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2024年3月16日、横浜の「象の鼻テラス」で、音楽家の蓮沼執太とNPO法人スローレーベルによる新しいプロジェクト「アースピースィーズ(Earth∞Pieces)」のワールドプレミア上演が行われた。公募によって集まった多種多様な人々が、その日一日限りでベートーベンの「交響曲第9番(第九)」合奏を作り上げるという内容だ。
「多様性と調和」をうたい、さまざまなパフォーマンスを展開してきたスローレーベルにとっても初となる音楽プロジェクト。実際の音楽や、会場の感動的な空気を届けられないのが残念だが、記念すべき初演について、ここでは簡単にレポートする。
当日、初めて顔を合わせるメンバーたちは、音楽監督の蓮沼のガイドの下、日中にパート練習や公開リハーサルを経て、19時の開演に備える。来場客に対するプロジェクトの紹介や、提供された夕食についての説明が終わり、いよいよ会場へと入場するプレイヤーたち。車椅子に乗る人もいれば、白杖(はくじょう)を携え腕を引かれながら入場する人もいる。
だが、スローレーベルが目指す「多様性と調和のある世界」という言葉が、単にそういった「目に見える障害」を抱える人との合奏を行うことのみを指しているのでないことは、実際の演奏を体験すれば明らかになるだろう。
今回の冒頭を飾るのはギターと「ピアニカ」。ピアニカを担当する小川香織の演奏をサポートするように、蓮沼が隣に寄り添う。ダウン症者である小川は、スローレーベルとは長い付き合いで、今回の新プロジェクトにも「みんなと一緒に第九が演奏できたら素敵だな」と、応募を決めたという。同団体がこれまでに培ってきた実績を思わせるエピソードだ。ピアノ歴10年の小川だが、音符が読めないため、音階をカタカナで楽譜に書き込んでいる。
このように演奏の技術や音楽の経験はさまざまで、中には自分の担当パートのタイミングを認識しづらいプレイヤーもいたのだろう。自身もパーカッションを担当しながら左手で隣の演奏者にタイミングを合図する人など、それぞれが少しずつ協力しながら一つの合奏を作り上げているのが印象的だった。
たしかに単体の楽器であれば、一人だけの方が巧みな演奏を披露できるかもしれない。ただ、片手を少し楽器から離してでも、誰かと一緒に演奏できた方が楽しい。そんな「合奏」という形式が持つ、根源的な喜びを垣間見た気がした。
小休止を挟んで、演奏は「喜びの歌」の名前でも知られる第4楽章へと向かう。「合唱付き」の別名の通り、合唱が加わる第九のクライマックスともいうべき部分だ。歌詞は基本的にシラーの詩が使われているが、冒頭部分のみベートーベンによる作詞であることが知られている。
「おお友よ、このような旋律ではない!/もっと心地よいものを歌おうではないか/もっと喜びに満ち溢れるものを」と熱っぽく語るベートーベンの詞は、まさにこのプロジェクトにふさわしいものだろう。
プロジェクト始動に際して行われた記者会見にて、スローレーベルの芸術監督・栗栖良依は、「真の多様性」のためにはアクセシビリティとサステナビリティの両立こそが重要だが、既存の構造下では、そのような公演を行うことが困難であると語っている。それゆえ、本プロジェクトでは、2030年までの6年間という中長期的な視野で、それを可能にする新しい公演の在り方に挑戦する、と。
プロジェクトの公式ウェブサイトでも、栗栖は「生きづらさ」に言及して、「決して、<マイノリティ=生きづらさを抱える人>というステレオタイプなイメージの話ではなく、多くの現代人のすぐ目の前にある深刻な共通課題だと思います。空気を読んで右に倣えな『同調力』ではなく、互いの違いを認め合い、活かし合える、本物の『調和力』が求められている時代ではないでしょうか」と述べている。
当プロジェクトに参加したメンバーたちも、先に述べたような目に見える分かりやすい障害だけでなく、多種多様な背景を持っている。それは来場客も同じであるし、もっと言えば全ての人に共通することだ。その違いを無視して「同調」するのではなく、苦手な部分をサポートし合うように「調和」できれば、「もっと心地よい」「もっと喜びに満ち溢れる」世界が訪れるのかもしれない。
演奏に先立ち、プレイヤーたちが円座になり、定められた位置につくと、「一度、皆で鳴らしてみましょうか」と蓮沼は言った。その言葉に応え、それぞれの楽器の音や声が会場全体に鳴り響く。それを聴いた蓮沼が「いい感じですね」と満足気に放った一言が、この夜の成功を約束していたように思う。
なお、5月9日(木)〜22日(水)の日程で、銀座の「ソニーパークミニ(Sony Park Mini)」では、演奏を収録した音楽や映像の展示を予定している。ミニパフォーマンスやワークショップも企画されているそうなので、そちらも楽しみにしたい。
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