ライター:森 綾
写真:谷川 慶典
現在ニューヨーク在住で、ジャズピアニストとして世界中でライブ活動を続ける大江千里が新譜『Boys&Girls』を発表、先頃、日本でライブを行った。ポップスターとして長らく日本で活躍した後、渡米して10年。4年半かけてニュースクール大学を卒業し、様々なアプローチでジャズを探求してきた彼が、この節目の時に手がけたのは、自らのポップス時代のヒット曲をジャズとして改めて弾くという試みだった。
「原点に戻って、次の扉が開いたという感じ。今までの人生を俯瞰で見るカメラの存在を感じて、一緒に歩んできた人々に感謝することで、また自分も幸せな気持ちになれました」
今回のライブで彼が選んだ場所は、日本での出身校である神戸の関西学院大学と、渡米前最後のレギュラー番組のひとつを生放送していたTOKYO-FMホール。
「嬉しさを隠さず、緊張と弛緩を心地よく繰り返しながら、陰影深く彩り豊かな音を届けることができたのではないかと思っています」
自ら「禁じ手」と思っていたヒット曲の再生だが、初めて聴くリスナーたちの反応が、彼の背中を押したようだ。
「シリコンバレーで演奏したときに、アンコールで『Rain』を弾いたら、現地の男性が駆け寄って来て英語でこうまくしたてたのです。『素晴らしいメロディだ。これはすぐに歌詞をつけてシンガーに歌わせたらいいよ』って。 いやあの、もうすでに歌詞もあり自分で歌っていたし(笑)。 とは言わなかったけど、メロディの強さって 伝わるんだな、と嬉しかったですね」
10月末にはマンハッタンでのレギュラーのライブのほか、そのシリコンバレーにも行く。 これまでにボストン、ワシントンDC、ロサンゼルス、ニューオリンズ、ウィスコンシン、ハワイ、ミネアポリス、オハイオといったアメリカ各地のほか、 メキシコシティやオランダのアムステルダムでも演奏を重ねている。 しかし、今一番落ち着くのは、ニューヨークの自宅があるブルックリンだ。
「イヌの散歩をしていると、バーベキューの煙が漂い、ハッピーバースデーの風船をもっ た人が嬉しそうに歩いてくる。サンクスギビングデーの日に大家さんがかぼちゃのパイとターキーを届けてくれる。歴史と人の思いが折り重なって、音楽が身近にある街だから、ほっこりした気持ちになるのです」
友人たちが海外からやってくると「ウイリアムズバーグのはずれの砂糖工場の跡地あたりまで散歩して、水面の向こうにマンハッタンが見られるところで気合を入れます」と、微笑む。もはや日本にいるとブルックリンが懐かしそうだが、東京も関西も彼の故郷だ。「渋谷、赤坂。随分変わったけれど、変わったからこそ、変わらないものがまた磨かれて見えたりします」。
彼の名前の「千里」は、千の故郷を意味する。その名前の通り、大江千里は、世界中に自らの音を携え、その心の故郷を増やしてゆくのだろう。