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2021年8月27日(金)からテアトル新宿で、野本梢監督作品『愛のくだらない』が公開される。意地を張り、
本作では、トランスジェンダーであることを理由にテレビ出演を断られ、さらに性差別やSNS炎上を経験する一人の男性が登場。野本監督は、自分の気付かないところで生きづらさを感じる人たちの存在を知り、気付かなかったことへの反省をもとに本作を製作したと語る。本記事では、映画界のトランスジェンダー描写やSNS上での人との関わり方、映画の裏話についてインタビューを行った。
自身の反省をもとに作られた『愛のくだらない』
ー野本監督の作品は、生きづらさを感じている人たちの描写が印象的ですが、そこに焦点を当てたきっかけはありますか?
誰かの悩みをもとに映画を製作しています。前作のレズビアンであることに悩む主人公の葛藤や決断を描いた『私は渦の底から』でも、実際の話がもとになってできた作品です。社会問題を取り上げたいという意識よりも、身近で自分が想像もしなかったような悩みが存在することを知った時のショックや、知識がなくて気付くこともできなかった反省を形にして、社会に潜む生きづらさを広めていきたい。そして、同じ悩みを抱える人がこの映画を観て少しでも救われたらうれしい。そんな思いで作品を作りました。
ー映画『愛のくだらない』の構想のきっかけを教えてください。
今回の『愛のくだらない』は、一言で表すと「反省の集大成」です。ある映画イベントで起こった出来事がきっかけとなり、本作を撮りました。
以前、ある地域振興の一環で立ち上がったプロジェクトの映画製作を担当し、完成した映画のお披露目上映会が行われました。私のプロフィールを会場に掲示することになったのですが、経歴欄から『私は渦の底から』(過去の監督作品)でいただいた「第24回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でグランプリ」の文言が削除されていたのです。その理由を尋ねると「子どもに説明が難しいからこの文言は載せられない」と言われ、怒りの感情に任せて当時の状況をSNS上に投稿しました。
LGBTQ+に関して敏感に反応する人もいて、投稿はすぐに広がり、新聞の記者から取材を申し込まれることもありました。このことがきっかけで、イベントが開催された地域の役所に抗議の電話が殺到してしまったり、議員の方が便乗して政治利用を目的とした発言をしていたり......。偏見は許されないことですが、話し合いもせずにその時の感情に任せて投稿したことで、結果、悪い方向へと進んでしまいました。
その後、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭の方々に謝罪すると「私たちは全然気にしてないので大丈夫ですよ」と言ってくれました。そこで、私が攻撃的な態度をとってしまったことと、先方の優しい対応にギャップを感じました。LGBTQ+に関してだけでなく、何か問題があった時に自分の意見を聞いてもらうには、感情に任せて一方的に行動するのではなく、一度立ち止まって相手の意見を聞くことも大事なのだと実感しました。今回の作品には、自分もそうでありたいと自省の意味も込めています。
映画界のトランスジェンダー描写
ー作中にトランスジェンダー役を登場させようと思った理由はありますか?
ドラマ『3年B組金八先生』で当時上戸彩の演じるトランスジェンダー役を見て、初めてトランスジェンダーについて知るようになりました。それからジェンダーやセクシュアリティーについて問題意識を持つようになり、約10年間、本や映画で学んでいます。
そんな時、友人がFTM(トランスジェンダー男性)であることをカミングアウトしてくれて、当事者として抱えている悩みを打ち明けてくれました。そこでも私自身、気付かないことがたくさんあることにショックを受け、当事者の意見を代弁する人を劇中に登場させたいと思い、作中にはFTMのストーリーについても描きました。
ー映画界におけるトランスジェンダー描写についてどう感じていますか?
映画ではトランスジェンダーが悲劇的に描かれていたり、メイクで誇張されて表現されることが多いように感じます。これは、実際に身の回りのトランスジェンダー当事者の方々とのギャップを感じていることです。
テレビではトランスジェンダーが「ニューハーフ」と呼ばれることも多く、もちろんその在り方に誇りを持つ人もいますが、全てのトランスジェンダー当事者を一つのイメージにくくることには違和感を覚えます。トランスジェンダーもシスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性と自認している性が一致している人)と同じように恋愛を楽しんでいるし、失恋をして悲しんでいる。当たり前に日常を生活する存在として認識されるようになってほしいです。
ージェンダーのステレオタイプがまだまだ根付いた社会で、野本監督が問題意識を持つようになったきっかけはありますか?
明確には覚えていませんが、幼少期から性別で好きなものを選ぶことがありませんでした。世間でいわれているような「女の子の遊び」はしていなく、漫画は『少年ジャンプ』を読んでいたり、高校時代はサッカー部に所属していました。高校は女子校だったので、性差を感じることがなかったのも一つの理由かもしれません。好きなもの、ヘアスタイル、服装などさまざまな人がいて、グラデーションだと思っていたので、ジェンダーで区別することはあまりなかったように感じます。
多様な価値観があることを認識する社会を願って
ー作品を製作する上で大切にしていることはありますか?
現場を大切にすることを大事にしています。誰かの悩みを描く作品が多く、映画を観て少しでも救われる人がいたらいいなと思って作っています。そういった作品を作るのに現場で誰かが嫌な思いをしたら意味がないので、その場に生きている人たちを大切にしていきたいです。自分に余裕がないとつい荒い口調になりがちなので、そこは一番気をつけていることですし、実行に移していることでもあります。
ー映画『愛のくだらない』の撮影で難しかったことはありますか?
テレビ局での撮影が難しかったですね。局の方が実際に働いている中での撮影だったので、臨機応変に対応する必要がありました。オフィス内を歩くシーンがあるのですが、撮影を始めると同時に誰かが座ってしまったり(笑)。作品内ではリアルな現場を見ることができると思います。
ー本作をどのような人に観てほしいですか?
身の回りのことに夢中になっている人や、そういった経験をした人に観ていただきたいです。自分が気付かぬうちに誰かに嫌な思いをさせてしまったり、自分のプライドや意地で故意に傷つけてしまったり。同じ経験をしたことのある人は、映画を通して一度立ち止まって考えるきっかけを持つことができるかもしれません。
同時に、追い込まれた時に観ると過去の嫌な出来事をふと思い出してしまう人や、こんな人がいるんだと悲しい気持ちになる人など、観る人によって違う印象を与える作品となっています。
ー今後どのような社会を願っていますか?
SNS上では匿名だからと、「相手を攻撃していい」という風潮があるように感じます。怒りの感情を持つことがいけないわけではありませんが、感情に任せることで負の連鎖が起きてしまうこともあるのです。その時の感情だけで動くのではなく、さまざまな考えや価値観があることを一度立ち止まって考えてみることが大事なのかな。私もついカッとなりがちなので、現実的な話ができるような接し方を心がけています。ですから、今後多様な視点があることを認識する社会を願って映画を作っています。
映画 『愛のくだらない』(2020/日本/95分)
藤原麻希/岡安章介(ななめ45°) 村上由規乃/橋本紗也加/長尾卓磨/手島実優/根矢涼香
脚本・監督・編集:野本梢
制作協力:ニューシネマワークショップ
製作:野本梢 株式会社 為一/株式会社 Ippo
配給:『愛のくだらない』製作チーム
上映期間:テアトル新宿 2021年8月27日(金)〜
予告編、主題歌のミュージックビデオ、公式ウェブサイトはこちら
テキスト:Honoka Yamasaki
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