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アート作品として結実させることで、最先端テクノロジーの可能性を世に提示し続けているクリエーティブチーム「ライゾマティクス」の代表を務める真鍋大度。国内外でさまざまな賞を受賞し、世界的な評価を高めている真鍋による4年ぶりの個展が、山梨県の北杜市で2023年5月10日(水)まで開催されている。
「清春芸術村」にある「光の美術館」をメイン会場として開催される同展は、決して大規模な空間インスタレーションを楽しめるような展覧会ではないが、稀代のクリエーター真鍋の現在進行系の思考をたどることができる。
1. 粘菌の動きに取り込まれる。
メイン会場である光の美術館に入ると正面に見えてくるディスプレー上で展開されているのは、「粘菌」のユニークな振る舞いからインスピレーションを受けた作品『Telephysarumence』だ。民俗学や生物学など、さまざまな分野で並外れた才能を発揮した博物学者、南方熊楠による研究で知られ、研究者のみならずファンの多い粘菌だが、特定の生物種を指す言葉ではない。
ここでは、脳を持たないにもかかわらず、周囲の環境にも影響されながら集団を自己組織化していくという、粘菌の独特な動きにフォーカスを当てている。来場者の動きを解析し、粘菌のシミュレータに入力することで、インタラクティブな映像と音声を生成する。
2. 真鍋大度の実験に加わる。
前項で紹介した『Telephysarumence』でも、コンピューター上で粘菌の動きを模倣するシミュレータではなく、ゆくゆくは遠隔地に生きる本物の微生物とのインタラクションを目指しているとのことだが、本展では、そのような思考の過程とも呼ぶべき作品が4つ展示されている。
『dissonant imaginary』という作品では、人間の脳活動を機械学習によるパターン認識で解析することで、心の状態を解読することを目指す「ブレイン・デコーディング」と呼ばれる技術を用いて、真鍋が制作した音楽を聴いた被験者の脳情報から生成した映像をディスプレーに表示している。
ラットの神経細胞が環境を学習していく仕組みを用いて絵を描かせるという作品『Cells: A Generation』では、本物そっくりの形状になるように細胞を培養させる「オルガノイド」という技術を用いて、いずれ真鍋自身の脳オルガノイドによって画像や音楽を生成させることが目指されている。
このように、記者会見で真鍋自身が「言い訳めいた」と話す個展タイトル『EXPERIMENT』の通り、完成度の高い大作というよりは、今まさにリアルタイムで進行している「実験」といった方が適切な展覧会ではあるが、今後の真鍋の活動を考える上で興味深いものになっている。
3. 光の美術館は低レイテンシで眺める。
サテライト会場の「長坂コミュニティ ステーション」にも展示されている『Teleffectence』は、同地とメイン会場を、ソフトバンクの最先端の通信技術で結ぶ作品だ。「レイテンシ」と呼ばれるデータを転送する際にどうしても生じてしまう遅延時間は、高度に情報化が進んだ現在でも悩みの種の一つだが、本作では超低遅延の通信技術で離れた地点をつなぎ、音と映像のフィードバックを生成することで、従来では不可能だった時空間の表現を生み出す実験となっている。
真鍋が本作で試みているのは、本来は空間に特有の反響(エコー)を、遠く離れた場所で再現すること。ギターなどのエフェクターが、コンピュータによるシミュレーションである空間の響きを付加するのに対し、低遅延の通信技術を使うことで、実際に音データを遠隔地へ飛ばし、その空間での反響音をまた再び元の場所に戻すということが本作で行われている。
同様に映像でも、光の反射や陰影といった空間に固有の質感を、遠隔地にいながら再現するという。安藤忠雄の設計による「光の美術館」は、人工の照明が一切なく、四季や時間の移ろいとともに刻々と変わりゆく自然光の美しさを体感できる建造物だ。いわば「光のエフェクター」を通して、安藤建築が生む光の移ろいを楽しんでほしい。
4. 建築から清春芸術村をリサーチする。
安藤の「光の美術館」のほかにも、清春芸術村には見るべき建築が点在している。そもそも同所は、志賀直哉ら白樺派の同人と親交のあった吉井長三の尽力によって実現した芸術コロニー。現在では、銀座で「吉井画廊」を営んでいた吉井の息子であり、日本の現代アートシーンを担う「ヒロミヨシイ ギャラリー」などを運営してきた吉井仁実が理事長を務めている。
基本設計を手がけたのは、帝国劇場などの設計も担当した建築家の谷口吉郎だが、没後は息子の谷口吉生が「ルオー礼拝堂」や「清春白樺美術館」などを設計している。白樺派が愛した画家ジョルジュ・ルオーの作品をはじめ、東山魁夷や梅原龍三郎などの作品を展示するほか、雑誌『白樺』の全号を所蔵する「清春白樺美術館」では、エントランス前の水を用いた表現が谷口吉生建築らしさを演出している。
そのほか、若き日のマルク・シャガールやアメデオ・モディリアーニらがアトリエ兼住居として用いた歴史的建造物「ラ・リューシュ」を再現した建物や、日本を代表する建築史家で、昨今では「茶室」についての研究や実践を精力的に行っている藤森照信の手による「茶室 徹」などが存在する。
また、岩波書店の元会長で文人画家の小林勇の旧居を移築し、内装を新素材研究所の杉本博司と榊田倫之が手がけたフレンチレストラン「素透撫 stove」も隣接している。
5. リアルタイムな北杜市を観測する。
このほかにも、小淵沢エリアにある「中村キース・ヘリング美術館」や清里エリアにある「清里フォトミュージアム」などの存在で、以前からアート好きからの注目を浴びていた北杜市だが、コロナ禍を経た昨今では東京からの程よい距離感もあって移住者が増えるなど、また新たな関心が寄せられている。
2022年には、かつてカメラの三脚などを製造していた工場の跡地を利用した大規模なクリエーティブスペース「ガスボン メタボリズム(GASBON METABOLISM)」がオープンした。西麻布のギャラリー「カーム アンド パンク ギャラリー(CALM & PUNK GALLERY)」を運営するGAS AS INTERFACEが手がけた多目的施設で、クラフトビールの醸造所、音楽ライブもできるスペースを併設した「マンゴスチン ホクト(MANGOSTEEN HOKUTO)」といったユニークなヴェニューが新たな盛り上がりを見せている。
それぞれのエリアは決して近いとは言いがたいが、都心から車で出かけるならせっかくなので巡ってみるのもいいだろう。
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