近年の音楽がより反復的になり、低周波の再生に優れたサウンドシステムを使用するようになったからだと思います。また、一つの会場で行われるイベントの数が多くなり、累積的な影響が出ることもあるでしょう」とミラーは指摘する。

確かに、ロンドン北部のフィンズベリー・パークでは、2023年7月と8月にある9回のうちの4回の週末で、大規模なコンサートや音楽フェスが開催される。

「地元の人々は、1年のうち数カ月間、主に最も気持ちのいい季節に公園が利用できなくなるという好ましくない状況に直面しています」と、懸念を示すのは、同パークの騒音問題に取り組んでいるキャンペーングループ「The Friends of Finsbury Park」の共同代表であるベサニー・アンダーソンだ。「その上さらに、騒音公害があるのですから」と彼女は訴える。

「音の振動は住民、特にパークに一番近いフラット(集合住宅)の住民の精神衛生に大きな影響を及ぼします。小さなイベントでも、大音量のサウンドシステムは使われます。騒音が1マイル(約1.6 キロメートル)先まで聞こえているとの報告もあるのです。最も影響を受けているのはセブンシスターズのフラットで、振動で揺れているそうです」

2015年にベルファストでエレクトロニック音楽が中心のフェス「AVA」を始めたサラ・マクブリアは、これまでの苦情についてこう振り返る。

「(始めた頃は、イベントに)苦情が来ることは、ほとんどありませんでした。しかし、この会場がコンサートに使われることが多くなると、住民がライブの音を頻繁に耳にすることに少し疲れたのか、苦情が増えてきたのです

トゥースは「騒音の苦情はなくなりません」と言う。特にフェスが近隣の交通騒音とバッティングする都市部では、問題が大きい。「私たちは、地元当局が課した制限の範囲内に収まっていることを確認しています。その設定は、かなり妥当なものといえるでしょう。しかし、一般的に人が増えていて、都市部はかなり密集していることが分かってきました」

フェスでは通常、イベント中の音量を制限内に収めるために、専門のチームが目を光らせているという。

ウォルトン・オン・トレントで行われるヘビーメタルのフェス「ブラッドストック・オープン・エア」の共同ディレクター、アダム・グレゴリーは、「私たちのジャンルは、音が大きいことで知られています。私たちはサウンドモニターチームを編成し、あらかじめ設定されたテストポイントを車で回り、常に音量を監視することを仕事としています。また、問題が発生した時のフォローとして、24時間対応のホットラインを設けています」

AVA Festival
Photograph: Hype DroneAVA Festival

空気中の何か

しかし、どんなに計画を立てても、主催者の手に負えないこともある。それは、天候だ。

2023年は、40度もの暑さなど前例のないほどの気温に見舞われ、残念ながら『音爆弾』と呼ばれる現象が起こりました。風も雲もなかったので、音が特定の方向に向かわず、文字通り爆発してあちこちに跳ね返ったのです。この23年間では初めて起こりました」とグレゴリーは言う。気候危機による地球の気温上昇に伴い、この問題は悪化の一途をたどる可能性がある。

すでにいくつかの音楽フェスでは、干ばつや鉄砲水など、さまざまな異常気象に備えるための投資を増やしているという。

フェスを訪れる人々にとって、今が最も楽観的な時期とは言えないかもしれないが、地球が炎に包まれる前に、音楽やダンスを楽しめるのはありがたいことだ。

ジャンルによって「錯覚」があったようだが、ほとんどのフェスは静かになっていなかった。だから、これからも楽しめる。しゃがれ声で思いっ切り歌い、ひどい踊りではしゃぎまくろう。

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