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世界最大規模を誇る総合印刷会社であるTOPPANグループが、第一線で活躍するクリエーターとともに新たな印刷表現を探るプロジェクト「グラフィックトライアル(GRAPHIC TRIAL)」。毎回、オフセットなどの印刷技術を基本としながらも、さまざまな加工や表現を実験的に取り入れた試みで、印刷ファンのみならずデザイン好きに驚きを与えてくれる意欲的な展示を行っている。
18回目となる今回は「あそび」をテーマに、日比野克彦、岡崎智弘、津田淳子/大島依提亜(いであ)、生島大輔という4組のクリエーターが参加する。いずれも「ポスター」というメディアの限界を軽やかに飛び越えるような、まさに遊び心にあふれたアイデアを惜しみなく披露している。
まずは何と言っても、雑誌「デザインのひきだし」などでの活動で多くの印刷好きを魅了してきた編集者・津田と、グラフィックデザイナー・大島のコンビによる作品に注目したい。およそあらゆる印刷表現に挑戦し尽くしたかとも思える2人が本展でトライするのは、ずばり「オフセットでスクリーン印刷」。オフセット印刷という基礎に立ち返りつつ、シルクスクリーンのような表現にどこまで近づけるかという、ややマニアックな遊びだ。
オフセット印刷とは、大部数の印刷に極めて適した技術で、日常的に見かけるチラシやパンフレットなどでも多用されている手法の一つ。凹凸のない平板に付けたインキを、一度「ブランケット胴」と呼ばれるシリンダー状の器具に転写する「オフ」の工程と、ブランケット胴からインクを紙に印刷する「セット」の工程から、この名が付けられている。コストを抑えながら高品質で大量の印刷が可能な、最もスタンダードな印刷方法だ。
一方のスクリーン印刷は、メッシュ状のスクリーンを用いて紙に直接インキを乗せる。シルクスクリーン印刷を体験したことがある人も多いだろう。直接インキを乗せるため、鮮やかな発色が表現できるほか、インキの盛り上がりといった特殊な加工も可能になる。また、布やガラス、金属など紙以外の媒体に印刷できることも特徴だ。オフセット印刷に比べると、大部数になればなるほど時間がかかりコストもかさむという難点がある。
今回の津田と大島のトライアルでは、さまざまな色の用紙に白や銀のインキを刷ることで下地の紙色をどこまで隠せるかや、白とスミを交互に重ねて印刷することで奥行きのある黒色表現が可能かといったことが、実に細かく検証されている。その内容については、会場の展示物を手に取って、ぜひ自身の目で確かめてみてほしい。
実験の成果として作られたポスターは、表と裏に別々の作品が印刷されている。柱や壁に張り出されることを前提としているポスターに裏側があるというのも不思議だが、紙地の色が同じとは到底思えないような仕上がりになっているので、両面を見比べながら本来の紙色を謎解きのように想像するのも面白いだろう。100%ORANGEによるイラストも愛らしい、チャーミングな作品だ。
このように本展では、印刷表現の可能性を探求する作品が並ぶ。TOPPAN株式会社でディレクター職を務める生島は、「パイル」と呼ばれる繊維を植毛することで織物のようなテクスチャーを生み出す「フロッキー印刷」による表現の幅を探っている。
また、東京藝術大学の学長でもあるアーティストの日比野は、VRペイントで描いた作品をポスター化している。先進的なテクノロジーで描出されたデジタルイメージを、リアルな紙に再現するために、印刷の過程では最も人力による手作業を要したという皮肉も面白い作品だ。
ポスターというメディアのあり方を問い直すような「あそび」を展開しているのが、デザインスタジオ「SWIMMING」を率いるグラフィックデザイナーの岡崎だ。教育テレビの「デザインあ 解散!/集合!」などでも、その発想の柔軟さが知られる岡崎だが、本展では、ポスター自体をある種の記録媒体と捉え、印刷技術によって紙に刷り込まれた図像が一つの情報単位になっているという突飛なアイデアを作品化している。
具体的には、グリッド状に区切られたポスターに印刷された図像の一つ一つが、実はコマ撮りアニメーションの1コマとしての機能が持たされているというもの。とても小さな1コマを拡大撮影しているので、できあがった映像では、印刷の網点や金属箔の風合いまでが詳細に確認できる。会場で実際に放映されているアニメーションは、印刷ファンならずとも単に映像作品として楽しめることだろう。
デジタル全盛の時代にありながら、技術の進化やメディアの多様性に後押しされ、印刷表現からはまだまだ新しいものが生み出され続けている。クリエーターたちの思考の軌跡とも言うべき実験プロセスを会場でつぶさに観察し、新たな印刷表現が生まれる現場を体感してほしい。
「GRAPHIC TRIAL 2024 -あそび-」は、2024年7月7日(日)まで「TOPPAN小石川本社ビル」内の「印刷博物館 P&Pギャラリー」で開催中。入場は無料だが、地下の印刷博物館展示室には別途入場料が必要となる。会期中には関連イベントも企画されるとのことなので、気になる人は公式ウェブサイトをこまめにチェックしておこう。
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