このほど、国立新美術館で『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年 』が開幕した。会期は2022年5月30日(月)までで、 同館所蔵のヨーロッパ美術コレクションから初公開46点を含 む65点を時代順に3部構成で紹介するもの。展示は、『I. 信仰とルネサンス』『II. 絶対主義と啓蒙主義の時代』『III. 革命と人々のための芸術』で構成される。
これまでにも「〜美術館展」 と称する海外の所蔵品を紹介する展示は、数多く開催されてきた。しかし、本展は別格だ。コロナ禍の最中にあって、まとまった数の驚くほど高いクオリティーの作品を日本に持ってくることができたというのは、それだけで特筆に値する。そこで本記事は、 その中でも特に見ておきたい作品を紹介していく。
1. コレクションの幅広さに驚嘆する。
本展は名品ぞろいであるが、中でも ルネサンス期までの作品を扱う『I. 信仰とルネサンス』は、 その量と質において近年まれに見る充実ぶり。特に珍しいのは、15世紀に活動した「シエナ派」 と呼ばれる画家の一人、ジョヴァンニ・ダ・パオロ・ディ・ グラツィアの作品『楽園』だ 。
ジョヴァンニ・ダ・パオロ・ディ・グラツィア《楽園》
この作品は、シエナの教会にあった祭壇画の一部。 祭壇画自体は散逸してしまったが、 祭壇画を構成していた現存するほかの作品とともに、フィレンツェで 同時代に活動していたフラ・ アンジェリコの影響を受けていたことが指摘されている。フラ・ アンジェリコは遠近法などを早い時期から絵画に導入していたこと でも知られている。
面白いのは、影響を受けているとされながらも、この作品は遠近法などの当時新しかった試みは採用せずに、 それよりも古風な「国際ゴシック」 と呼ばれる様式で描いている点だ。遠近法では絵画の奥行きは奥に行くほど人物が小さく描かれるが、ジョヴァンニは、国際ゴシック様式に忠実で、同じ比率の人物を画面上部に並行に配することで遠近感に代えている。会場にはフラ・アンジェリコの作品もあるので、 見比べてみるといいかもしれない。
アメリカという国が、他国のマイナーな作品まで網羅的に収集しているという事実に素直に感心したい。
2. ネーデルラント美術の精髄を知る。
ルネサンス期のヨーロッパ美術は、伝統的にアルプス以北のフランスやネーデルラントなどの地域と以南のイタリアなどの地域で大きく区別されてきた。その15世紀のネーデルラント美術に関しては、メトロポリタン美術館はアメリカ有数のコレクションを 所蔵している。
本展では、個人的な礼拝用に制作されたと考えられている、 ベルギーで活動した画家ディーリック・バウツ『聖母子』 がおすすめだ。 この作品は、 小さな画面に凝縮された生きているかのようなリアリズムが見どこ ろ。どこかぎこちなく、 現代の私たちには怪しげな雰囲気があるように見えなくもないが、 それでも20× 16センチという小画面に描かれているとは思えないほど細かい表現は 、ほかの作品にはない魅力だ。
ディーリック・バウツ《聖母子》
髪の毛の生え際や爪に施されたハイライトの白など、 ジョヴァンニにはない精度でリアルな表現を実現している。退色しているが、マリアがまとう衣の奥深い青も見ていて飽きない。 絵の具が剥落した部分もあり、そこから見える暖色系の絵具層が、 この作品の画面に奥深い味わいを与えている。
なおバウツは、ジョヴァンニと同時代の画家。同じ時期の画家でもイタリアとネーデルラントではこれほどの表現の違い があることに素直に驚き、見とれてほしい。
3. カラヴァッジョとその影響の幅広さを知る。
『II. 絶対主義と啓蒙主義の時代』で見ておきたいのは、 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ『音楽家たち』、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『 女占い師』、シモン・ヴーエ『ギターを弾く女性』だろう。
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《音楽家たち》
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《女占い師》
バロック期イタリアで活動した画家であるカラヴァッジョの作品は、その特徴の1つに 陰影の鋭い対比が挙げられる。しかし、その作品 に影響を受けた「カラヴァジェスキ」 と呼ばれる画家たちが当時のヨーロッパ中にいたことについては、日 本ではあまり語られない。
シモン・ヴーエ《ギターを弾く女性》
ラ・トゥールとヴーエはともに「カラヴァジェスキ」でもあり、 それぞれが自分の流儀でカラヴァッジョの特徴を作品に取り入れている。カラヴァッジョとラ・トゥールの作品は陰影の対比は強くは ないものの、その構図などが類似している。 ヴーエの作品には強い陰影の対比が顕著に見られ、ギター を弾く手の短縮法の素晴らしい表現にも着目したい。 この3点が1カ所に展示されているのは、 こうした明確な理由があるのだ。
4. 画家が再発見されるまでの軌跡を知る。
マリー・ドニーズ・ヴィレール『マリー・ジョセフィーヌ・ シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ』は逆光の表現や、自身の高い技量を示そうとして描いたと思われる割れた窓ガラスな ど、見どころにあふれている。
マリー・ドニーズ・ヴィレール《マリー・ジョセフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ》
ヴィレールは19世紀の女性の肖像画家だが、 この作品は1950年代までは新古典主義の著名な画家ジャック=ルイ・ダヴィッドに帰されていた。その後、50年代に当時のメトロポリタン美術館の キュレーター、シャルル・ ステルランがこの作品の帰属を疑問視、作者としてコンスタンス=マリー・ シャルパンティエという画家を提起し、 1996年までそれが受け入れられていた。
ところが、同年に別のキュレーター、マーガレット・ オッペンハイマーが新たな資料やルーヴル美術館にあるヴィレールの作品を根拠に、作者をヴィレールとし て現在に至っている。作者を特定するというシンプルな作業には、 時に非常に長い時間を要するということ、そして、 それが結局は常に正しいとは限らないということこそ、 この作品を通じて知ってもらいたい。
5. アカデミズムの技量に見とれる。
『III. 革命と人々のための芸術』では、19世紀アカデミズム美術の画家ジャン=レオン・ジェロームの作品『ピュグマリオンとガラテア』を見てみよう。この作品は、帝政ローマ期の詩人オヴィディウス『変身物語』第10巻の243〜 297行の話を描いたもの。彫刻家のピュグマリオンが、 自身の作品であるガラテアの彫像に恋をして、 妻にしたいと願ったところ、愛を司るウェヌスがその願いを聞き入れてガラテアに命を吹き込んだ瞬間を描き出す。
ジャン=レオン・ジェローム《ピュグマリオンとガラテア》
ピュグマリオンの腕より上の部分は人間としてのガラテアになっており、血が通ったかのようにかすかに暖色系の色になっているのが見て取れる。 一方で、腰より下はしっかりと白い大理石のままになっており、 大理石から人間へと変容するという過程が生々しく再現されている 。 まるで奇跡が現実で起きているかのように迫真性を持って描き出すあたり、アカデミズムの持ち味が余すところなく発揮されているといえよう。
なお、物語には ピュグマリオンの願いが成就するところまでしか書かれないが、 画面には鏡を見る女性や仮面など、はかな さや欺まんを示唆するモチーフが描きこまれているのも印象的だ。
上記の作品以外にも会場にはフェルメールやラファエロ、レンブラントなど魅力的な作品が数多く展示されているほか、 ミュージアムショップには『すみっコぐらし』 とコラボレーションしたマシュマロなどのグッズも用意されている 。ぜひ自分の目で確かめてほしい。
『すみっこぐらし』とコラボレーションしたマシュマロ
『 メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』の詳細はこちら
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