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私はマイケル・ケインの映画とともに育った。「ズール戦争」「国際諜報用字秘密情報局」「遠すぎた橋」「王になろうとした男」「ハンナとその姉妹」「リタと大学教授」、そして「ミニミニ大作戦」。大学では「狙撃者」をVHSが擦り切れるまで観たものだ。
良い作品も悪い作品も、全て好きである。ケインの作品を前にすると、私の批評能力は冷え切ってしまうほどだ。特に「勝利への脱出」は、素人には出演者全員が演技に不慣れなように見えるかもしれないが、誤解された傑作だと主張したい。あなたの人生にも、そんな俳優がいるのではないだろうか。私にとってそれがケインで、彼が出演した映画の数々だ。
「憧れるヒーローには決して会うな」というが、私は彼に2回ほどインタビューをしたことがある。愉快で、遊び心たっぷり、チャーミングでありながらも自意識過剰であった。そして俳優活動を開始して半世紀がたった今でも、彼の人生がもたらしたものとは何かを、自らに問いかけているようだった。
最初のインタビューはクライムアクション映画「狼たちの処刑台」のプロモーションのためのものだった。その日はちょうどインタビューを行ったホテルで、映画「アントラージュ★オレたちのハリウッド」のプレスが行われていた。
そのことをケインに話すと、「何それ?」と尋ねてくるので、「HBOの番組で新進俳優がハリウッドで仲間たちとつるみながら、モデルたちとデートする話だよ」と説明した。ニヤニヤと思い出にふけりながら「そうそう知ってるよ、若い頃を思い出すなあ」とコメントしたケインの顔が、今でも忘れられない。
小生意気なコックニーとして、または1960年代のスウィンギングの申し子として知られる彼は、オスカーに6回ノミネート。素晴らしい俳優であることは、多くの人が認めている。しかし最新作であり、最後の出演作となった「The Great Escaper(原題)」は、まったくもって不愉快な作品だ。
ケインは、2023年に亡くなったグレンダ・ジャクソン演じるアイリーンの相手役の退役軍人を演じた。荒波を生き抜いた夫婦を題材にした本作は、イギリス映画の一つの時代に幕が下されるのを感じさせるような作品だ。ついにこの時代が終わったと思うと、感慨深いものである。
ここでは時代の終わりを記念して、ケインが登場する私のお気に入りの名シーン(セリフ)を紹介しよう。
「タンジェリンサイズのルビー」/「ダークナイト」( 2008年)
彼のキャリア後期の活躍は実に楽しいものだ。イギリス人監督クリストファー・ノーランによる映画「バットマン」3部作で演じたバットマンの執事、アルフレッド・ペニーワースは最高の表現である。
ブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)の敵、ジョーカーの本性を警告する不朽の名ぜりふ「世界が燃えるのを見たいだけの男もいるんだ」。そして、「ある日、子どもがタンジェリンサイズのルビーで遊んでいるのを見た」という台詞の中の 「タンジェリン(ミカン)」 という言葉に込められた重厚な雰囲気は、私にとってはオールタイマーだ。
「もう少し厳しいことをやってみなければならないね」/「 ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ」(1988年)
「ケインがコメディーをやらない」というのは正確ではない。本作は、スティーヴ・マーティン演じるアメリカ人の詐欺師フレディ・ベンソンと、ケインが演じる地元のサギ師ローレンス・ジェイミソンの2人が、大資産家の女相続人(グレン・ヘッドリー)から金をだまし取ろうとするという痛快コメディー。彼の数少ない純粋なコメディへの出演作であり、とても楽しい映画だ。
私のお気に入りのシーンは、ベンソンが女性のハートを射止めるために半身不随の戦争のヒーローのふりをするシーン。ジェイミソンがドクターとして登場し、ベンソンのけがの程度を確認する。彼の足をくすぐった後で、こう言うのだ。「もう少し厳しいことをやってみなければならないね」。
「彼を常に風下に置いておくことをすすめるよ」/鷲は舞いおりた(1976年)
ドナルド・サザーランド、ジェニー・アガター、ラリー・ハグマン(!)、ロバート・デュバルといった豪華キャストが出演しているにもかかわらず、「鷲は舞いおりた」はすぐに「クライテリオン・コレクション」(歴史的に重要な作品を扱う、アメリカの映画配給会社)に収録されることはないだろう。
そして、本作でドイツ空軍のイギリス人、クルト・シュタイナーを演じたケインの演技は、オスカー受賞を増やすことはなかった。しかし、逃げ惑うユダヤ人少女を守るためにナチスの殺人将軍と対決する彼の正義の怒りが大好きだ。「彼は、時々側溝で靴にくっついた何かを私に思い出させる、暑い日にはとても不快だ」。これほど痛烈な侮辱はほかにないだろう。
「今までに味わったことのない最高の料理を作ってあげよう」/国際諜報局(1965年)
シドニー・J・フューリー監督の、今もなお衝撃的なスパイスリラー作品「国際諜報局」。本作では、ケイン演じる倦怠(けんたい)期のスパイ、ハリー・パーマーが、地元のスーパーマーケットでカートを押しながら、家庭料理のディナーを約束して女の子を感激させるシーンがある。
私の記憶ではこのシーンでハリーは、マッシュルームとトマトの缶詰を買ったはずだ。1965年当時、男が夕食を作ることは基本的に革命的な行為。ケインが演じたパーマーの象徴的なキャラクターが、そのバリケードを破壊したと言えるだろう。
「君は大男だが、調子が悪い。僕とはフルタイムの仕事だ、行儀よくしろ」/狙撃者(1971年)
私がこれまで観た中で、最も殺伐とした映画の一つであるのが「狙撃者」。これは彼にとって勇気あるキャリア選択だったと言える。ケイン演じる復讐に燃えるロンドンのギャング、ジャック・カーターには、サイコパス的なかっこよさがある。
殴られた仲間に「空手を習いなさい」と言うのと並んで、カーターが悪徳実業家、クリフ・ブランボーを平手打ちするシーンは必見。記憶に残る悪役を演じることにキャリアを費やすことができたという、説得力のある主張だ。帰り際の「おやすみ、ブランボー夫人」は象徴的なシーンでもある。
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