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日本橋の「三井記念美術館」で、どこか専門的で馴染みの薄い世界に感じられる日本の古美術を初歩から紹介し、親しみをもってもらおうというシリーズ展「美術の遊びとこころ」が、2024年9月1日(日)まで開催されている。
8回目となる今回は「五感で味わう日本の美術」と題して、絵画や茶道具、工芸品の数々を、人間が持つ五感をフル活用するように、イメージを広げて鑑賞する切り口で開催。夏休みと重なる期間でもあるので、家族や友人らと気軽に訪れてみるのもいいだろう。なお、本展は写真撮影が可能だ(フラッシュ、三脚や自撮り棒の使用、動画撮影は不可)。
触った感触や味を想像してみる
おいしそうなカキやミカン、つやっとしたナスなどが展示スペースに並んでいる。近くでよく見てもリアルだが、実は硬い象牙で作られたもの。6つのテーマで構成された本展、最初は「Ⅰ.味を想像してみる」だ。これまで同館で企画展が開催される度に大きな話題を集めてきた、明治期以降の美術工芸品の数々が、本展でも展示されている。
さまざまな色や形、素材が見て取れる食器の数々は、美術館に所蔵される以前には三井家で実際に使用されていたものばかりだ。季節や宴席の趣旨に合わせて用いられた、目にも美しいうつわや盃(さかずき)は、自分だったらどんな料理や場面で使おうか、と想像するだけでも楽しいだろう。
「Ⅳ.触った感触を想像してみる」のセクションでは、同館が名品の数々を所蔵していることで知られる茶道具を紹介している。見た目の美しさのためだけではなく、茶を点てる時に使う抹茶や水を入れたり、床の間に飾ったりと、茶席で使うことを前提に作られた品々だ。特に茶わんなどの焼き物では、釉薬(ゆうやく)のかかり具合や色、形などを「景色」と呼び、自然の風景とイメージを重ねる「みたて」を通して、唯一無二の美を愛でる習慣がある。
ごつごつして使いづらそうでも、床の間に飾ると見事に映えるであろう花入れや、柳の枝を木工細工のように用いて作った、見た目にもユニークな水指(みずさし)、手に持ったときの大きさがちょうど良さそうな茶わんなどが展示されている。茶道に明るくなくても、手で触れ、使ってみたときの感触をイメージしながら鑑賞すると楽しめるはずだ。
温度を感じてみる、香りを嗅いでみる
日本の美術品には、古く大陸から伝わったものが、この国特有の暮らしの中で、飾って楽しんだり、実際に使ったりすることで変化してきたものが多い。四季の風景や動植物、年中行事にちなんだ意匠など、緻密な描写や高度な技術で表現されており、細かなところにまで作り手の思いがこもっているのは今も昔も変わらない。
「Ⅱ.温度を感じてみる」と、続く「Ⅲ.香りを嗅いでみる」のセクションでは、思わず目を閉じ、深呼吸したくなるような、四季の豊かな自然の風景が目に浮かぶような、また香りが漂ってくるような品々が紹介されている。
これまでほとんど展示されることのなかったという、香道(こうどう)にまつわる貴重な品々は、特に注目したい。香道とは、香りのする香木に熱を加え、立ち昇る香りを鑑賞するもので、奈良時代に始まり、室町時代に成立した日本独自の芸道である。
中でも、東大寺正倉院に収められている、伽羅(きゃら)の『蘭奢待(らんじゃたい)』が展示されているのは驚くべきことだろう。『蘭奢待』は、平安時代に海外から日本に伝わった名木で、足利義満や足利義政、織田信長、豊臣秀吉など、時の権力者が切り取って使ったとされる。本展に展示されているのは、前田家家臣の奥村助右衛門の家老の家に伝わったもので、信長が切り取って家臣らに分けた一部かもしれないという。
音を聴いてみる、気持ちを想像してみる
展示の終盤、思わず耳を澄ませたくなる情景の絵画や工芸品などを展示した「Ⅴ.音を聴いてみる」では、今にも動き出しそうなほどリアルな、金属製の昆虫たちが展示されている。「自在置物(じざいおきもの)」と呼ばれる超絶技巧で制作されており、羽根や脚、胴体などが滑らかに動く。
そして最後の展示室のテーマが、「Ⅵ.気持ちを想像してみる」だ。作品に表現されている人々や動物の気持ち、あるいは当時の持ち主らがどんな気持ちで愛用していたのかが気になる作品を展示している。思わず笑ってしまうユーモラスな表情や場面が魅力的な人々や鬼の姿、微笑ましい家族の肖像など、どこの誰で、どんなシチュエーションに置かれているのかを手がかりに、彼らの感情をイメージしてほしい。
また、同館が誇る約200もの能面コレクションの中から、鬼や亡霊、神様など、5つの面(おもて)を展示している。間近でじっくり観察する機会が少ない能面だが、彫り表された表情から、それぞれの心情に思いを馳せてみたい。
なお、面が使われる演目名がキャプションに書かれているので、興味を持ったら調べてみると、面への印象も変化するかもしれない。
作者や来歴、作られた時代や作品の背景など、情報や知識を得ることも美術鑑賞の醍醐味(だいごみ)の一つだが、一方で、自分の視覚や聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの感覚に注目することも大事な要素だろう。作品そのものをじっくり見ながら、さまざまなイメージを広げてみると、新たな発見や驚きが待っているはずだ。
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