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築地本願寺でイギリスと日本が融合、最新ジャズを堪能した夜

演奏者と観客との間に生まれる一体感

Rikimaru Yamatsuka
テキスト:
Rikimaru Yamatsuka
作家
「Temple Expansions」
Photo: Keisuke Tanigawa「Temple Expansions」初日の様子
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2023年9月22日、築地本願寺で行われた「Temple Expansions」に行ってきた。現行のUKジャズシーンで注目される、Total Refreshment Centre周辺アーティストを招聘し、彼らと日本のミュージシャンとの交流をコンセプトに東京・横浜・名古屋・大阪の7会場で行われていたのだが、僕はその初日公演を観に行った。

会場に足を踏み入れた時点で、まずそのロケーションのかっこよさに驚いた。会場中央にスピーカータワーを設置、そのまわりに演奏者が輪をつくり、さらにそれを観客が取り囲んでいる。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa会場の様子

さまざまな機材が組まれ、青と紫のライトに照らされた礼拝堂はなんともミステリアスで、わくわくするようなハレの空気に満ちていた。奥に鎮座する仏壇が、また神秘性をかきたてている。ヴィジュアルだけでいえば、人生で体験したフロアライヴの中でもぶっちぎりのかっこよさだ。

築地本願寺
Photo: Keisuke Tanigawa
Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa

イギリスの旬のアーティストと日本の気鋭の音楽家が一堂に会するスペシャルな機会ということで、集まった客層も幅広く、ファッショナブルな若者から年配の貴婦人、さらには制服姿の高校生までもおり、本イヴェントの注目度の高さがうかがえた。

野心と知性、そしてショーマンシップ

トップバッターを飾ったのはNAGAN SERVER and DANCEMBLEだ。

「フジロック」や「りんご音楽祭」など野外フェスにひっぱりだこのラッパーでウッドベーシスト・NAGAN SERVER(ナガンサーバー)によるコレクティヴで、Suchmosの鍵盤奏者TAIHEI、SOIL & PIMP SESSIONSにも参加しているサキソフォニストの栗原健、新鋭ドラマーの松浦千昇、名門バークリー音大出身のJacksonという、名だたるプレイヤーたちを擁したスーパーグループである。

Temple Expansions
Photo: Keisuke TanigawaNAGAN SERVER

とまぁ知ったふうなことを書いたが、僕はこの方々は完全に初見であり、上記はすべて後日検索で得た情報だ。

彼らの音楽はひとことでいえば、いろんなダンスミュージックのエッセンスを折衷した「人力ジャジーヒップホップ」だ。と言うと「そんなバンド100万個ぐらいあるだろ」というツッコミが入りそうだが、アンビエントなど非ダンスミュージック的な質感も携えていて、野心とインテリジェンスを感じる。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa

グルーヴもコシが強くて腹筋があり、エフェクティヴなサックス、手数の多いパワフルなドラム、多彩なパーカッション、セクシーな鍵盤が流動的に混じり合い、その中をのびのびと泳ぐようにハスキーなラップが乗っかってゆくさまは、シンプルにとてもカッチョいい。しかも、時にはウッドベースを弾きながらラップするのだ! 

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawaサキソフォニストの栗原健

長尺のサックスソロやフリースタイル、ドラムとパーカッションの応酬など、ショーマンシップにあふれたパフォーマンスも随所に挟みこまれており、フロアをじゃんじゃん沸かせていた。

彼らのライヴで演者と観客が最もひとつになった瞬間は、NAGAN SERVERが「こんな場所でビール飲めるってすごいよね」と言い放った時だ。ビールを片手にした観客たちは、誰もがうなずきながら苦笑した。御多分に漏れず、バトワイザーを手にしていた僕も思わず苦笑した。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa

確かにその通り。こんなホーリーな場所で、グルーヴィーな音楽で踊り、あまつさえビールを飲んでいるのだから、「冷静に考えたらヘン」だ。冷静に考えたらヘンな状況、というのはつまりフレッシュである。フレッシュは人間を蘇生させる。フレッシュは、インプロ演奏を根幹とするジャズにおいて不可欠な要素といえるであろう。

不思議で無国籍なグッドミュージック

さて続いては、King Gnu常田大希が主宰する音楽プロジェクトmillennium paradeのボーカルも務めるermhoiによるバンド編成、 ermhoi with The Attention Pleaseである。メンバーは、現行国内ジャズきっての天才ドラマー・石若駿を筆頭に、マーティ・ホロベックや小林うてな、Taikimenといった実力派プレイヤーがズラリ。

このグループも完全に初見である。各メンバーの別プロジェクトを多少聴いたことがあるという程度だ。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawaermhoi

で、どうだったかっつーと、良かった。マジで、良かった。個人的な趣味で言えばこの日のプログラムで一番好きだった。

全体的な印象としては、清らかでしなやかでナウい、ハイブリッドなジャズの歌モノという感じだ。楽曲によってはポストパンク、ワールドビートっぽい雰囲気もあったりして、リスナーの想像力をかきたてるような不思議で無国籍なグッドミュージックだ。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawaermhoi with The Attention Please

即興性も強いのだが、単なる音符の交換・交接ではなく、互いの響きを細やかに重ねていくような、柄の大きいインプロ。演奏のヴォリュームもよくコントロールされていて、それらの音が織り成すグラデーションがとても心地いい。異国の民族音楽のような軽やかさと普遍性を帯びたポップさがあるのだ。

自由に伸び縮みする演奏は、果たしてどこまで決まり事なのかわからない。グルーヴは自由な生命力にみなぎっていて、まるでその場で作曲しているかのようだ。

ermhoiの伸びやかで情感的なヴォーカルもナイスだし、ホロベックのプレイは弦の発音の仕方に強いコダワリを感じる。そして何より、石若のドラムはクソ素晴らしい。華があるし、ひらめきと瞬発力に満ちている。彼がドラムをたたくと、その場の空気が光り出すのだ。随所でトランペットもプレイしていたがそれもまたクールで、本当に大変な才能だと思った。   

会場を巻き込むハピネス感

そしていよいよトリは、ラッパーでトラックメイカーの深谷玄周とフランスのエレクトロニカバンドM.A BEAT!のSamy Abboud(サミー・アブド)を中心に、Emma-Jean ThackleyやSampha、Levitation Orchestra、Snapped Anklesといった現行ジャズシーンを背負って立つバンドのメンバーたちを加えた多国籍バンドGhost In The Tapesである。

Temple Expansions
Photo: Keisuke TanigawaGhost In The Tapes
Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa

もはや察していると思うが、このグループも完全に初見の初聴きである。こんなムチムチに無知な野郎がレポートを書いていいのか、今更ながら不安になってくる。でも書く。

2MCを擁するヒップホップだが、音色はソフトだし楽曲もメロウで、ドープというよりディープな質感がある。エレクトロニクスやサンプリングを活用したサウンドも奥行き豊かで、まるで音にマッサージされているような心地よさがある。

Temple Expansions
Photo: Keisuke TanigawaGhost In The Tapes
Temple Expansions
Photo: Keisuke TanigawaGhost In The Tapes

ほいで、何よりドラムがすごい。口径の小さいヤマハのドラムキットから繰り出されるビートは極めてタイトかつシャープで、強烈なグルーヴがあった。いいドラマーというのはハイハットだけで人を踊らせることができるのだ。

ermhoiやNAGAN SERVERなど、この日の出演者も入り乱れてのライヴはハピネス感満載で、まさに大団円にふさわしいものだった。

バラエティー豊かなDJ

ラストを締めくくるDJは石橋英子である。楽器奏者としても大変なマルチプレイヤーであり、映画音楽やプロデュースワークなど多彩な活動で知られる石橋のDJは、やはりその活動領域の幅広さに比してバラエティー豊かだった。どこの国の、いつの時代なのかさえわからない多様な音楽をスピンしていて、その不思議な感じが会場にマッチングしていた。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa石橋英子

ジャズってなんだ?

5時間みっちり楽しみ、確かな充足に浸りながら外へ出ると、土砂降りの雨が降っていた。それでも僕の足取りは軽快だった。ジャズという音楽が放つフレッシュに触れたからである。フレッシュは人を蘇生させる。ザアザア降る雨粒がビニール傘をたたく機関銃のようなサウンドを聞きながら僕は、作曲家の武満徹がジャズについて書いた文章を思い出していた。

Temple Expansions
Photo: Keisuke Tanigawa

「こぢんまりとコンパクトされたような音楽は、ジャズという名で呼ぶことはできないだろう。永遠への欲望を秘めた不確定で不安定な足どりが、ジャズの拍(ビート)ではないだろうか。ジャズ音楽は結論を準備しない。そんな不潔な仕方で人々とコンタクトするようなことはない。正確な現在のなかで、苦しげだが夢みている。私の音楽とジャズの間にいくらかでも共通するところがあるとすれば、自分に対して純潔な仕方で他者と交わりたいと希っていることかも知れない」

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