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中野といえば「サブカルの聖地」、またはディープな飲み屋街として有名だが、隣の東中野から南へ足を延ばすせば、閑静な住宅街が広がっている。その住宅街に能楽堂があることを知っているだろうか。東中野と中野坂上の中間に、「梅若能楽学院会館」はある。
隣接するカフェバー「なかなかの」では、能の鑑賞体験にインスピレーションを受けて企画された展覧会「ケからZ ー能楽、風景、観光ー」が2024年9月14日(土)まで開催中だ。「能楽」と聞いて身構える必要は全くない。会場で手渡されるハンドアウトのテキストには、こうある。
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「能は、現実世界と同じように、目の前で起こっていることを様々な観点から愉しみ、眺めることができます。能は上演開始の合図などが明確にあるわけではなく、お調べから徐々に演者が出揃い、おだやかに始まります。これは上演される世界と、わたしたちが生きる日常世界が、実は地続きであるということを示しています。コップの中の炭酸の気泡を眺めること、回っている洗濯機の中をずっと見ること、散歩している時に移ろっていく景色を見ること、森の中で木がざわざわしているのを眺めることと同じように、能を観た時に感じるもの、思い浮かべることは自由でいいのです」(原文ママ)
能は「この世ならざるものと出会う芸能である」といわれている。この世ならざるものが現れる世界は私たちの日常とつながっていて、自由に観て感じてよい。では、これを東中野という街に適用してみよう、という試みだ。
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展覧会は、4人のディレクターと3人のコラボレーターによるツアー、および記録展示によって構成されている。ここではコラボレーターの一人、速水一樹(はやみず・かずき)による作品『Chill bomb』と、そのツアー「山手通りの夜景をちょっとだけ高みから眺めてみる」を紹介したい。
速水は1996年生まれ。ルールや偶然性を表現に取り入れ、「遊び」の要素をもってして様々な空間に展開する作品を制作している。日常の中で見つけた物や空間が持つ秩序に、表現手段としての人為が介入することで立ち現れる「かたち」としての面白さを追求しているアーティストだ。
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展示作品『Chill bomb』は、文字通り「チル」するための装置だ。プールの監視台やテニスの審判台のような高さに設けられた椅子に、祭りの山車からヒントを得たキャスターや担ぎ棒が付いている。これを観たい景色のある地点まで運び、腰掛けて景色を眺める。期間中の展示はそのチルの記録を読み解いて行く形式だが、ツアーでは実際に『Chill bomb』を動かし、座って街を眺めることができた。
2メートル近く高さのある造作のため、動かすために最低でも5人は必要だ。まさに山車のように、参加者で協力してチルポイントまで運んで行く。ただキャスター付きの高い椅子を押して運ぶだけなのだが、それなりにボリュームがあり、動かすのにもコツがいる。そして、協力しながらでないと運べないとなると、次第に生まれてくるのが連帯感だ。何だか高揚感も湧いてくる。
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最初は自分の座る順番が来ても遠慮がちに早々と降りていたのが、後半になるにつれツアー参加者とも何となく信頼関係もでき、椅子の上で飲み物を飲んでしっかり休憩できるようになってくる。
椅子の上からは、坂道だったこともあって東京の街並みが遠くまでよく見渡せる。だがそれよりも、椅子を降りてから気付かされる視線の違いに驚く。生い茂る植栽や、中央分離帯が目に飛び込んでくる。「こんなのあったっけ?」と。
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筆者は、速水の基礎造形の探求に基づく立体造形自体と、それが置かれる空間の組み合わせの面白さに惹かれて何度か作品を観ているのだが、今回の作品では造形も空間も選定されない。『Chill bomb』をただ移動させているうちに、参加者たちの身体は「普通に見える風景」が「普通とは違って見える」ようになる。
この「普通とは違って見える」というのは、高層ビルなどから街並みを見下ろすことで、全く異なるものに見えるということとも異なる。このテキストを書きながら、車道を川に、歩行者を鳥の群れに、街灯を星に見立ててみたりしたのだが、どうも違う。ビルからでも、そのように見える。
『Chill bomb』の場合、そこまでの高さはないから、自動車は自動車だし、人は人、街灯は無機質に街を照らしている。いつも通りのはずだけど、ほんの少し見え方が違うというだけ。それなのに、見えないものが見えてくる不思議な体験だ。
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残念ながら、今回のツアーは先日の一度きりで、今後は記録のみが展示されるようだ。しかし、また機会を見つけて実施するとのこと。次回の実施に期待したい。
会期中は、コラボレーターの一人である山口みいなによるツアー「身体の痕跡として地図を描く “Walkers Line”に触れる」が14日に開催予定。新たな感覚で街を散策してみてはいかがだろうか。
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