目の前の音に純粋に反応してるだけだから楽しい
ーこれまで色々なプロジェクトネームを使ってきたあなたが、なぜ今回の作品では自らの名前を冠することになったのか、教えていただけますか。
マーク・プリチャード:前作のEP3枚を出したときに、これからは自分の名前で作品を出そうと決めたんだ。このアルバムの制作に2年かかっていて、その前に3枚のEPを1年の間に出した。そのときから、毎回違うプロジェクトネームを使うのではなく、自分の名前で出すようになった。その一番の理由は、自分が作るいろいろな形の音楽を世に出していくためだった。それと、毎回違うプロジェクトネームを使うことで生じる混乱を避けるためでもあった。僕は25年間、音楽をいろいろな名義で出してきたけど、考えてみれば、どれも僕のソロか誰かとのコラボレーションだった。だったら、毎回違う名前を使うよりは、いっそ自分の名前を使った方が、「どの作品も僕、あるいは僕と共作者が作っている」ということがみんなに分かりやすいんじゃないかってね。その方が、もっと多くの音楽を世に出せると思ったんだ。一度プロジェクト名と付けると、そこに新しい命が宿るわけで、作品を出す時にいくらそれを宣伝しても、次にまた別のプロジェクトをやってしまったら、取り残されてしまう。今の時代、そうやっていくのはなおさら難しい。ひとつのプロジェクトを宣伝して根付かせるのだって大変だっていうのに、3年ごとにプロジェクトを変えてたら、なかなか浸透しない。もちろん、これらのプロジェクトをやっているのが僕だって知っている人もいるけどね。だから(自分の名前に統一した方が)より実用的だと思った。
今後は基本、自分名義ですべて作品を出して、アートワークで作品ごとの差別化を図っていくつもりだ。そうすることで、僕が作っている様々なサウンドを世に出せていければと思う。たとえば、サントラ風の作品だったり、クラブサウンドの、あるいは、ジャングル、ダンスホール、テクノ、さらにはフォークな作品を次々と出していける。毎回名義を変えるよりは、より速いペースで作品を出せるんじゃないかなと願っている。そのほうが今の時代にも合っていると思う。
ー今回の作品には、なにかあらかじめ音楽的なコンセプトや目標はありましたか。
マーク:クラブミュージックとは関係ない音楽はこれまでも作ってきた。90年代にやったグローバル・コミュニケーションにしてもアンビエントミュージック、サントラ音楽だったしね。それからHarmonic 33にしても、Warpから出したHarmonic 33のアルバム『music for TV and film』は、完全にクラブとは関係ない作品だった。この手の音楽は、クラブミュージックと同じくらい作っているんだ。だから、今回のアルバムを作る際に、先にクラブ系のものを何作か出しておいて、以前からずっと出したいと思っていたこのアルバムに完全に専念しようと思った。決まった音楽的なコンセプトや方向性はなかった。2、3年かけて、過去に作ったものの中でうまく当てはまるものはあるか、新しい曲も書いてみて、どんな作品ができ上がるか、試してみたかったんだ。
当初は、もっと前衛的でエレクトロニックなものになるかと思っていた。よりダークでムーディーな作品になると。でも徐々に変化し、メロディアスなものや、音楽性に富んだものに曲が仕上がったりして、より幅広い感情を作品に反映させたいと思って、メランコリックなものだったり、高揚感のあるものだったりを新たに曲を書き加えていった。そのほうが面白い作品になると思ってね。それに、その前に僕がやっていた音楽とまったく雰囲気の違うものを出したいと思った。
今回は僕が作る音楽の一面に絞ったものではなく、色々な面を反映した幅広い要素を持った作品を出したいと思った。結果的にそうなってよかったと思う。ひとつの決まり事に沿って作るのではなく、開放的で自由に感じたまま作りたかった。音楽を作る時はいつもそうだ。コンセプトをもとに作ることはない。「こうやったら面白くなる」という自分なりのメソッドはいくつかある。でも、「アンビエントな作品を作ろう」といった特定の目標を立てて曲を作ることはない。作っていくなかで、自然とあるべき姿になっていくものなんだ。たとえば最初はジャングルのトラックを作っていたのに、ビートを取り出して、別の要素を加えることで、まったく違う曲になる。そういうことのほうがむしろ多い。きっかけは何かサウンドだったり、シンセサイザーを使って、それが何かに発展するか色々試してみる。僕は目の前で起きることに臨機応変に反応するだけなんだ。それで、曲が幾つかできあがってくると、よりアルバムの全体像について考え始める。でも、曲を作る時は、あらかじめ何かを決めることはなく、試しに何かをやってみて、それが上手くいくかどうかで進めていく。だからこそ面白いんだ。思考とは全然関係ないところで、目の前の音に純粋に反応してるだけ。だから楽しい。