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六本木の「森美術館」で、「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が開幕した。会期は2024年9月1日(日)まで開催されている。
本展は、世界で注目を集めるブラックアートの魅力に迫ると同時に、陶芸や建築、人々が集うアートスペースの立ち上げ、映像や音楽など、シアスター・ゲイツ(Theaster Gates)がこれまでに手がけてきた多角的な実践を幅広く紹介。手仕事への称賛、「民藝(みんげい)」への共感や思い、人種や政治への問い、文化の新たな融合をうたう現代アートの意義など、重層的に存在するさまざまなテーマや考え方を提示しており、非常に見応えのある内容だ。
民藝が生まれた日本で待望の初個展
ゲイツは、アメリカ・シカゴ生まれ。現在もシカゴのサウスサイド地区を拠点に活動する現代美術家だ。陶芸作品や彫刻を中心に、建築、音楽、パフォーマンス、ファッション、デザインなど、メディアやジャンルを横断する活動で、国際的に高く評価されている。
アイオワ州立大学と南アフリカのケープタウン大学で、都市計画や陶芸、宗教学、メディアアートなどを学んだゲイツは、1999年に初めて愛知県常滑市に滞在。2004年には海外の陶芸家が地域の人々や作り手と交流するプログラム「とこなめ国際やきものホームステイ(IWCAT)」に参加し、現在まで20年以上にわたって、常滑市の陶芸作家らの協力の下で作陶している。
国際芸術祭「あいち2022」で展示した、自身の制作拠点である常滑市の「丸利陶菅」の建物を使った作品「ザ・リスニング・ハウス」も記憶に新しい。
本展の印象的なタイトル「アフロ民藝」とは、アメリカで1950〜60年代に起こった公民権運動「ブラック・イズ・ビューティフル」と、1926年に日本で柳宗悦らが提唱した「民藝(民衆的工芸)」の哲学とを融合させ、ゲイツ独自の新しい美学を表現した造語。すでに度々、展覧会のタイトルに用いられてきたが、民藝が生まれた日本での、そしてアジア最大規模の個展の開催は初めてだ。
なお、本展は音声ガイド(日英バイリンガル)が無料で利用できる。会場の「QRコード」を読み取るだけで、自身のスマートフォンとイヤホンで、ゲイツ自身や、展覧会の企画を担当した徳山拓一(森美術館アソシエイトキュレーター)と片岡真実(森美術館館長)による解説が楽しめるので、ぜひ活用してほしい。
常滑の陶工や酒蔵、京都の老舗企業ともコラボレーション
本展は「神聖な空間」「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」「ブラックネス」「年表」「アフロ民藝」の5つのセクションで構成。これまでの代表作のみならず、本展のための新作を含む日本文化と関係の深い作品などを、圧倒的な物量で紹介している。
最初の展示室「神聖な空間 Shrine」は、ゲイツが考える「美の神殿」をイメージしたインスタレーション。自身の作品とともに、古今東西の尊敬する作り手や影響を受けてきた作家の作品などが展示されていた。
床に敷き詰められているのは、常滑市で制作された1万4000個もの黒いれんが。これはゲイツの新作「散歩道」だ。また、壁に無数に取り付けられた黒い棒状の作品は、創業300年以上の京都の老舗「香老舗 松栄堂」の調香師と作った、特別な「常滑の香り」の香。ここから漂う香りが、空間をより印象的に演出している。
なお、ミュージアムショップでは本展のグッズとして、松栄堂の調香師と制作したオリジナルの香のほか、茶や日本酒なども販売されているので、ぜひ立ち寄ってみてほしい。
展示室の奥には、アメリカの黒人教会やゴスペル音楽で使われてきた「ハモンドオルガンB-3」に、「レスリースピーカー」7個で構成された作品「ヘブンリー・コード」と併せて、2023年に亡くなったアフリカ系アメリカ人の彫刻家リチャード・ハント(Richard Hunt、1935~2023年)をたたえるべく、ブロンズ作品「天使」を展示している。
報道陣向けの内覧会当日、同展示室にゲイツと彼が率いるバンド「ザ・ブラック・モンクス」のメンバーが突然現れ、即興パフォーマンスを披露。居合わせた人々を驚かせた。会期中も、毎週日曜日の14~17時にオルガン奏者が演奏するほか、DJイベントなども予定されている。最新情報は森美術館の公式ウェブサイトで確認してほしい。
コラボレーションしているプロジェクトや作品の数々は、最後の展示室「アフロ民藝」でも紹介されている。「プラダ」と制作した革製の「プラダ仕覆」には陶芸作品を収納しているとみられるが、存在感のあるサイズと多様な形がユニークだ。また、京都の西陣織の老舗「細尾」と制作した「アフロ民藝バナー(HOSOO)」や裂織の技法を用いた「アフロ民藝着物(HOSOO)」なども、ぜひ近くで鑑賞してほしい。
貴重なZINEや書籍など数千冊を読めるブックラウンジ
高い天井の展示空間に目いっぱいに置かれた本棚と大量の書籍。「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」は、ゲイツが運営するシカゴのアートスペース「ストーニーアイランドアーツバンク(Stony Island Arts Bank)」の中のライブラリーから、約2万冊を移送・再現展示した空間だ。日本語の書籍も含む数千冊は、実際に手に取って自由に読むことができる。
また、シカゴでのさまざまな建築プロジェクトについても、概要や所在地、写真などを交えて紹介している。都市デザインを学んだゲイツだからこそ実現できたものばかりだ。
置かれているソファやラグなどは、かつてシカゴ市にあった出版社「ジョンソンパブリッシングカンパニー(JPC)」で使用されていたもの。1942年に創業し、公民権運動期に黒人のアイデンティティー確立に重要な役割を果たした企業で、2019年に事業を終える際、ゲイツは家具などのインテリアや写真、書籍などの資料のほとんどを買い取ってアーカイブした。そして、新たな創作活動を通して、黒人の美しさやその真価を積極的にたたえ、功績を伝え続けている。
本展の展示室では、実際にソファに座り、発行されていた当時の貴重な雑誌「エボニー」や「ジェット」を読むことができる。時代のリアルな空気を反映した資料の数々から、ブラックカルチャーへの関心と理解を深めるきっかけにしてほしい。
圧倒的な情報量で多様な歴史と文化を知る
アメリカ黒人の歴史や、黒人であることを意味する言葉「ブラックネス」と名付けられた展示室へ進むと、多種多様な色と形の陶芸作品の数々が並ぶ。「ブラック・ベッセル(黒い器)」は、アフリカの工芸や朝鮮、日本の陶芸などを基にしたシリーズだ。ゲイツが常滑市で見た穴窯をシカゴにも作り、常滑と同様、薪(まき)を使って焼成しているという。
向かい合う壁面には、ゲイツ自身と父親をテーマにした「7つの歌」を展示する。ゲイツの創作活動において非常に重要なシリーズ「タール・ペインティング」の作品は、屋根にタールを塗る職人だった父親へのオマージュとして制作された。
ゲイツの代表作が並んだこの空間で、質感、色、得も言われぬ雰囲気をまとった作品の数々と、じっくり対峙(たいじ)してみてほしい。
続く「年表」の展示室では、常滑焼の歴史と民藝の歴史、アメリカの黒人史、ゲイツ個人の経歴に、ゲイツが2004年に考案した架空の日本人陶芸家「山口庄司」の歴史を加えた5つの年表が、並行して記載されている。ゲイツを取り巻くさまざまな歴史と出来事が、偶然性の中で起こりながらも現在のアフロ民藝へと確かにつながっていることが、体感的に理解できるだろう。
本展を締めくくる「アフロ民藝」の空間で、おそらく全ての観客を圧倒させるであろう展示が、常滑市で作陶していた陶芸家・小出芳弘が遺した2万点以上の作品群だ。ゲイツは本展の終了後、この小出コレクションを全てシカゴへ運び、陶芸の研究や制作活動に活用する予定だという。
ゲイツにとって重要な表現手段である「蒐集(しゅうしゅう)」や「アーカイブ」の活動は、今は亡き人物の生涯や、社会への貢献、そこで育まれた文化などを語り継ぐ取り組みだ。それは民藝運動の中心的人物だった柳が実践した蒐集活動とも重なるところがあるだろう。全く異なる国、時代、文化を生きていながらも、どこかで共鳴し合い、相互への理解や新たな表現、創作へとつなげていく営みは、アートや文化だから成せることなのかもしれない。
ゲイツが取り組んできた表現活動は、常滑やシカゴ、民藝の歴史、黒人の歴史の中で出会ってきた多様なもの・人・場所から受け取ったことを、次の誰かやどこかへと伝え、手渡し、残そうとし続けているようにも思える。それと同時に、本展の鑑賞者一人一人も、ゲイツから何かしらを確かに受け取ったと言えるはずだ。
筆者自身もこの鑑賞体験をきっかけに、音楽や映画、文学など、自分にとって身近な作品やアーティストも手がかりにしながら、今一度ブラックカルチャーや黒人の歴史を丁寧にたどり、再発見する機会にしたいと考えている。
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