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日本のソウルに酔いしれて、向島の民謡酒場「栄翠」

山塚りきまるの東京散歩#8:花街に佇む情緒たっぷりの酒場

Mari Hiratsuka
Rikimaru Yamatsuka
編集:
Mari Hiratsuka
テキスト::
Rikimaru Yamatsuka
栄翠
Photo:Kisa Toyoshima栄翠
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向島の民謡酒場「栄翠」に行ってきた。毎週土曜日にしかやっていない店だそうで、普段は民謡喫茶とか民謡教室とか地域にコミットしたイヴェントをやっているのだという。「ふ~ん。ハコバンみたいな感じでリクエストした民謡をやってくれて、土曜の晩にそれ聴きながらしみじみお酒飲む的な? 「オモロ」などと思っていたのだが、実際は『オモロ』どころの騒ぎではなかった。マジでめっっっっっちゃくちゃ面白かった。

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Photo:Kisa Toyoshima入り口も渋い

親戚の集まりを彷彿とさせるムード  

オープン時刻の5時半に店内へと入り、情緒たっぷりの座敷へと上がると間もなく、常連と思しき客がぞろぞろと列を成してやってきたのだけれども、たいへん失礼ながら「オッチャン」「オバチャン」と形容するのが最もしっくりくるルックスで、しかも全員が全員『良い顔』をしている。

オバチャンたちはかなり仲睦まじげで、「こないだ中村さんと新小岩のカラオケ行ってきたのよ~」みたいな会話で盛り上がりつつ、ゴディバのチョコを客全員に配っていたりしていた。フレンドリーというよりもはやファミリー、なんという『親戚の集まり感』であろうか。気がつくと僕は、最近スマホデビューしたばかりという婦人にLINEの使い方を教えていた。

栄翠
Photo:Kisa Toyoshima栄翠

で、せっかくなので瓶ビールなど飲もうかな、と思ったのだがメニューがどこにも見当たらない。店主の息子に尋ねると「あ~、メニュー書き直し中なんですよ~。まあ基本的には大体ある感じです」という頼もしい回答が得られた。

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Photo:Kisa Toyoshima店主の印南幸紀

話を聞いたところ、日本民謡協会の広報部長をやっているそうで、浅草公会堂で「民謡フェス」なども企画しているとのことだった。常連客たちは、北海道から沖縄までいろんな地域の民謡をレパートリーに持つセミプロの方々なのだそうだ。今日はこの全員が歌うのだという。ちょうど大会が近くあるため、練習に来てる人もいるとか。秋には全国大会も控えているらしい。  

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Photo:Kisa Toyoshima日本民謡協会の監事を務める佐藤渓峰(右)

やがて、みんなから「先生」と呼ばれているスーツ姿の男性が現れた。日本民謡協会の相談役を務めている重鎮らしい。ちなみに今日は歌うつもりで来たのではなく、酒を飲みながら『40年前、私は民謡の全国大会に出て武道館で歌い、日本一になった』という、すごすぎて想像すらできないレガシーを語ってくれた。  

ライヴ・イン・ムコウジマ  

18時を過ぎた頃、ついにそのときはやってきた。店主が尺八を持って舞台へ上がり、小柄な高齢女性が後へと続く。店主が「秋田の民謡 秋田草刈り歌です」と告げると、歌と演奏がはじまった。優雅に宙を旋回するような尺八の音色と、スコーンと抜けてゆく明瞭で力強い歌が響きわたる。それは大きくゆっくりと揺れるようなトリップ感があり、それでいて全てを笑い飛ばすようなポジティヴなパワーがあった。

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Photo:Kisa Toyoshima栄翠

音楽的には違うが、肌感としてはブルーズに似ている気がした。民謡の歌詞というのは「労働のつらい気持ちを紛らわすための愚痴」だとか「酒席の恋愛模様」を描いたものが多いらしいのだが、それもまさにブルーズ的である。演歌が日本の心だというのなら、民謡は日本のソウルだと思った。手垢にまみれた前時代的な表現だが、自分は日本人なんだなぁとしみじみ思った。

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Photo:Kisa Toyoshima店内の様子

だもんで『フォーーウ!!』というパリピ系の合いの手が入ってきたときはさすがに驚いた。まったく盛っていない、本当に『フォーーウ!!』なのだ。しかもこのタイミングで入ってくるんだと思うような、すごいポイントで入ってくるのだ。やはり明治維新以前の音楽はヤバい。あらためて自分の耳が、平均律とか4分の4拍子といった西洋の音楽理論に支配されているかを気づかされる。  

色気のある変拍子  

それからも怒涛の勢いで楽曲は続いた。茨城の『宿場酒歌』、愛知の『花祭』など、途中から店主の息子が三味線を持って伴奏に加わる。卓上の酒はどんどん飲み干されてゆき、合いの手や合唱や手拍子の音が大きくなって、グルーヴが次第に濃く深く渦巻いてゆく。「お兄ちゃん、飲みそうな顔してるなァ」とか言ってオバチャンが瓶ビールやらワインやらを奢ってくれるものだから、気づけば結構ベロベロ。

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Photo:Kisa Toyoshima

常連客が太鼓をたたき出すと、店内はまるでジャムセッションの様相を呈してきた。この太鼓がこれまたすごくて、この打点で入れるんだ、と思うようなちょっとギョッとするタイム感なのである。歌の端々で跳ねるゆらいだリズムがとても格好いいし、色気がある。民謡は労働現場や酒席で即興的に生まれたものが多いため、こういう変拍子のものが多いのだそうだ。

そうして歌い終わるとお互いにハグしたりなんかして、「最高~」とか言ったりしている。  

スタア登場  

そんなこんなで店内は大フィーバー、ヒートアップした民の要望に応えて「今日は歌うつもりじゃない」といっていた先生が舞台へと上がると、熱狂は最高潮。尺八&三味線&太鼓のセッションをバックに「40年前、私は民謡の全国大会に出て武道館で歌い、日本一になったのです」というMCをするその姿は、70年代のソウルシンガーのようだった。

栄翠
Photo:Kisa Toyoshima

「この曲はね、掛け声が『よしたや』なんですけれども、ひょっとしたら私も歌うのをよした方がいいかも」というFUNKYなギャグの後、ついに歌い出した。

……うまい! 先生の歌めっちゃいい!

武道館で歌って日本一になっただけのことはある! けどベロベロすぎて歌詞を思いっきり飛ばしてる! そして常連客たちがそれを合唱でカバー! オアシスのライヴみたい!  

そうして歌い終え、「85歳だから見逃してください」といって頭を下げると、店内は拍手に満ちた。僕はもはや完全にこの店のトリコになっていた。しびれまくっていた。濃厚なダシのきいた、土着的ピースマインド・グルーヴに。  

この原稿を書くに当たって少し民謡について調べてみたのだが、ある郷土史者による民謡の考察がとても良かった。『我々の先祖は、悲しみや苦しみをそのままの言葉では表現しなかった』。全てを笑い飛ばすエネルギーというのは、つまりそういうことなのだろう。  

また、いつかの土曜日に遊びに行こうと思う。いろんな国の人と一緒に出かけてみたい。どういう反応を示すのか、とても興味がある。

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