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「一水寮」は、神楽坂駅近くの住宅街にひそむ昭和期の名建築である。地元の建築家、故・高橋博が1951(昭和26)年に出入りの大工たちのために建てた木造2階建ての寮で、広く切った窓、縦ラインを強調した窓柵、年月を経たトタン板の風合いが相まって、独特の風格を漂わせている。
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2013(平成28)年、登録有形文化財に指定。切妻屋根が美しい隣の母屋も同じく登録有形文化財となった。現在一水寮は、高橋の孫に当たるオーナーの鈴木歩によるプロデュースのもと、隣接する棟とともに複数の店舗と事務所が入居し、多目的に使用されている。
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さらに同寮には、敷地内の裏庭に「柿の木荘」という建物がある。入り口脇の柿の木に由来するここは、1966年に賃貸アパートとして建てられ、2016年からは主に「アーティスト・イン・レジデンス」の滞在施設として使用されてきた。
だが、コロナ禍の影響のため現状での存続が難しくなったことから、1階、2階半分を賃貸スペース、2階半分を現行の滞在施設として残す改修工事を実施。建物の外観や、手すりの美しい屋内階段などは残しつつ、柱の補強なども行い、アトリエやスタジオ向きの開放的な空間に生まれ変わった。
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1階には新店舗が入居予定。さらに今回、このめったにないタイミングを使って、改修「前/後」にまつわる展覧会 「メディウムとディメンション:Liminal」が、2022年9月27日(火)まで開かれている。一水寮ともども、昭和の面影を濃厚に残す柿の木荘の改修に伴い、さまざまな形で時間と空間にアプローチするというものだ。
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アパート時代に部屋数が12あったことにちなみ、同展をキュレーションした美術評論家である中尾拓哉の元に、選ばれた磯谷博史、長田奈緒、鎌田友介、佐々木耕太、鈴木のぞみ、髙田安規子・政子、玉山拓郎、津田道子、平川紀道、平田尚也、古橋まどか、山根一晃の12組の現代アート作家が参加する。
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柿の木荘に残されていた引き出しやほうきを立体作品に仕立てた髙田安規子・政子。部屋の番号札や、柱に貼ってあった切手を原寸の立体作品として作り直し、気付かれないほどさりげなく展示する長田奈緒。その部屋にかつてあった風景を、室内に配置した映像で残響のように漂わせる津田道子の作品など、改修中の非日常と日常が入り交じる建物内の随所に仕掛けられた多彩な展示が並ぶ。
観賞時に渡される詳細なガイドブックを参考にじっくりと堪能してほしい。
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ガイドブックのステートメントでは、同展を次のように紹介している。
「和製英語である『アパート』は一つの建物の中に別々に住まいがある住居を指し、本来の語である『Apartment』もまた『apart』、すなわち『(時間・空間的に)離れて』という意と無関係ではない。複数人の住まいとして同じ/別々の日常を繰り返してきた建物に存在した時間と空間を行き来しながら、その内部と外部へ複層的に時間と空間を結んでいく/解いていくこと。本展は、私たちのすぐそばにある『消えていくもの』と『現れてくるもの』、そして『変わるもの』と『変わらないもの』の間にある『Liminal(境界的)』な状態から現在をとらえ直し、新たな次元、あるいはそれぞれの時間と空間の中に足を踏み入れていく試みです」(ガイドブックから引用)
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観覧料は500円(税込み)。開場時間は11〜18時(最終入場は閉館の30分前まで)で、水・木曜日は休館する。一水寮はオープン(不定期)している店のみ入場可能。隣の母屋は個人宅のため内部の見学はできないので、注意してほしい。
会場となる柿の木荘の歴史や、かつての息吹を作品に取り込みつつ、変化する空間で、過去と現在についてとらえ直してみる試み。アートを通して神楽坂の時代の節目に立ち会える希少な体験をしてみては。
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