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ジェンダーを問いかける、「装いの力―異性装の日本史」が松濤美術館で開催中

出雲阿国から少女歌劇、ドラァグクイーンが登場、10月30日まで

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Kosuke Shimizu
装いの力―異性装の日本史
DIAMONDS ARE FOREVER 「CQ! CQ! This is POST CAMP」2022年 DIAMONDS ARE FOREVER(Photo: Keisuke Tanigawa)
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女性が男性の、男性が女性の姿を装う「異性装」をテーマとした展覧会「装いの力―異性装の日本史」が、渋谷区立松濤美術館で開催されている。古くは少女に扮装(ふんそう)して敵を討伐するヤマトタケルの神話に始まり、出雲阿国(いずものおくに)に端を発する歌舞伎などの芸能、果ては手塚治虫が宝塚歌劇団からの強い影響を受けて描いた「リボンの騎士」などの現代の漫画まで、日本の歴史において絶えず繰り返されてきた異性の姿を装う文化が、どのように表象されてきたかを考える手がかりをつかむ展覧会になっている。

装いの力―異性装の日本史
Photo: Keisuke Tanigawa

タブー化されていなかった日本の「異性装」

第1章「日本のいにしえの異性装」では、ヤマトタケルや神功皇后などの伝承や、猿楽などの中世の芸能が取り上げられ、キリスト教などによるタブーがあった西洋世界と比較して日本では異性装が珍しいものではなかったことがまず確認される。本章で18世紀の写本が出品されている「とりかへばや物語」は、氷室冴子や唐十郎といった現代の優れた作家によって何度も翻案されてきた「異性装モノの古典」といえるだろう。

しかしながら、異性装が娯楽として楽しまれていたという事実は、差別意識が皆無であったということを意味するわけではない。「室町時代の同人誌」として一時期インターネット上でも話題となった「新蔵人物語絵巻」に描かれている「変成男子(へんじょうなんし)」は、女性は成仏することが難しいためいったん男子になるという、いびつなジェンダー観が生んだ風習だ。

なお、本展で展示されている「新蔵人物語絵巻」は「サントリー美術館」が所蔵する上巻だが、「大阪市立美術館」の蔵する別本下巻が2022年9月14日から当のサントリー美術館で開催される「美をつくし―大阪市立美術館コレクション」展にも出品されるので、続きが気になる人はそちらもチェックするといいだろう。

装いの力―異性装の日本史
「新蔵人物語絵巻」(部分) 16世紀(室町時代) サントリー美術館(前後期で場面替えあり)

2章「戦う女性女武者」、3章「“美しい”男性若衆」には、女性用の甲冑(かっちゅう)「朱漆塗色々威腹巻(しゅうるしぬりいろいろおどしはらまき)」(彦根城博物館 前期展示)や、男性用の振り袖「納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖(なんどさやじしょうぶききょうまつもん ふりそで)」(奈良県立美術館 前期展示)なども展示されており、実際に着用された装身具から異性装の実相をうかがい知ることができる。

続く4章「江戸の異性装-歌舞伎」、5章「江戸の異性装 物語の登場人物・祭礼」では、「国立劇場」や「早稲田大学坪内博士記念演劇博物館」などのコレクションから、「三人吉三(さんにんきちざ)」や「南総里見八犬伝」といった異性装のキャラクターが活躍する大判錦絵が多数展示されているのもうれしい。無神経な好奇の目がないわけではないとはいえ、どちらかというと好意的に描かれてきたこれらの章と打って変わって抑圧的な様相を帯びてくるのが、第2展示室で展開される6章「近代の異性装」だ。

装いの力―異性装の日本史
Photo: Keisuke Tanigawa
装いの力―異性装の日本史
「納戸紗綾地菖蒲桔梗松文 振袖」18世紀(江戸時代)奈良県立美術館蔵(前期展示)(Photo: Keisuke Tanigawa)

法律による異性装の禁止と罰則

西洋近代化へと急ぐ背景から、国民の風俗や習慣を矯正する目的で制定された「違式詿違条例(いしきかいいじょうれい)」。1873年、本条例に「異性装の禁止」が追加されたことにより、異性装者が実際に摘発される事態がたびたび起きたという。

当時の錦絵新聞ではゴシップやスキャンダルが多く取り上げられたそうだが、まさに「東京日日新聞813号」では、悲痛な境遇に陥ったある夫婦の話が掲載されている。1871年に制定された戸籍法により新たな戸籍が作成されるに当たり、妻として3年もの間、夫婦生活を営んできた「お乙」が、実は「男性」であったと報じられているのだ。もちろん当人同士は承知の上だったにもかかわらず、お乙は罰せられ、丸髷(まるまげ)も切られザンギリ頭にさせられてしまう。

これらを見ていて気付かされるのは、歴史的な資料においては「異性装(トランスベスタイト)」と「トランスジェンダー」や「トランスセクシュアル」が必ずしも明瞭に分けられるのではないということだ。そもそも「異性装」という言葉自体が、徹底的な性別二元論や強力なジェンダー規範を前提としている点にも注意したい。

本展のタイトル「装いの力―異性装の日本史」についても、キャッチーな「異性装」よりもシンプルな「装い」という語を前景化させている点に、短い文字数で分かりやすく内容を伝えなくてはいけないタイトルにおいて、時に暴力的にもなりかねない言葉を取り扱うことに苦心した跡が見て取れる。

装いの力―異性装の日本史
落合芳幾(画)「東京日々新聞 969号」 1870年3月 東京都江戸東京博物館 (後期展示)

未知のジェンダー感覚」を求めて

その点で、すこぶる痛快だったのが8章「現代から未来へと続く異性装」で展開されている、「DIAMONDS ARE FOREVER」によるインスタレーション作品「CQ! CQ! This is POST CAMP」だ。ダムタイプの中心的メンバーだった故古橋悌二(ふるはし・ていじ)と山中透(やまなか・とおる)、および上海ラブシアターのシモーヌ深雪(ふかゆき)によって1989年に始められた「DIAMONDS ARE FOREVER」は、ドラァグクイーンを主体としたクラブパーティーで、開始から30年以上たつ現在も京都で月1回のペースで開催され続けている。「未来の異性装」を提示する本作では、もはや性別による服装の規範といったものがバカバカしく思えてくるような、強烈かつ愉快な空間は必見だ。

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フォトスポット(Photo: Keisuke Tanigawa)

会場で配布されている「ジェンダーに関するシンギュラーポイントとしてのドラァグクイーンについて」と題されたシモーヌ深雪とD・K・ウラヂによるテキストでは、「ルッキズムを背負い込んだ近代女性のジェンダーそのものを、コスチュームやショーでパロディ化する様式の一つ」としてドラァグクイーンが説明されている。

同テキスト内の言葉を借りるなら、近代社会が要請した堅苦しくて抑圧的なジェンダーという観念を「台無し」にすることがドラァグクイーンの持つ「装いの力」だ。本展に対する「アンサーとして、一つの“台無し”な結実をご用意させていただきました」と述べられているように、ジェンダー規範を前提とした「異性装」を特集する展覧会の結末にふさわしい、「価値観のちゃぶ台返し」が待ち受けている。

作品名に用いられている「CQ! CQ!」とは、通信用語の一つだ。特にアマチュア無線の世界で使われる場合、「誰でもいいので応答してください、通信相手を探しています」といったメッセージになる。女性でも男性でも、ゲイでもヘテロでも、そんなことはどうでもいい、この「未知のジェンダー感覚」を自分たちはもう知っているじゃないかとささやきかける微弱な電波の存在を、たしかに信じられる作品となっている。

装いの力―異性装の日本史
DIAMONDS ARE FOREVER 「CQ! CQ! This is POST CAMP」2022年 DIAMONDS ARE FOREVER(Photo: Keisuke Tanigawa)
装いの力―異性装の日本史
「DIAMONDS ARE FOREVER」のメンバー。左からフランソワ・アルデンテ、D・K・ウラヂ、DJ LaLa(山中透)、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、シモーヌ深雪、アフリーダ・オー・ブラート(Photo: Keisuke Tanigawa)

ちなみに本稿で触れることはかなわなかったが、第2会場で展開される6章から8章では、トランスジェンダー研究の第一人者である三橋順子のコレクションや、「男装の麗人」として戦前の松竹歌劇団で一斉を風靡(ふうび)した俳優「タアキイ」こと水の江瀧子の写真、ピーター(池畑慎之介)のデビュー作でもある松本俊夫監督の「薔薇の葬列」予告映像など、興味深い資料も展示されている。

装いの力―異性装の日本史
「塩原名物女装 おいらん清ちゃん」三橋順子蔵(Photo: Keisuke Tanigawa)
装いの力―異性装の日本史
左:篠山紀信「森村泰昌『デジャヴュの眼』」1990年 作家像、中央:森村泰昌「セルフポートレイト(女優)/バルドーとしての私・2」 1996年 豊田市美術館蔵、右:森村泰昌「光るセルフポートレイト(女優)/白いマリリン」 1996年 作家蔵(豊田市美術館寄託)(Photo: Keisuke Tanigawa)

前後期に分かれた会期中、一部展示替えがあるので、関心のある向きは見逃さないように注意されたい。なお、先述の錦絵新聞をはじめ、目を背けたくなる内容を含む展示でもあるため、無理は禁物だ。

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