ヨーロッパ、そして国内クラブの現在と過去
海外のクラブではセーフスペース対策をどのように行っており、現在どのような状況にあるか。日本のクラブについて話す前に、まずは直近で現地を訪れたプレイヤーの意見を紹介したい。
「女性トイレで『Ask for Angela』をはじめ、ハラスメント対策についての張り紙を見かけました」と語るのは、国内外のハウスシーンで活躍するB2BユニットのDazzle Drumsの2人。2022年の夏、Dazzle Drumsは1カ月間のヨーロッパツアーを開催した。
「Ask for Angela」とは、性的暴行から人々を守るためのキャンペーンだ。「身の危険を感じたら、カウンターのスタッフに『アンジェラを呼び出して』と伝えよう」。2016年、イギリスのバーでこういった文言のポスターがトイレに掲示されたことをきっかけに、キャンペーンに賛同する店舗が、欧米圏のナイトカルチャーを中心に広まっていった。
ハラスメントの観点では対策が進んでいるように見えるヨーロッパのクラブシーン。Dazzle DrumsのKeiは、今回のツアーを通して見えてきた日本国内の課題を次のように語る。
久々にヨーロッパを訪れ、改めて日本国内はハラスメント――特にジェンダーハラスメントに関して、まだまだ理解が足りていないと感じました。クラブの中に限らず、日本は個性や人と異なる点を認めにくいです。だからこそ、周囲の気付いていないうちにハラスメントが起きてしまうのだと思います。(Kei/Dazzle Drums)
現在、日本のクラブではセクシュアルハラスメントの事件に焦点が当てられることが多い。セクハラ、そしてジェンダーハラスメントのほか、暴力行為や言葉におけるハラスメントも多く存在している(2人によると、ヨーロッパではアジアンヘイトが色濃く残る場所もあり、以前は「分かりやすくPAにボリュームを下げられた」こともあったという)。1990年代に活動をスタートさせた2人は、約30年たっての現状をどのようにとらえているのだろうか。
確かにハラスメントに関しては見逃しや見過ごしなど、過去にありました。暴力のみならず言葉でのハラスメントも含め、覚えているだけでもたくさん。それはクラブという環境のみならず、社会全体としてもです。
ようやく被害者や、いわゆる弱者の立場がSNSを通じて訴えやすくなった反面、事実とは異なる誤解も生まれ広がりやすくなっている。国内、海外含め、まだまだ足りない部分が多くあります。(Kei/Dazzle Drums)
その一方、数多くの悪しき状況に遭遇してきてしまったからこそ、Dazzle Drumsは出演する現場や主催パーティーでも、これまで培ってきたコミュニティーの共通認識を活用し、積極的にハラスメントが起こりにくい環境を生み出すようにしていた。Nagiは現場で心がけていることを、次のように述べる。
お金を払って遊びにきて来ているという立場を利用して、スタッフの女性にしつこく話しかけたり、DJに対して「プロならリクエストに答えろ」などの意見を執拗(しつよう)に言ってきたり、というようなことは今もあります。
ただ、私たちの出演現場や主催パーティーはパーソナルなつながりが多く、基本的にハラスメントを許さない空気が生まれているように思います。
活動当初から、私たちの視界に入らないところでそのようなことが起こった時、友人たちが止めたり、場を荒らさないように動いたりしてくれました。(Nagi/Dazzle Drums)
Photo: Music of Many Colors
可能な範囲での対策を考え「ハラスメントを許さない空気」を作ろうと努めてきた2人。そして徐々に「パーティーに行ってハメを外す」「酔っていれば多少荒いことをしても許される」という認識の人が遊びに行きにくい場所になったのかも、とNagiは振り返る。
では、多くのクラブがより安全性を高く、誰にとっても居心地のいい空間にするために、関係者はどのようなアクションをすべきだろうか。
パーティー主催チームやクラブのスタッフ、セキュリティースタッフでは全てをカバーできないことも当然あります。
それでも隣にいる人に助けを求めることや、相談ができる環境づくりは必要。個人個人で意識的に行うのはもちろん、できればその時、その場所で解決していけるように声を上げやすい雰囲気づくりを大切にしていきたいです。(Kei/Dazzle Drums)
ウェブサイトの目立つ場所にステイトメントを提示するなど、クラブに行かない人々に対して安全性への働きを伝えていくことが大事だと思います。
そのアクションが、多くの日本人が持つ「クラブはハメを外す場所」という安易な認識を変える可能性があるはず。今後の日本のダンスミュージックの発展にも大きく作用すると思います。(Nagi/Dazzle Drums)