ドラッグより重要なもの

林静一 × アンノウン・モータル・オーケストラ、サイケデリックを語る

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2018年9月、渋谷スペイン坂にあるライブハウスの楽屋で、不思議な組み合わせの対談が行われた。そのライブハウスで数時間後に一夜限りの来日公演を行うアメリカ ポートランドのロックバンドアンノウン・モータル・オーケストラ(Unknown Mortal Orchestra)のフロントマン ルーバン・ニールソンと、梅味キャンディー『小梅ちゃん』のイラストレーションや、1970年に発表された伝説的漫画『赤色エレジー』の作者として知られる林静一である。

この対談は、ニールソンの熱烈な希望で実現した。「現代の竹久夢二」とも評される林の美人画は、海外にも熱狂的なファンがいる。ニールソンも、最初に林の美人画の作品集に出会い、その後、英訳された漫画の短編集を手に取ったという。

林がデザインしたバンドのポスター。公演会場の物販で販売されていた

ニールソンの所属するアンノウン・モータル・オーケストラは、2010年に結成されたポートランドのバンド。新世代のサイケデリックロックバンドとして知られ、ヨーロッパだけでなくアジア圏にも多くのファンがいる。この対談が行われた日の渋谷公演も、チケットは売り切れていた。

林の代表作である漫画『赤色エレジー』は、フォークシンガーのあがた森魚が同作をモチーフにした曲を1972年に発表し、ヒットさせたこともよく知られている。同曲は、漫画のストーリーを歌詞に反映し、安保闘争の挫折を経た内省的な世界観を持つ、いわゆる「四畳半フォーク」を象徴する一曲だ。そのために、林と音楽というと、フォークソングのイメージを持つ人がいるかもしれない。

しかし、若き日の林の感性を刺激したのは、ビートルズやドアーズ、ローリングストーンズといったバンドたちが1960年代末に発表したサイケデリックロックのアルバムだった。「ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のサウンドは、酩酊状態で聴いて初めてその魅力に気づき、驚いた」と、それらの音楽を初体験した当時の、鮮烈な印象を語る。

サイケデリックカルチャーとドラッグ。不可分と思われがちなそれらの関係性について話が及ぶと、林とニールソンの意見は一致した。ドラッグの摂取とサイケデリックなアートを生み出すことは無関係である、というのだ。

ニールソンは、ブラジルで1960年代末から活動していたオス・ムタンチスというバンドのあるエピソードを引き合いに出す。「彼らはサイケデリックのアルバムを3作作りました。最初の2作は薬物を摂取せずに幻覚症状を想像して作り、3作目は実際に薬物を摂取して作った。結果、最初の2作のほうがはるかに優れた内容になった。私は、ドラッグよりも想像力のほうが優れていると思います」

対して林は、1970年代に活躍したあるGSバンドの話を持ち出す。

「かつて、日本にザ・モップスというバンドがいました。日本のサイケロックの先駆的な存在です。ある日、僕らの友達の女の子が、演奏前の彼らに大麻を勧めたんです。大麻を飲んでライブをしたメンバーたちは、今日は素晴らしい演奏ができたと感激していた。しかし、実際のその日の演奏はドラムは走るし、ベースはずれているしで、ひどいものでした」

サイケデリックとは、LSDなどの向精神薬がもたらす幻覚症状を指す単語だ。1957年にイギリスの精神科医が学会で初めてその言葉を使い、その十年後にはアメリカ西海岸のヒッピーたちの合言葉になっていた。

林自身も過去に、雑誌の企画で、医者の監修のもとLSDを摂取して漫画を描かされたことがある。週刊誌に掲載されたその絵は、一面真っ黒の異様な作品に仕上がっていた。線を書いては納得が行かずに塗りつぶすうちに、キャンバスは黒くなっていったのだ。麻薬を摂取して絵は描けないことを身をもって知り、その体験がその後の林の作風に影響を与えたこともないという。

二人にとってのミューズは、ドラッグによるトリップ体験ではなく、想像の中にあるサイケデリックだ。ニールソンは、最新アルバムの『SEX & FOOD』に収録されている1曲『Ministry of Alienation』は、林の作品を読みながら作った曲であることを明かす。片や、アンノウン・モータル・オーケストラの音楽を聴いた林は、ビートルズの『Lucy in the sky with diamonds』のミュージックビデオが頭に浮かんだという。

アンノウン・モータル・オーケストラの音楽にアニメーションをつけるとしたら?という質問に対して林は、ユニークな答えを返してきた。「激しいアクションのアニメーションにします。演出というのはある種サイコパス的というか、音と映像が同じようなものを合わせた状態ではいけないと思っている。激しい映像の後ろで、静かな美しい音楽が鳴っている、とかね」。

対談の終盤にニールソンは、実写映画の監督はもうやらないのか、と林に問いかけたが、林は首を横に振る。「生身の人間は勝手に動きますから。対してアニメーションというのは全部頭の中でやるものだから、すべて思い通りになる。それが気持ち良い」。

彼らにとっては、創造という行為こそが最高のドラッグであり、サイケデリックの意味とは、破滅的、快楽的であろうとすることではなく、ピュアな表現衝動を結晶させることなのだろう。

テキスト:三木邦洋
写真:芳賀陽平

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